お嬢様をはじめました

帆々

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8.衝撃

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-3を迎えた信長が、模造刀を投げ捨て逃げ出した。

その後を別館の生徒が追う。

野犬が獲物を追うようで、見ていて恐ろしく思った。あれは経験したらきっと生涯のトラウマになる。

カルビもあの群れに混じっているはずだ。

わたしはなぎなたを捨て、ため息をついた。疲れていた。本当に疲れていた。

そこにアナウンスが鳴り響く。

「蘭丸様の中の人、本能寺北浦の炭小屋まで移動をお願いします」

ちっ。

はしたないが、舌打ちが出た。

まだ茶番は続くのだ。

それに、わたしにはイライジャ先生より託された任務がある。案内板に従い、北浦にあるという炭小屋を目指す。

そこには、小さなさびれた炭小屋を囲む、別館の生徒たちの群れがあった。煌々とたかれた照明に浮かび上がる。何だか劇の撮影シーンめいて、ドラマチックな雰囲気もないとはいえない。

わたしの登場に、別館の生徒たちが道を開ける。その道を通り、炭小屋に入った。

中は暗い。その真ん中にわたしと同じ経帷子の信長が正座しており、あきらめ切った顔で、首を垂れていた。

「早くやっちゃって」

「うん」

彼が、甲高い声で叫ぶ。

「是非もなし!」

それに呼応して、外でも歓声が上がった。わたしはその叫びにかぶせるように、炭小屋付属の模造刀を信長の首に振るう真似事をした。

ここだ。イライジャ先生がわたしに命じた任務は。

わたしは信長の手を引き、立たせた。彼を連れ、外に出る。

このゲームでは討ち死にしたていのわたしたちがここで、「ば~か。〇ね」。「〇ね。〇ね。本館。くたばれ」。「〇ね。クソ本館が。〇ね」。「ざまあ。クソが」。などという罵詈雑言を浴びせられるシーンなのだ。

シナリオを聞いた時、心底、信長にはなるまいと思った。確かにならなかったが、一緒に罵られるから、蘭丸でも同じだった。

さんざんの暴言以上の呪いの言葉を浴びる。これは、耐えがたきを耐えて来た別館の生徒たちのカタルシスの解放にあたるのだという。

それは学園長にぶつけてほしいが、しょうがない。様式美なのだそうだから。

「申し訳ないが、これだけは我慢してほしい」

とは、先生にもすまなさそうに言われている。

そして、彼らの鬱憤、不満が言葉の暴力によって昇華された瞬間こそ、

「ラポールが築かれ易い」

のだと、先生は言った。

催眠術における術者と被術者との間に信頼関係のようなものだそうだ。つまるところ、彼らもわたしたちも密かに催眠術にかかってしまっているのだという。

いつから?

ふと、そこで、この鬼畜ゲームが始まる際、暗転するのとほぼ同時に、妙な音が鳴ったように思う。もしかしてあれが導入だったのかも。

わたしは一瞬の静まりを聞き定めて、そこを狙い声を出した。

「討ち入りは失敗!! 信長は死にません!!」

これが催眠術を解くためのキーワードなのだという。

わたしの声にギャラリーがざわめく。ざわざわ、ざわざわ。ざわざわ。ざわざわ。

ざわめきの中、彼らが持った棒きれが地面に落ちていく。

「あれ?」

「あれ? なんでここに? 本館の皆様のために風呂の準備があるのに」

「おかしいな? さっきエナジードリンクを飲んだとこから記憶が…」

「俺も、濃いエナジードリンクだな、と思ったところで、意識がない。気づいたらここにいた」

「急ごうぜ。本館の皆様のお夜食の準備があるからさ」

「お、おお」

彼らが三々五々引き上げていく。

その姿に、確かに催眠術はかけられていたのだと愕然とした。

そして、それを見抜いたイライジャ先生の慧眼にも。ほれ直す思いがする。胸がきゅんとうずいた。


お風呂に入った。

ゲームの間、本館の信長アンド蘭丸以外の生徒たちは、先にお風呂に入ったり、遊んでいたというが、こっちは疲労困憊だ。

素敵な露天風呂にゆったりつかり、疲れを癒した。

明日で修学旅行は終わる。

先生には、任務の連絡以外ではあまり話も出来ずじまいだった。この旅行が終わったら、二人の関係も、単なる生徒と保険の先生の関係に戻ってしまうのだろうか。

そう思うと、切なくなるのだ。

風呂から上がり、今度こそ正しい浴衣を着て、わたしは部屋に戻った。

布団に横になる。さすがハードな旅行が長く続き、いくら親友同士と言えど、会話も弾まない。

「暗くするね」

「うん」

倦怠期感たっぷりに、就寝。

そこへ、ほとほと、とふすまを叩く音。すっとそれが空いた。いたのはヨーコと仲のいいジョンだ。

彼は真っ直ぐにヨーコの布団に向かい、掛け布団をめくり彼女におおいかぶさった。

「え」

驚くわたしをそのままに、彼らは二人の世界に没入していく。

「ヨーコ」

「ジョン」

「ヨーコ」

「ジョン」

「ヨーコ」

「ジョン」

ええ!!

何これ。こんなの、いいの? 修学旅行で。乱れ過ぎではないか。

二人が嫌らしい音を立て出して、わたしはそちらから背を向けた。

性の乱れに厳しい肉の町に育ったわたしには、信じられない展開だ。部屋を出ようか、注意しようか迷っている時、別の人影が暗闇を走った。

あ、と言うより早く、影はわたしの布団へ近づく。

「え」

いきなり布団をはがれ、こっちにもおおいかぶさって来るからぎょっとなる。

それはカルビで、鼻息荒く頬に唇を寄せて来る。

「ディー、会いたかったよ」

剃らないひげのせいで、ちくちくと肌が痛い。わたしは力の限り、彼を押しのけようと抗った。

嫌だ。

心から、本当に嫌。

「好きだよ、好きだよ。追いかけて来たんだよ。ああ、いい匂い、いい匂い」

しかし、おたまじゃくし顔でも力は強い。加えて、彼がしっかり男の子だとわかってしまう部分も感じ、それが足に触れ、ひどく鳥肌立つ。

こんな場で、こんな風にわたしはロストバージンしてしまうのか。

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