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第13話 頭がおかしい提案と現実

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 その驚きの提案に僕は一瞬眩暈がしたが、今度はちゃんと理解させるつもりで真剣な眼差しを彼女へと向けた。

「これは玩具じゃない、人を殺す道具です」
「わかっている、手のひらでかまわない」
「全然わかってない。指がなくなるよ、良くて動かなくなる」
「見た限りそうはならないが、それなら腕にしようか」

 駄目だこの人、話にならない。レグルス様と一緒だ。

 美人で分からず屋に僕はすっと弾倉を装填した銃を差し出す。
 武器の扱いで冗談は好きじゃないんだ。昔、アホの一言がきっかけで銃撃戦に巻き込まれたことがあるからね。

「やるなら自分でやってくださいね」
「なら話はここで終わりだな。両方一緒に渡してくれる程、君の信用をこの短期間で勝ち得たことで満足しよう。一人で船代を稼ぐんだな」

 お互い笑みを浮かべながら睨み合う。

 はぁ、頭がおかしい人の割合多すぎるだろう異世界。
 
 僕が深いため息をして一瞬視線を外したら、いつの間にかエンビーさんは立ち上がり、空中に腕を突き出していた。狙いを外して洋服に当てるなよと注意してくる。

 はぁ、自由だなこの人、羨ましい。

 流石にどこにも当てるつもりはない。
 一発脅かせば引き下がるかと思い、腕から少し離れた所を狙って引き金を引くと、僕の認識が大きく間違っていたことに気が付く。
 
 彼女の腕がパンッと弾けたように後方へと跳ね上がったのだ。

 嘘だろ…、確かに外したはずだ!
 まさかこの人、引き金を引くタイミングで腕を当てにいったのか!?
 あぁ、くそ!そもそも撃つべきじゃなかったんだ、ぼーっとしてる時間はない!

 腕を抑えうずくまるエンビーさん。僕はポケットにあった止血剤を手にして駆け寄った。すると含み笑い声が聞こえたと思ったら、当たった場所を少しさすった後、傷一つついていない腕をニヤニヤしながら僕にアピールしてきた。

 すぅー…、無傷、無傷かぁ…。

 ライオンさんやベルモントさんは殺せるイメージがつかなかった。おとぎ話の登場人物のように現実感がなかったからだ。だが同じ人間で華奢なこの人の体に傷一つ付けられないなんて…。

 本当に人間か?まさか本当に幽霊やドラキュラの類じゃないだろうな…。

 今まで見てきた光景とは真逆の結果を目の当たりにし、放心状態となり立ち止まる。
 エンビーさんはそんな僕にゆっくり近づき、両手で僕の顔を包み込んだ。

「いいかラーズ、現実を直視し理解しろ。世界が変わり、ルールも変わったんだ。この世界では武器を手にした程度のお前は弱者の部類に入っている。今そのことを心に刻込んでこれからの自分の行動を変えろ!わかったな?」

 全てを吸い込むような大きな赤い瞳。
 その瞳には有無を言わせない力と優しさがあった。
 僕の短い経験からくる混乱なんてどこかに吹き飛び、彼女の命令に小さくうなずくことしか出来なかった。

 エンビーさんは僕の様子に満足したのか笑みを浮かべ、突然市場の方へ歩き出す。

「さぁ、金を稼ぎに行こうか、ラーズ殿。気合は十分か!」

 売れない銃を金に換える方法は何なのか僕にはわからないが、彼女を照らすカンテラの光が、闇から抜け出す光に見えたような気はしていた。
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