21 / 47
変化
5
しおりを挟む朗読会は昼下がりに行われた。文学作品の朗読かと思いきや、意外にもそれは子供向けの本のものだった。広間を会場にした催しには親に伴われた少女の姿も多かった。
小編をある令嬢が語るのを聞く。ほのぼのしたもので子供達の笑い声が上がった。その後には怖い話が控えていて、小さな悲鳴があちこちで聞かれた。
聴衆の前に椅子に掛け本を開いた令嬢の姿にリゼははっとなった。朗読するのは見覚えのある女性で、テリアに誘われた夜会で見かけた歌を披露した人物だった。彼が彼女のドレスをおかしがって笑いそれが本人に届いたらしく、帰りしなに凝視されたのを覚えていた。
朗読が進み、彼女の瞳は本から時に聴衆に移った。広間には三十人ほど。その半分近くは少女であり、大人のリゼは彼女の目にきっとつき易い。また夜会の件を覚えているだろうとも思う。
(そんなに前のことでもないもの。きっと侮辱されたと不快に思っているはず)
美しい声だった。抑揚もあり聞き取り易い。ただ読むだけではなく発声の技巧も必要なのだと知った。以前の夜会での歌も素晴らしかったから多才な人なのだと感心した。
朗読の後では大きな拍手が聞かれた。リゼも手を叩いた。
会の終わりに参加者は手土産に小さな包みを配られている。美しく包装されたリゼの工房の品だ。受け取る人々の好感触な声を耳にできた。実際お客の手元に届く場に居合わせられ、招待してくれたエルに感謝したい気持ちでいっぱいだ。
目的をこなした後でリゼはもう一つのすべきことに取りかかった。歓談している朗読の令嬢の元へ近づいた。話が途切れたのを見計らい、彼女へ声をかけた。
令嬢は話しかけるリゼに驚いたようだった。
「わたしはリゼ・カンパネラと申します。素晴らしい朗読でした。すっかりお話の中に引き込まれてしまいました」
「……ありがとうございます」
褐色がかった金髪の美しい人だ。茶色い瞳がリゼを見つめ返す。
「以前、ある夜会でお見かけ致しました。あなたは歌をご披露なさっていたわ。その時、失礼な振る舞いがあったと思います。申し訳ありませんでした。ご不快でしたでしょう? 本当に失礼でした。お詫びいたします」
「……何のことでしょう? 夜会で歌いましたが、あなたには覚えがないですわ」
それだけ答え、令嬢は軽い辞儀をしてリゼから離れてしまった。名乗ることさえない。意外な反応にしばらくリゼは動けずにいた。まさか、こういった態度を返されるとは思わなかった。
勘でしかないが、おそらく彼女はリゼを夜会の時の人物だと気づいた。当然、あの場のテリアの無礼を忘れてしまったはずがない。その隣にいたリゼも意識したはずだ。自分ならそんな出来事があればきっと長く忘れられない。しかも、リゼは夜会の場と同じドレスを着ているというのに。
まだ彼女はリゼたちを許せず思っていて、その不快さでさっきのような対応になったのだろうか。そうだとしたら、詫びであれ接触することでより感情を逆撫でしてしまう。
既に令嬢は連れの女性と退室してしまった後だ。リゼは残った親子連れに話しかけ、朗読の彼女を尋ねた。
「カレン・ジャレッドさんです。この会を催された方のお知り合いのお嬢様だそうですわ」
リゼは礼を言い、ともかく出口へ向かった。その時、後ろから声がかかった。振り返ると見知らぬ女性だ。リゼより年上の落ち着いた印象の人だ。自分は家庭教師だと名乗り、
「ブーケお嬢様がご挨拶したいと……」
とやや後ろの少女を紹介した。「ブーケ」という名と姿にリゼはすぐ記憶が結びつく。少女はエルの娘だ。
「初めましてではないけれど、お話をするのは最初だもの、初めまして。ミス・カンパネラ」
と愛らしくお辞儀した。すぐに家庭教師が小さい声で、
「ご挨拶の前に説明はよろしくないですわ」
とたしなめる。それにちろっと舌を出す様も子供っぽい。おませな印象の強い少女だが、九歳の年相応さが可愛いらしい。
「こんにちは。あなたもいらしていたのね。朗読はどうだった?」
「面白かったわ。でも二番目の怖い話は子供っぽ過ぎ。怯えさせようっていうのが見え見えの内容だったもの。まあ朗読は不味くなかったけれども」
そんな口調もついリゼの微笑を呼んだ。ふとブーケが思いがけないことを言う。
「よろしければこの後でお茶をご一緒しません? お父様にあなたをお誘いするように言われているの」
「まあ、嬉しいわ。喜んで」
連れ立って階下のティールームへ向かう。案内された席に着くがエルの姿はない。次々と茶菓子が並びテーブルが整ってもまだ来ない。ブーケが大仰にため息をつく。
