わたしの方が好きでした

帆々

文字の大きさ
42 / 47
ブーケ

2

しおりを挟む
 
 リゼはブーケが『ハーパー・スクール』から帰宅した頃合いに家を訪れるようにした。

 これまでと変わらなく感じるが、ふと表情に影が差すこともある。父親が叔父だった事実は依って立つ要の部分が揺らいだようなもの。戸惑うのも混乱するのも当然だ。

 信じていた世界が大きく色を変えた。それで傷んだ心が治るのには時間はかかる。また、変わった世界ではものの見方も違ってくるのかもしれない。それにどう親しんでいくか。

(ブーケの心のありよう次第)

 エルは間違いなく少女の父親だったし、これからもそうだ。
 
「お父様になぜ打ち明けてくれなかったのか、聞いたわ。何て返ってきたと思う?」

「さあ……、何ておっしゃったの?」

「「忘れてた」だって」

 リゼは笑みがもれた。ブーケは首を振り呆れたようにつないだ。

「わたし、あの時のこと劇的なことだと感じたりもしたの。意思とは関係なく涙がこぼれて、お父様はそんなわたしを抱きしめてくれたわ。とても感動的だと思った。もちろん切なかったし悲しかったし、色々な気持ちが混じって辛かったわ。なのに「忘れてた」よ」

「それくらいエルの中では自然だったということではない? 意識する必要もなかったのよ」

「ものは言いようね」

 とブーケはため息をついた。

「うちのお父様は若くて素敵だし自慢に思っていたの。自分の子供ではないのだから、若くて当たり前よね」

「あなたのお父様が若くて素敵な事実は変わらないわ」

「……本当のお父様ね、フィルというお名前よ。フィルが亡くなった時、お父様はわたしがいて良かったと思ったそうよ。残ったものがなければ、兄を失ったことから立ち直れなかっただろうって」

 ああ、とリゼは腑に落ちた気がした。エルが兄の忘れがたみをすぐさま引き取ったのは、その子への不憫さだけではなく、きっとそこに兄を見たからだ。そこに救いと自分の使命を見たのではないか。

 リゼは頷いてから言った。

「前にエルからお聞きしたことがあるわ。お兄様を亡くされてとても辛かった、と。とても仲の良いご兄弟だったのね」

「お祖父様とお祖母様のいいところだけを集めて出来たような人だというわ。子供の頃のお父様は教師の言うことは適当に流しておいて、フィルの言うことだけを守っていたそう。それでもちゃんと優はもらえていたみたい。嫌な子供ね、先生にしたら」

「エルのお手本のような方だったのね」

「何でも真似たけれど、全てにおいて届かなかったのだって。頭もいいし乗馬は王宮の近衛隊に入れるほど巧いらしいの。公平で優しくて少しだけ頑固だけれど、それは意思の強さだと言っていたわ。そんなすごい人いるのかしら。お父様の贔屓目も大きそうね。今度ショパン大叔母様にも聞いてみなくちゃ」

「たくさんお話しできたのね」

 実の父であるフィルを話題に二人が話せたことを嬉しく思った。エルとブーケが親子として重ねた年月の重みは、とうにフィルの存在を超えてしまっている。わがままを聞いてやりまたは叱り、愛情を注ぎブーケに向き合ってきたのはエルだ。その一番大切な事実に賢いブーケはとっくに気づいているだろう。

「フィルのことは想像がついたわ。でも、お父様はミス・ゼノンのことはよく知らないらしいの。だから何も聞けなかった」

「エルはミス・ゼノンのことについて何かおっしゃって?」

「わたしが会いたいのなら止めないと言っていたわ。お父様が一緒の時ならここに招いてもいいそうよ。わたしが考えを決めてからお祖父様方にお伝えするつもりみたい」

 エルの判断にリゼが口を挟む余地はないが、心がざわめいた。以前アグネスの問題を彼と話し合った際に、彼女への不信感を共有したと思っていたのに。家に招くまで態度を軟化させたことがやや不快だった。ブーケの思いを尊重したい姿勢は伝わるが。

 もちろん声に出さない。
 
「あなたはこれからミス・ゼノンに会いたい?」

「わからない……。お母様は亡くなったと信じ込んでいたもの。ばあやもミス・クローバーもショパン大叔母様ももちろんお父様もいて、恋しく思ったことがないの。でも、遠ざけてしまうのは違うかもしれない。ミス・ゼノンはとてもわたしに会いたかったとおっしゃっていたものね……」

「大切なのはあなたの気持ちよ」

「わたしを産んだことで亡くなった気の毒な女性はいなかったことは嬉しいわ。お母様というのではなくて、親戚の一人くらいなおつき合いなら構わない」

 ブーケの答えは控えめなイエスだ。それを受けてエルもアグネスを迎え入れるだろう。娘の実母として亡兄の妻として。

(「親戚の一人」どころの関係ではきっと済まない)

 アグネスは華やかな雰囲気の美人でリゼにも愛想が良かった。しかし、ミス・クローバーを懐柔してブーケに接触した経緯は思いやりに欠け、今も納得がいかない。

(今になってなぜ……?)

 やはり不信感はそこに尽きた。兄の妻だった人への敬意と遠慮があり無碍にできないエルの心情もわかる。彼女がビングリー家を出たのは両親との齟齬だったと知れば、申し訳なさも湧くのだろう。それは汲めるが……、

(きっとアグネスはエルの譲歩を見逃したりしない)

 リゼの中で彼女へ不信感は疑念と混じり不快さとほぼ同義だった。
 
 胸が騒いだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。 2/26 番外編を投稿しました。 読んでいただけると嬉しいです。 思っていたよりずっとたくさん読んでいただいていてとても嬉しいです。 とてもとてもありがとうございます!!   

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。 理由は―― 「王太子妃には華が必要だから」。 新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。 誰もが思った。 傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。 けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。 「戻りません」 彼女は怒らない。 争わない。 復讐もしない。 ただ――王家を支えるのをやめただけ。 流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。 さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。 強いざまあとは、叫ぶことではない。 自らの選択で、自らの立場を削らせること。 そして彼女は最後まで戻らない。 支えない。 奪わない。 ――選ばれなかったのではない。 彼女が、選ばなかったのだ。 これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

処理中です...