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1.わたしの事情
しおりを挟む夢を見ていた。
その中で、わたしはある少年を見つめている。
彼は白い好き通る肌をししていた。美しい横顔をこちらに向け、窓辺で本を読んでいる。時おり、こほんと乾いた咳をした。
青味がかったきれいな金髪が、そのたびに揺れる。
きれい。
わたしは彼を、離れた場所からうっとりと眺めているのだ。
「ディー」
母が呼ぶ声で目が覚めた。
美しい夢が、目の前からさっと消えた。代わりに現れたのは、物干しに揺れる洗濯物の影だ。
洗濯を終えて、ちょっとのつもりで庭に寝転がっていたのだ。
つい眠ってしまったみたい。
過ぎた夢をちょっと惜しみながら、返事をした。
「ここにいるわ」
ここはナーロッパ王国。
緑が豊かで産業や工業も栄え、国力も豊かだ。
そんな王都の片すみにわたしは生きている。
母がわたしのそばにやって来た。立ち上がったわたしに、母は仕事を頼む。
「洗濯が終わったなら、お店に行ってパパの手伝いをしてちょうだい」
「え、でも月から木までは、これから寺子屋に行かなくちゃ」
「もうあなたは17才じゃない。勉強なんかオーバードーズよ。商売よ商売」
元メイドの母は、女の子はひらがなだけ読めればOKという変わった考えの持ち主だ。それでも、ここ数年の町内会長が、女子の教育に力を入れているおかげで、わたしは町の寺子屋に通うことができていた。
「これからお兄ちゃんが帰って来るの。ママはそれを待ってお店に出るから」
母に言われ、わたしは父の営むうどん店に向かった。
こことは違う都会では、車も走り、ビルも建つが、この界隈はあたかも中世のギルドのような様相を呈している。
そして、その町内は、いろいろ長く煮込んだにおいが漂っている。
肉まん専門店。豚まん専門店。伝説の肉まん専門店。超越の豚まん専門店などが、ざっと見軒を並べている。
「ディーちゃん。お父さんの店でお仕事?」
超越のおばさんが声をかける。
「えらいわね。寺子屋よりお手伝いなんて。女子はそうあるべきよ」
会釈を返し、進む。
その先に、焼き鳥の竹串専門店の角を曲がったところで、派手な看板が既に灯されているのが目に入った。
大『チーギュー』チェーンの創業店だ。昼前なのに、お客が列をなしている。
いいわね、チーギューが大当たりで。
ほっとため息をつく。
わたしが子供の頃は、そこまで我が家と大差なかったのに。今では『チーギュー』チェーンと言えば、ナーロッパ全土をおおうほどの隆盛ぶりだ。
そりゃ、おいしいけれど。
牛丼にチーズまでトッピングされているんだから。ずるいわ。そのアイディア。
むんむんする店のにおいが流れて来て、わたしは足を速めた。
ほどなく、父の経営する『星まるうどん』の看板が見えた。
店に入ると、父がゆらゆらと仕込みを行っていた。
一方の『チーギュー』は、もうお客を入れているのに。
手が遅いというか、のんびり屋の父が歯がゆい。こういうところが、『チーギュー』に大差をつけられた敗因なのに。
そんな父は侯爵家の跡取りだった。メイドの母との恋を選び、勘当されて今に至る。
父を手伝って、わたしも仕込みを行う。
と。がらりとドアが開いた。
まだ、開店ののれんを出していないのに。
顔を上げるとやっぱり彼だった。
「ディー、どうして寺子屋に来ないんだ? 迎えに来たよ」
幼なじみのカルビだ。あの『チーギュー』チェーンの一人息子でもある。
「ごめんね、カルビ。行けないの。店の手伝いがあるから」
「だめだよ、勉強は大事だよ」
身を乗り出して、カルビはバンとカウンターを叩いた。
ねぎを切っていた父が、
「そんなことはないよ。おじさんも昔はすごく勉強したけれど、何の役にも立たなかった」
くちぶえを吹きながら言う。
そんな父のひょうひょうとした生きざまは、娘ながらあっぱれと思う。
カルビは、ジーンズのポケットに手を突っ込んで店内をうろうろ歩いた。新しいダメージジーンズをはいているみたい。
彼は親の金にものを言わせたアメカジファンだ。
「週末のダンスパーティーには来いよ。迎えに行くから」
それだけ言い残して店を出て行った。
来ていく服がないわ。
だって、うちは貧しいもの。
わたしはそっとため息をつく。
「うどんは美味しくないけど、可愛いディーちゃんの顔を見に来たよ」
「元メイドのお母さんに似て、段々エロかっこよくなるね。でもまずいうどんだね」
「まずいうどん食べたから、五百円でハグしてくれない?」
スケベなお客でもいい。まずいうどんを毎日食べに来てくれるのだ。
店が終わり、店内の片づけを両親に任せ、わたしは家に向かう。
家には明かりが灯り、兄の帰宅がしていることが知れた。
「お帰りさない」
茶の間で寝転がっていた兄が、わたしに秀麗な笑顔を向けた。
兄のビーエル。18才だ。
ほっそりとした身体つきとどこかなよっと頼りないさまは、父とよく似ている。
去年寺子屋帰りに、エロ公爵に見初められ、今は囲われ者になっている。
名は体を表すと言うが、兄の場合はまさにドンピシャで、呪いのようでもある。
「ああ、お前にやるよ」
兄はポケットから、つぶれかけた菓子の包みを二、三個わたしにくれた。公爵の家にあったのをこっそり持って来たという。
大丈夫なのか、待遇は。
「さっきカルビ君が来たよ。ディーに渡してくれって」
兄が紙袋を差し出した。
中にはスカジャンにTシャツとジーンズ。
アメカジ古着屋の78000円のレシートの裏に、
『週末はこれで一緒にキメようぜ』
とある。
「カルビったら。こんな高いものを。もらえないわ」
「要らないの? じゃあ俺がもらうよ」
兄はすぐに服を脱ぎ、カルビのアメカジセットを身に着けた。よく似合っている。アメカジ好きのカルビよりよほど似合う。
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