わたしの方が好きでした

帆々

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 夜会が終わればその首尾を問われた。工房でも話の種になり、ショパン婦人とのお茶でもその話題が持ち出される。

「どうだったの? 詳しく聞かせて」

「テリアは親切にして下さったし、会も素敵でした。演奏も素晴らしかった」

「外出の甲斐はあったようね。その彼とはまたお出かけの予定はないの?」

「特には。でも、彼をお食事にお招きしたのでぜひいらして。ご紹介したいの」

「行きますとも。トネルコのゼニファー家なら友人の妹が嫁いだ先よ。先代の遺言で長男が親族の男爵家を継ぐことも聞いたことがあるわ。そのテリアが伯父の家督を継いだのは爵位のためね。堅い家柄でおかしな人はいないらしいわ。これは友人の談ね」

「名家だわ」

「尻込みしなさんな。あなたは生粋の王都育ちの令嬢だもの、田舎領主の家にはきっとまぶしいわよ。立派なフィニッシングスクールも出ているのだもの。財産の点でも決して見劣りしないわ」

 婦人の中ではすっかりリゼがテリアの花嫁候補に仕上がっているので焦った。慌てて手も首も振る。

「そんな、話が飛躍し過ぎ。友人の一人に過ぎないのに。一度夜会に誘ったくらいで、財産まで比較されてはテリアだって堪らないわ」

「あら、相応しいご縁だって言いたいだけよ」

 リゼは緩くまた首を振った。自分は離婚した身だとわきまえている。初婚の爵位も持つ名家のテリアとは不釣り合いだ。

「シダー夫人は死別ではなく離婚ののち王弟とご結婚されたのよ。男女問わず責のない離別は決して傷にはならないわ」

「そんな雲の上の方のお話と一緒にされても……」

 メイドが来客を告げた。婦人の友人とはこの居間でかち合ったこともある。今回もそれだろう。

 苦笑するリゼに構わず婦人は断固とした顔つきだ。ドアが開き入ってきた客にすぐ問いかけた。それはエルだった。

「ねえ、リゼなら男爵夫人に相応しいと思わない?」

 妙な問いを投げつけられた彼は戸惑った表情を見せた。ちらりとリゼを見てぎごちない辞儀をした。それに応じる彼女は静かに緊張していた。思いがけない再会だった。会いたかったわけではないが、この彼にぜひ問いたい事柄がある。

「何の話やら……、急ぎのご用とはそれですか?」

 婦人は彼に椅子を勧め、メイドに何かを取りに行かせた。戻ったメイドの手には包みがある。婦人は受け取った包みをエルに渡した。

「ブーケにお誕生日のお祝いよ」

「以前いただきましたよ。あの子も喜んで部屋に置いてある」

「大人に気を遣ってのサービスよ。九歳なら、人形なんかもう嬉しくないはず。わたしもうっかりしていて。今度は手袋よ」

 そのやり取りを聞き、リゼは衣装屋で彼から紹介された女の子を思い出した。おませな言葉遣いが印象の可愛い少女だった。

 礼を言って受け取ったエルへ問う。

「お嬢様はお幾つですか?」

「九歳になりました。……衣装は間に合いましたか? お急ぎだったはず」

「ええ、おかげさまで」

 彼の名前の威力か、注文のドレスの仕上がりは素早かった。誰かの順番を割り込んだのだったら気の毒だったと思う。それでも助かったのは事実だ。

 ショパン婦人が不思議な顔をしたので経緯を説明した。婦人はそれに頷いた。

「ある男爵との約束の夜会のためのドレスだったのよ。お話ではいい方のようだし、リゼには前向きに将来を考えてもおかしくないと言っていたの」

「とんでもないわ。婦人は勘違いをしていらっしゃるの。間に合わせの相手に過ぎないのに。テリアにはそんなつもりはないわ」

「晩餐に招待したら喜んだそうね。向こうも満更ではないのは確かよ」

 エルはカップに口をつけてから、

「男は晩餐なら誘われれば行くでしょう。断る方が面倒な場合も多い」

 と言う。

「そう。お友だちなの。それ以上ではないわ」

「ねえエル、あなたならお友だちを夜会に同伴するの?」

「ご婦人の友人はいません。だから、どういう関係を指すのかわからない。でも……「友だち」だと思う女性を夜会には誘わないでしょうね」

 彼の言葉に婦人はにんまりとした顔をリゼに向けた。リゼは反論に口を開きかけたが、何を言っても婦人は裏の意味を探すような気がした。

 ただ、エルの考えとテリアのそれは違う。だって彼は娘もいる既婚者だ。慎重で責任感も強まるだろう。独身で自由なテリアとは立場が異なる。

 やがて席を立った彼にやや遅れてリゼも婦人の元を辞した。自宅へ一旦帰ったが、やはり落ち着かない。家を出て往来を左右眺めた。随分先に彼の姿がある。何も心が決まらないまま駆け出した。
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