わたしの方が好きでした

帆々

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 連れ立って戸外へ向け歩き出した。リゼは工房まで歩くつもりだ。子爵邸を出るところでリゼを誰かが呼び止めた。

 振り返るとそれはエルでやや硬い目で彼女を見ている。彼はブーケやショパン婦人らと食事に向かったはずだ。

「あら、皆さんは? どうかなさって?」

「馬車で待っています」

 それだけでエルはテリアに向き、

「彼女に近づくのは控えていただきたい」

 とはっきりと告げた。テリアは驚きに目を瞬かせ何かを言いかけてリゼを見た。彼女も事態がのみ込めない。

 エルはリゼの手をつかみテリアから引き離した。そのまま手を引き説明なく歩道を歩き続けた。乱暴な仕草ではなかったが、十分に強引で意味がわからないリゼは彼の手を振り解いた。

「エル、失礼だわ。何の理由があって……」

「同伴したあなたを放り出した男だ」

「ガーデンパーティーのことは事情があったの。ちゃんと謝って下さったわ」

「それでなかったことに?」

「……何がいけないの?」

「彼は信用が置けない。また繰り返す」

 そう断言するが、リゼには納得いかない。以前の事情は説明してもらえたし謝罪も受けた。それでもう彼女には済んだことだ。エルがテリアに無作法をする理由にならない。

「怒りもせず簡単に過ちを許すから、あなたは軽く見られている。突き放して然るべきじゃないか」

「済んだことよ。それで突き放すだなんて……。テリアはお友だちなの」

「その「お友だち」を晩餐に招いたり、一緒に夜会に出かけたりするつもりなの? また実家に来いと招かれれば、あなたは頷くの?」

「それは……」

 返事に詰まりリゼは瞳をさまよわせた。「お友だち」と口にしたのはそれが都合が良かったから。今後距離を縮めていければ、などの期待は特にない。素敵な人なのは間違いがなく、心惹かれる思いもある。

 リゼは知らず頬を両手で押さえた。

「嬉々として彼に駆け寄るあなたは、彼にとって随分容易いのだろうと」

 強い皮肉だった。彼女もそれにははっとなりエルを見返した。彼はその視線を逸らさず受け止め、

「このくらい彼をにらんでやればいいのに」

 と言った。ちょっと視線が絡んだのちエルは自分からふっと逸らした。辞儀もせず身を翻し彼女を置いて去って行く。

 一人になったリゼはやや途方に暮れた。エルとの会話は彼に一方的に責められたように終わった。立ち尽くす彼女を通行人が抜き去って行く。どれほどかして彼女も歩き出した。

 彼は娘の家庭教師も里にまで馬車で送り届ける人だ。その紳士的な彼の倫理観からテリアは大きく外れていた。そこが「信用が置けない」理由になる。

 また、リゼの側にわだかまりがないのも納得いかないようだ。彼女にとってテリアの過ちは取り返しのつく程度のものだ。理由と謝罪があればこだわらないでいられる。

(裏切りとはまた別次元のもの)

 過去の経緯からもそう割り切っていられた。

 しかしエルはそうではない。テリアにとって容易い女性だとリゼを痛烈に皮肉った。思わずきつく見返したが、後悔はない。

 彼は挨拶もなく背を向けた。喧嘩のような一幕だった。次、ブーケやショパン婦人を通して、または仕事でも会う機会がある。どんな顔をして会えばいいのか。彼なりの心配と忠告だとわかる。その点は礼を言うべきか……。

(同じ親切なら、こっちの受け入れ易い優しい言い方をしてくれればいいのに。テリアとは絶縁しろだなんて、乱暴だわ)

 と歩きながら心でぼやいた。



 元義母とキッドからは何の音沙汰もなくなった。そのためリゼの生活は平穏に流れた。時と場所を構わず金をせびられることが、捉えていた以上に気持ちを乱していたと、静かな日常になり気づいた。

(エルが強く対処してくれたから)

 彼らには、丸め込み易いリゼと違い地位も身分もあるエルを相手にする勇気はない。正当な権利のように金を要求していたのに姿を見せなくなったのは、やましさの証明だと今なら思う。

 一人ではずるずると関係が切れずにいたはずだ。彼らを取り除いてくれたエルには感謝してもしきれない。

「このところ、お父様はずっとご機嫌が悪いの」

 ブーケがティーカップを前に頬杖をつきながら言う。休日のこの日、リゼはブーケにお茶に招かれていた。父親のエルは狩りで王都を離れているという。明日帰る予定らしい。
 
「そうでないように振る舞っているけれど、わかるの。女の勘よ」

「……まあ、どうして?」

「知らない。聞いてもはぐらかして教えてくれないの。投機で失敗したのか聞いたわ。もしそうなら、お祖父様にお詫びして早く助けてもらうべきだと思って。取り返そうとして傷を広げない方がいいもの。そうしたら笑われたわ。失って困るような投機はしていないって」

「具合が悪いとか……。たまに頭痛がするとわたしも気が滅入るもの」

「そじゃないわ。だったら狩りにだって行かれないでしょ。きっと原因は心理的なものよ。それで考えたの。毎日の見えない疲れや不満などが溜まって、それが気分に現れるのじゃないかしら。本人に自覚はないようだけれど」

 相変わらず大人びたことを言う。しかも内容は至極まともで頷けるものだ。ブーケなりに父を思いやっての推察に違いない。

「そうね、エルは責任のある地位の方だし重圧もあるでしょうね。『オレアンダー・ホテル』は大きいしうちの工房とじゃ比較にならないけれど、大変さは想像がつくわ」

「お仕事のこともあるのだろうけれど、わたしは問題は別だと見ているの」

 そこでブーケはお茶を飲んだ。たっぷりと間を取ってからつなぐ。

「独身なのが原因じゃないかしら。奥様がいない家は空気が荒むのではない? それはわたしの存在で和らぐ部分もあるわ。でも奥様というのはまた別な存在でしょう。リゼの言う重圧も溶かしてくれるのでは? お父様のまだ疲れていない部分も癒してあげられるはずよ。それにわたしの下に弟や妹が増えるのは素敵だと思うし」

 突飛な話にリゼは返事が遅れた。奥様がエルの「重圧を溶かして」「まだ疲れていない部分も癒して」くれるほどの存在になるかはわからない。しかし、成功した結婚は当事者だけでなく周囲も幸福にしてくれると思う。
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