55 / 75
禁じられた遊び
7
しおりを挟む療養を切り上げ、ロエルは公爵邸に帰っていた。シェリーシュを現地に派遣し、必要な標本も揃った。それにより調査の補完も出来、分析した内容をまとめる段階に入っていた。
晩餐の席でのことだ。療養の際に世話になった大叔父が滞在中で、その彼の話に興味を惹かれた。
「隣の治所が売りに出ている。持ち主は転居したいが、売り手がなかなかつかないとこぼしていたよ」
「今は海軍提督がお住まいでしたでしょう?」
「そう。やはり海が恋しいらしい。海岸線近くにもう目ぼしい物件を押さえたと言っていた」
大叔父と里が近く土地勘のある公爵夫人が、治所について話を交わしている。
「叔父様の所と似ていい領地よね。うさぎがよく顔を出すから、子供の頃追いかけたの。懐かしいわ」
うさぎの話にロエルは咀嚼が止まった。大叔父達の話を聞きながら、ゆっくりパンを喉にやる。
「その領地、邸宅はどうなのですか?」
「その海軍提督が一度大きな改修をしていてきれいなものだ。そこが売りになると私も言っていたのだがね」
「へえ、一度見てみたいな。売主がそんなまともな人物なら売買に不安もなさそうだし」
ロエルの興味に話題を振った大叔父も意外な様子を見せたが、食卓の両親はそれ以上に息子の意図が不思議そうだった。
六つの目に注視され、彼はワインを一口飲んでから答えた。
「療養してあの辺りが気に入ったんだよ。静かでゆったりとして美しい。あんな場所に治所を持つのもいいと思った。東部からの帰りにも都合がいいのもある。大叔父上、持ち主の方にご紹介をお願いできますか?」
「それはもちろん。ロエル君なら願ったりの買い手だ」
「治所はいいがこちらはどうする? 忘れてもらっては困るぞ」
父公爵の問いには、後継の彼への少しばかりの圧がある。ロエルの仕事や行動には理解も寛大さもあるが、担うべき責務を放り出されては困るのだ。母の夫人も戸惑ったように彼を見ている。
「叔父様の前でみっともないけれど……、そろそろ将来を考えてほしいのが本音よ。その後で、好きな治所を買えばいいのではない?」
母の言葉には父とは別で結婚への圧が含まれている。
これまで幾度も「責務」と「結婚」の圧を感じてきたが、その両方が合さったのは初めてだ。以前危篤に陥った際の両親の憔悴ぶりもまだ鮮やかだ。彼の安定を求めているのはよくのみ込める。彼は頷いて見せた。
「その治所を買ったとして、ここに帰らなくなるのじゃない。王都からの便利もいいし、その点も気に入っているんだ。それに父上も母上もまだまだだ若いじゃないか。隠居じみたことを言うのは随分早いよ」
あっさりと返されると息子の言葉にも説得力はある。公爵夫妻は共に見合い、これ以上の苦言は控えた。周囲の状況を自分の息子に押し付けようとしていることにも気づいたようだった。
夜も更け、寝室に引き上げた公爵が、妻にもらした。
「あなたはジェンを知っているだろう? わたしの狩り仲間だ。その子息が離婚したらしい」
「……ご結婚は三月前でしたわよね? まあ、どうして?」
「若妻と夫人が折り合いが悪く、実家も絡んで揉めに揉めた。どこでどうなったか、若妻が別の男の子を身ごもった。まあ、子爵家は酷い有様だったらしい。挙句に子息が猟銃自殺を図ったという……。もちろん未遂だが、すんでのところだったというよ」
夫人もすぐに言葉が返せない凄惨さだ。
「あなたは我を張る人ではないし、ロエルもあなたに優しいから、我が家に合わない人は選ばないと思うが……。親が強いた結婚で皆が不幸になる場合もあると、明日は我が身かと身にしみたよ」
公爵は薄く笑った。
「まあお笑いになるなんて……。あの子には人並みの結婚を願うだけなのに」
「あなたは「人並み」が好きだが、その人並みも人によって違うだろう。現に、あなたの叔父上もお一人で至極快適に暮らしているじゃないか」
「でも、あの子のお友達ももう奥方をお持ちの方が多いのよ。それが人並みかと……」
「ロエルにも家を継ぐことは意識にあるのだから、それと結婚をまだ重ねなくてもいいかとも思う。あなただって、悩んだロエルに猟銃を抱えてほしくはないだろう?」
夫の話は極端だと思えたが、夫人は反論しなかった。
夫妻で意見を合わせ、息子の結婚を決めることは出来るかもしれない。強く必要を説けば、気持ちの折り合いをつけ、
「わかった」
と従ってくれる気もする。しかし、それが息子の幸福につながるかはわからない。いつか彼が、アリスに向けたのと同じ笑みを妻に向けられるとは限らないのだから。
114
あなたにおすすめの小説