「まったく、お父様ったら。レディを待たせるなんて失礼ね、ミス・クローバー」
「旦那様はお忙しい方なので……」
家庭教師と並んだブーケを眺めながらふと思う。なぜ母親でなく家庭教師が付き添っているのだろう。今日の朗読会だって子供向けの催しで母娘の組み合わせが非常に多かった。不在なのは家庭の事情だろうか。
リゼ自身も母と二人の外出はよくあった。周囲から睦まじい母娘と褒められるのを母が好んだから。帰れば外でのにこやかさを消し、娘の全てを否定するのだが。
ブーケは子供らしく奔放さがあり、過去のリゼのような人の顔色をうかがう様子はない。家庭でも母親に甘える幸福な令嬢なのがわかる。
そこへエルが現れた。リゼに辞儀をし席に着く。彼女の斜め前になる。
「遅いわ、お父様。招待した側がお迎えするものなのに」
「客が来て遅れた。すまなかった。朗読会はどうだった?」
「まあまあ。でも子供騙しね」
おませな口調にリゼは微笑が浮かぶ。と、ミス・クローバーと目が合った。笑った目を控えめに伏せている。その仕草から少女は普段からこのままのようだ。もしかしたら、母親のものまねなのかもしれない。
ブーケは父親が来て嬉しそうにケーキを口に運んでいる。
「リゼ、あなたもいかがでした?」
「朗読会は初めてでしたけれど、面白かったです。お招きをありがとうございました。あの会はどなたが主催を?」
「あれは作家が発起人のはず。出版社の協力もあってうちのホテルを利用することになったと聞いています」
世間では会を催す場合は個人宅でのものが主流だった。晩餐会や舞踏会などの夜会から昼食会、お茶会、音楽会なども。単純な食事やお茶などは店舗を利用するが、何かの集いなどはまだまだ珍しい。
事情で自宅を使いたくない場合でもホテルを使えば会は催せる。スペースを考えずより多くの招待客を招くことも可能だろう。準備の手間を考えれば、むしろ好都合と便利に考える層も少なくないはず。
「住まいの事情で参加者を狭めなくていいもの。ホテルを利用した開催はいい案だわ。まだ珍しいけれど今後は増えそうですね」
「ええ、これまでの宿泊だけの施設ではなく、世間の需要に応じて在り方を広げようとも考えています。そのために外部から魅力ある店舗や品を取り入れるのも重要です。あなたの工房の品もその一つだ」
エルの言葉にはお世辞の匂いがしない。リゼ自身先ほど会の終わりに工房の品がお客に配られる様を見ている。心を込めた小さな贈り物には好意的な反応が多かった。目にして、同情だけで勝ち取った分不相応な契約でないとはっきり感じられた。
(自信を持っていいのだわ)
としみじみ嬉しかった。彼にしても「自分で確かめてみろ」といった思いでの招待だったのではないか。そう思われた。
48
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
2/26 番外編を投稿しました。
読んでいただけると嬉しいです。
思っていたよりずっとたくさん読んでいただいていてとても嬉しいです。
とてもとてもありがとうございます!!
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~
ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」
義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。
父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。
けれど――
公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。
王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。
さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。
そして下されたのは――家ごとの褫奪。
一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。
欲しがったのは肩書。
継いだのは責任。
正統は叫びません。
ただ、残るだけ。
これは、婚約を奪われた公爵令嬢が
“本当に継がれるべきもの”を証明する物語。
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる