忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々

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穴の意味

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 事件から一月ほど経った。

 その後アリスは聴取を受け、彼女の知る事実を全て話した。ディアーを殺害したとされるフーは既に命を絶っており、彼を犯人と断定したもの詳細はつかめずに事件は漠としたまま幕を閉じた。

 ロフィと共に実家で十日ほど過ごした。高家は浮世離れした家だが父が王宮に役職を賜って以来やや事情が変わった。話題の情報がそう時間を置かずに邸内にも伝わるようになっていた。

 強欲金貸しと悪名のあったドリトルン家で起きた殺人事件は世間で耳目を集めていた。「天罰が下った」「当然の報い」と同情する向きもない。アリスが嫁いでいたことも知られる段になり、彼女は高家当主の父への影響を感じ始めた。

 家を出ることを告げると、

「その方が良いかもしれぬな」

 と返したのみだ。これをロエルが聞けば「実の父親が」と憤慨するだろうと、アリスは密かにおかしく思った。

(お父様はこういう方だもの)

 結局行き先はドリトルン家しかなく、古巣の離れに落ち着くことになった。

「振り出しに戻ったみたいですわ」

 とミントは呆れるが楽しそうでもある。アリス自身気持ちは軽い。母屋は大部分を閉じた。使用するのは厨房と図書室に使用人部屋ぐらいだ。使用人もコックを含め数人で、ごく小規模な再始動になった。

 ロフィは小姓見習いを辞退することになった。楽しんで通っていただけに残念だが、家が引き起こした問題を考えれば、続けることは難しかった。本人は明るく元気だが、大人の事情をおぼろげに汲んでくれているような節もあり、それは胸が痛い。

 フーが亡き今、当主のロフィの代理を務めるアリスの任は重くなった。彼の残した資料には克明に財産の管理記録がなされている。管財人としても怜悧な人であったようだ。丹念にそれを読み、理解が及ばないところはロエルの手を借りた。彼の紹介で弁護士を頼み、その人物に管理を申し出た。

 ロフィに渡る遺産も莫大なことから、貸金業を今の時点で廃業することに決めた。証文も破棄する債権の一方的な放棄である。それを依頼すると、弁護士は深く頷いてくれた。
 
「あなたにはロフィ様と母子関係にある間は年金が支払われます。先代のご遺言に付して特記として加えられていますね。珍しいですね、もし先にロフィ様が亡くなられた後でも有効な条項になっています。よほどあなたのお暮らしをご心配されたのでしょう」

 アリスは意外に思った。年金の額も高額で、女一人が使用人を使いゆったりと暮らせる分はある。亡き舅の人柄から彼女へそんな厚い手当が下されるのは想像し辛い。

(フーなのでは?)

 彼が舅にねじ込んだか、無理にでも書かせたと考える方が易い。不可思議ではあるが、ドリトルン家において彼は彼女の災難を避ける防波堤になってくれていたのでは、と思うこともある。

 アリスに離れに住むことを強いたのもフーだった。もし母屋に住んでいれば、愛人のいるディアーとなし崩し的に男女の関係を結ぶことになっていたかもしれない。実家へは結婚の際の多額の支度金の他、フーが父への年金を果たしてくれたため潤沢だった。また、実家の切望していた馬車を融通してくれたもの彼だった。

 意地悪な物言いに傷ついたことも数知れずだ。出自だけの女だとうとましがられていると信じていた。しかし守られていた面も今は自覚していた。

(なぜ?)

 となると、彼女には答えが出せない。売られるように嫁いできた少女の彼女を不憫に思ったのかもしれない。

 そして、弁護士は遺言からアリスの今後に関わる重大な事実を教えてくれた。

 


「あれは、何だったのでございましょうね。子リスの申した、あれですわ。先代様をフーが殺めた……」

 家事の合間に、ミントが思い出したように話を向けた。禍々しい話題だが、今も謎のままでアリスも気にかかっていた。

「そうね。今にして思えば、ブルーベルの話は事実だったのかも……。もちろん手にかける理由はわからないけれど。お義父様が亡くなられた頃から、フーとディアー様の不仲も目立ったわ」

 その頃から生気乏しく疲労して見えたのは、凶行に及んだことで心身を病んでしまっていたのかもしれない。アリスとミントの口さえ封じれば、己の暗い秘密を守り抜けると信じたのだろうか……。

 結局、ブルーベルから聞いた義父殺害の件は、事件の聴取の際にも口にすることはなかった。彼女の証言のみの話で、客観的な信用性も高いと思われなかったためだ。

「このお話をすると、姫様はご不快かもしれませんが……、ディアー様との晩餐の夜のことです。少し気にかかったことがございまして」

「いいの、話して」

「ディアー様が姫様を連れ込んだのは、食堂の隠し部屋だったのでございますわ。フーはそれを知っていて、だからお助けできたのですけれど。その際あの人、その部屋を「昔からある、主人がメイドを手籠にする場所」だって、言いましたの。ということは……、ディアー様だけではなく先代様も使われていた、ということになります」

 嫌な話だった。アリスは眉根を寄せた。彼女が知らないだけで、亡夫も使用していただろうと思われた。

「フーは子供の頃お邸に来たそうです」

「ええ。前にお義父様が十歳の彼を寄宿学校に入れたとおっしゃっていたわ。随分目をかけられてのちの立場になったのね」

「ええ。でも、あの吝嗇で独善的な先代様が孤児を引き取り、かつ大金のかかる寄宿学校に入れてやるなんて、不思議ではございませんか?」

「だから、目をかけてもらったからなのではない?」

「目をかける理由ですわ。ご自分の落とし胤なのではございませんか? 例の部屋の話からそんなことを考えてしまって……」

 ミントは言葉を濁したが、フーの母親がドリトルン家のメイドであり、その女性との間に生まれたのがフーではないか。ミントはそう言外に告げている。

「私も母屋のメイドとよくお喋りはしたのですけれど、人が入れ替わってしまっていて、当時のことは誰も知らないのです。何も証拠はありませんわ」

 認知をせず引き取り、教育を施したのち使用人として遇して利用し続けた……。フーの過去がこの通りなのだとしたら、義父を殺める動機にはなったのかもしれない。実子と認められなければ、相続権もなく何の権利も許されない。義父からディアーへと彼らに飼い殺しになるだけだ。

「そう思うと、ちょっと可哀想に思えてしまいますわ。フーのディアー様への反抗も納得がいきますわね」

 アリスも頷いたが今となっては真実の探りようもなく、想像の域を出ない。
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