【完結】気味が悪いと見放された令嬢ですので ~殿下、無理に愛さなくていいのでお構いなく~
Rohdea
恋愛
───私に嘘は通じない。
だから私は知っている。あなたは私のことなんて本当は愛していないのだと──
公爵家の令嬢という身分と魔力の強さによって、
幼い頃に自国の王子、イライアスの婚約者に選ばれていた公爵令嬢リリーベル。
二人は幼馴染としても仲良く過ごしていた。
しかし、リリーベル十歳の誕生日。
嘘を見抜ける力 “真実の瞳”という能力に目覚めたことで、
リリーベルを取り巻く環境は一変する。
リリーベルの目覚めた真実の瞳の能力は、巷で言われている能力と違っていて少々特殊だった。
そのことから更に気味が悪いと親に見放されたリリーベル。
唯一、味方となってくれたのは八歳年上の兄、トラヴィスだけだった。
そして、婚約者のイライアスとも段々と距離が出来てしまう……
そんな“真実の瞳”で視てしまった彼の心の中は───
※『可愛い妹に全てを奪われましたので ~あなた達への未練は捨てたのでお構いなく~』
こちらの作品のヒーローの妹が主人公となる話です。
めちゃくちゃチートを発揮しています……
【完結】憧れの人の元へ望まれて嫁いだはずなのに「君じゃない」と言われました
Rohdea
恋愛
特別、目立つ存在でもないうえに、結婚適齢期が少し過ぎてしまっていた、
伯爵令嬢のマーゴット。
そんな彼女の元に、憧れの公爵令息ナイジェルの家から求婚の手紙が……
戸惑いはあったものの、ナイジェルが強く自分を望んでくれている様子だった為、
その話を受けて嫁ぐ決意をしたマーゴット。
しかし、いざ彼の元に嫁いでみると……
「君じゃない」
とある勘違いと誤解により、
彼が本当に望んでいたのは自分ではなかったことを知った────……
初恋が綺麗に終わらない
わらびもち
恋愛
婚約者のエーミールにいつも放置され、蔑ろにされるベロニカ。
そんな彼の態度にウンザリし、婚約を破棄しようと行動をおこす。
今後、一度でもエーミールがベロニカ以外の女を優先することがあれば即座に婚約は破棄。
そういった契約を両家で交わすも、馬鹿なエーミールはよりにもよって夜会でやらかす。
もう呆れるしかないベロニカ。そしてそんな彼女に手を差し伸べた意外な人物。
ベロニカはこの人物に、人生で初の恋に落ちる…………。
【完結】美人な姉と間違って求婚されまして ~望まれない花嫁が愛されて幸せになるまで~
Rohdea
恋愛
───私は美しい姉と間違って求婚されて花嫁となりました。
美しく華やかな姉の影となり、誰からも愛されずに生きて来た伯爵令嬢のルチア。
そんなルチアの元に、社交界でも話題の次期公爵、ユリウスから求婚の手紙が届く。
それは、これまで用意された縁談が全て流れてしまっていた“ルチア”に届いた初めての求婚の手紙だった!
更に相手は超大物!
この機会を逃してなるものかと父親は結婚を即快諾し、あれよあれよとルチアは彼の元に嫁ぐ事に。
しかし……
「……君は誰だ?」
嫁ぎ先で初めて顔を合わせたユリウスに開口一番にそう言われてしまったルチア。
旦那様となったユリウスが結婚相手に望んでいたのは、
実はルチアではなく美しくも華やかな姉……リデルだった───
突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。
俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。
ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。
俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。
そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。
こんな女とは婚約解消だ。
この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。
いいえ、望んでいません
わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」
結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。
だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。
なぜなら彼女は―――
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる