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第12話 月夜の金策会議

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 水辺にはだいたい子供を怖がらせる逸話がある。
 どんなに危険性を説いても、遊びに夢中のあまり溺れたり流されたりすることが後を絶たないからだ。
 僕のいた地域にもそういう御話があった。
 夜の水辺は死者の国に繋がっていて、子供と生き別れた女の幽霊が死者の国に連れていく代わりを探しているという内容だ。
 この話は直訳すると夜に川には近づくなだが、直接言うより効果があるし記憶にも残るので、この手法は人類が生み出した知恵ともいえる。

 なぜこんな話を思い出したかというと、目の前に現れた女の人が幽霊と同じで、僕とは住む世界が違う存在に見えたからだ。
 赤い瞳は透き通るように美しく、白いシャツと赤を基調としたロングスカートは品が良く、ネックレスも控えめで服装と調和がとれている。
 逸話を思い出さなければ、手を差し伸べられたら無条件で握ってしまう美貌と気品が、年が離れた僕から見てもこの人にはあった。

 アッパークラスってやつだね、僕にとって空想上の生き物だ。何の目的があって近づいてきたんだろうか?

 そんな彼女の呼びかけに言葉を詰まらせていると、まるで親戚の子供にでも会ったかのように、ごく自然と僕に近づき、目線の高さを合わせてきた。
 距離の詰め方に遠慮が無い、周りの人間に愛されて生きてきたんだろう。

「ナンパなら間に合ってますのでどうぞお引き取りを」
「ふふふ、人生で初めて振られたかもしれないな。まあいい、迷子にでもなったのか?」
「人生という大きなくくりでしたら間違いなく迷子ですね」
「それはそれは、その若さで随分深刻な状況だな。仕方ない、優しいお姉さんが少し相談に乗ってやるとしようか。幼き代理人殿」

 彼女はベンチに腰を掛け、僕にも促した。
 僕はそれに素直に応じる。辺りを見回し彼女の護衛がいないことを確認したからだ。
 この島意外に治安が悪いのか、市場ですれ違った観光客と思われる人間は全員護衛を引き連れて歩いていた。その護衛をわざわざ外し、力で天秤を動かそうとしない姿勢を示す気遣いに好感を持ったからだ。

 代理人殿…、偶然話しかけてきた事にも出来たのに、僕をつけていたことを隠す気はないらしい。心配で話かけてきた線は当然ないはずだ。

「伝手も無く、金も無くて島を出れないようだな」
「残念ながら。船頭さんは脅しても無意味だし、この島で押し入る勇気もわかないし、現状八方塞がりですね。その上僕が持っているお金になりそうな物はなぜか権能という不思議な力に変わって売ることもできない。まぁあ元々1000万なんて価値無いですけどね」

 彼女は僕の話の途中一瞬顔に影を落としたように見えたが、直ぐに元通り笑みを浮かべてみせた。視線は僕から海へとそらされてしまったが…。

「強盗と恐喝を金策に入れる子供を見たのは初めてだ。前にいた世界がどういった世界かわからないが、これからはまず労働というものを最初に思い浮かべるようになった方がいいな…。」

 言い終わると再び僕へと視線を移し、エンビーさんは僕に手を差し出した。
 その薬指にはシンプルな指輪がはめられている。

「名乗るのが遅れたな。フェーズ陸運商会会頭のエンビーだ。ちびっこは?」
「ちびっこの名前はラーズです。自己紹介も済んだことだし一人にしてくれます?」
「ふふふ。失礼ラーズ殿。紳士に対してちびっこは失礼だったな、平にご容赦を。」

 そう言いつつも、僕が握り返した反対の手で頭をなでるエンビーさん。
 若干力が強めで髪もぼさぼさされたが不思議と悪い気はしない。美人って得だよねほんと。

「さっき物が権能に変わったと言っていたが、それを見せてくれないか?それが異世界の物なら金になる種が眠っているかもしれない」
 
 その提案に僕は足のホルダーから銃を抜き取り、弾倉を外し銃身の方を渡した。
 ナイフは権能だと言われたが銃はどうなのか気になったからしれっとね。それに彼女の要望にはこっちの方が合っていると思ったのもある。

 ただ、どうやら彼女は銃を見たことないのかその行動に疑問を持ったようだ。ライオンさんは知ってそうだったのにこの人は知らない。この世界ではあまり銃は有名ではないのかもしれない。

「なぜ今二つに分けたんだ?片方しか見せられない物なのか?」
「それが武器で、両方一緒にして渡すと危険だから。主にエンビーさんがね」
「そうか、それなら悪くはない判断だな。」

 渡した銃を見つめるエンビーさんは目つきを変えた。その目は偽札かどうか判断するときの目に良く似ている。もしかしたらチケット屋さんが使っていた鑑定という権能を使っているのかもしれない。

「鑑定を使えるの?」
「まぁな。実家が商売をしていて、目利きは物心ついた時からやってたからな。20の時に神から認められたよ。」

 銃身を見終わったのか差し出され、それと交換で弾倉を渡す。
 弾倉から弾を外して見せてあげると、金属製の小さい弓矢だなと表現された。

「確かに物ではなさそうだ。しかしここまで精巧なら異世界の製品を権能で出現させたと言われても納得できる。どうやって使うんだ?」

 僕は返してもらった銃に弾倉を装填し、海に向かって試し撃ちをする。乾いた音が周囲に鳴り響き、エンビーさんが少しビックっとした。
 音が出るなら先に言えと視線をおくられたが、ちびっこのラーズは気遣いが出来ないので素知らぬ顔を返してあげた。僕は根に持つタイプである。

 そして彼女のことで一つ分かったことがある。
 護衛は二人以上いるかもしれないということだ。船頭さんに威嚇射撃を行った時に聞こえたはずの音を彼女が知らなかった。その時遠くにいたのか、チケット屋さんから僕の監視が始まっていたのかはわからないが、さしたる違いは無いからまぁいいか。

 「ところでラーズ、これをさっきよりも更に分解することは可能か?」
 
 その問いに僕はもちろんと一言返してあげ、胸ポケットに入れているメンテナンス用の道具一式をベンチの横にあるテーブルに広げる。手慣れた動作で銃の分解を始め、取り外したパーツは自然といつもの定位置に置かれた。
 
 テーブルには大小50を越えるパーツが並んでいる。メンテナンスする時ですら普通ここまではしないが、期待に満ちた目で見られたから、可能な限り頑張ってみた。  
 正直ここまで分解したのは人生ではじめだ、元に戻せるだろうか?
 ただ一つ不満があるとすれば、僕の銃の分解の速さよりも、銃が細かく分解出来た事に注目された点である。
 その後彼女は分解したパーツや銃弾に対して一つ一つ指を差し、名前や構造を質問をしてくる。それに対して僕の知る限りの説明をした後、エンビーさんは薬莢に入っていた火薬におもむろに火をつけ、それを燃やしだした。
 
 まさか実際に燃やして確認するとはチェックが厳しい。死んだリーダーにも見習って欲しかったな…。今地獄で何やってるんだろうか?

 石で出来たテーブルの上で小さく燃え上がった炎。それを見て、初めて鑑定をしだしてからエンビーさんは笑みを浮かべた。何とかなりそうだというつぶやきと共に。

 彼女はどうやら満足したらしく、僕は再び銃を組み立てなおした。
 何年も付き合いがある銃だったからか、初めて細部まで分解しても元通りにすることができた。ちょっとドキドキしたけどね。

「売りものは決まったし、最後にそれで私を撃ってくれないか?」

 ………あれ、バカなのかなこの人。人の話聞いてた?

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