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禁じられた遊び
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しおりを挟む療養を切り上げ、ロエルは公爵邸に帰っていた。シェリーシュを現地に派遣し、必要な標本も揃った。それにより調査の補完も出来、分析した内容をまとめる段階に入っていた。
晩餐の席でのことだ。療養の際に世話になった大叔父が滞在中で、その彼の話に興味を惹かれた。
「隣の治所が売りに出ている。持ち主は転居したいが、売り手がなかなかつかないとこぼしていたよ」
「今は海軍提督がお住まいでしたでしょう?」
「そう。やはり海が恋しいらしい。海岸線近くにもう目ぼしい物件を押さえたと言っていた」
大叔父と里が近く土地勘のある公爵夫人が、治所について話を交わしている。
「叔父様の所と似ていい領地よね。うさぎがよく顔を出すから、子供の頃追いかけたの。懐かしいわ」
うさぎの話にロエルは咀嚼が止まった。大叔父達の話を聞きながら、ゆっくりパンを喉にやる。
「その領地、邸宅はどうなのですか?」
「その海軍提督が一度大きな改修をしていてきれいなものだ。そこが売りになると私も言っていたのだがね」
「へえ、一度見てみたいな。売主がそんなまともな人物なら売買に不安もなさそうだし」
ロエルの興味に話題を振った大叔父も意外な様子を見せたが、食卓の両親はそれ以上に息子の意図が不思議そうだった。
六つの目に注視され、彼はワインを一口飲んでから答えた。
「療養してあの辺りが気に入ったんだよ。静かでゆったりとして美しい。あんな場所に治所を持つのもいいと思った。東部からの帰りにも都合がいいのもある。大叔父上、持ち主の方にご紹介をお願いできますか?」
「それはもちろん。ロエル君なら願ったりの買い手だ」
「治所はいいがこちらはどうする? 忘れてもらっては困るぞ」
父公爵の問いには、後継の彼への少しばかりの圧がある。ロエルの仕事や行動には理解も寛大さもあるが、担うべき責務を放り出されては困るのだ。母の夫人も戸惑ったように彼を見ている。
「叔父様の前でみっともないけれど……、そろそろ将来を考えてほしいのが本音よ。その後で、好きな治所を買えばいいのではない?」
母の言葉には父とは別で結婚への圧が含まれている。
これまで幾度も「責務」と「結婚」の圧を感じてきたが、その両方が合さったのは初めてだ。以前危篤に陥った際の両親の憔悴ぶりもまだ鮮やかだ。彼の安定を求めているのはよくのみ込める。彼は頷いて見せた。
「その治所を買ったとして、ここに帰らなくなるのじゃない。王都からの便利もいいし、その点も気に入っているんだ。それに父上も母上もまだまだだ若いじゃないか。隠居じみたことを言うのは随分早いよ」
あっさりと返されると息子の言葉にも説得力はある。公爵夫妻は共に見合い、これ以上の苦言は控えた。周囲の状況を自分の息子に押し付けようとしていることにも気づいたようだった。
夜も更け、寝室に引き上げた公爵が、妻にもらした。
「あなたはジェンを知っているだろう? わたしの狩り仲間だ。その子息が離婚したらしい」
「……ご結婚は三月前でしたわよね? まあ、どうして?」
「若妻と夫人が折り合いが悪く、実家も絡んで揉めに揉めた。どこでどうなったか、若妻が別の男の子を身ごもった。まあ、子爵家は酷い有様だったらしい。挙句に子息が猟銃自殺を図ったという……。もちろん未遂だが、すんでのところだったというよ」
夫人もすぐに言葉が返せない凄惨さだ。
「あなたは我を張る人ではないし、ロエルもあなたに優しいから、我が家に合わない人は選ばないと思うが……。親が強いた結婚で皆が不幸になる場合もあると、明日は我が身かと身にしみたよ」
公爵は薄く笑った。
「まあお笑いになるなんて……。あの子には人並みの結婚を願うだけなのに」
「あなたは「人並み」が好きだが、その人並みも人によって違うだろう。現に、あなたの叔父上もお一人で至極快適に暮らしているじゃないか」
「でも、あの子のお友達ももう奥方をお持ちの方が多いのよ。それが人並みかと……」
「ロエルにも家を継ぐことは意識にあるのだから、それと結婚をまだ重ねなくてもいいかとも思う。あなただって、悩んだロエルに猟銃を抱えてほしくはないだろう?」
夫の話は極端だと思えたが、夫人は反論しなかった。
夫妻で意見を合わせ、息子の結婚を決めることは出来るかもしれない。強く必要を説けば、気持ちの折り合いをつけ、
「わかった」
と従ってくれる気もする。しかし、それが息子の幸福につながるかはわからない。いつか彼が、アリスに向けたのと同じ笑みを妻に向けられるとは限らないのだから。
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