捨てられた妻は迷惑剣尊を拾う

小閑

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陰の気

 翌年、雲晧ユンハオは現れなかった。

 近隣の他の仙家にも来ていないという。
「ついに生まれ変わりが見つかったか」とささやき合う者もいたが、さらに翌年誰かが聞いてきた話では、そうではなく認魂琴が壊れたのだという。

 雲晧ユンハオは今度は、名高い器修のいる仙門を訪ねては直してくれるよう頼んで回っているらしい。

 修仙者の使う特殊な武器や道具を法器といい、法器をつくる修仙者を器修と呼ぶ。

 認魂琴は、邪修の乱で亡くなった雲晧ユンハオの兄弟子、雲機ユンジーが作ったものだという。雲機ユンジーは短い生涯に奇想天外な法器を幾つも生み出した天才的な器修で「天匠」と称された。その天匠の作品が壊れたとあれば、直せる器修が果たしているのだろうか。
  
 沐雨ムーユー雲晧ユンハオの疲れた様子を思い出し、心が重くなった。

 この年の初め、沐雨ムーユーにとって大きな出来事があった。

 テン一門では、子どものうちは皆同じ修行や学問をするが、十五歳になるとそれぞれの適性に合った道を選ぶ。
 一口に修仙者といっても剣修や器修、医修、薬修などさまざまであり、選んだ道を専門とする長老に弟子入りするのだ。

 新年の行事の後、新たに十五歳を迎えた者たちは大堂に集められ、一人ずつ前へ出て宗主と全ての長老に挨拶をする。
 その際、医修と薬修の長老である宗主の妹、藤苓テンリンにどんな霊根を持っているか、気の状態はどうかを見てもらう。

 霊根は修仙者としての素質や適性であり、気の状態は心身の健康を表す。皆ができるだけ自分に合った選択をして、健やかに先へ進めるようにとの宗主の配慮だった。
 もっとも、長老たちが有望な弟子に目をつける場にもなっている。

 ユーには平凡だが水と木の霊根があった。この組み合わせは、育てることや癒すことに向いているといわれる。

 問題は気だ。人は皆、陰と陽の気をもっている。男性はたいてい陽の気の方が強く、女性はその逆だ。ところがユーは、男性なのに陰の気が非常に強いことがわかったのだ。

 藤苓テンリンは淡々と結果を告げただけだったが、他の長老たち中にはあからさまに顔をしかめる者もいた。宗主は彼らが何か言い出すのを制するように「修行には何の支障もない。励むがよい」と言い、ユーはそそくさと礼をして下がった。

 何に支障があるかといえば、結婚だろう。

 修仙者はほとんどの場合、修仙者と結婚する。
 これは通常の結婚というだけではなく、生涯共に修行する「道侶」になるということでもある。夫婦の交わりも、それぞれが持つ陰陽の気を与え合い、循環させることで互いの修為を高め合う、「双修」という修行になり得るのだ。

 だからこそ、結婚相手を選ぶにあたっては陰陽の気の釣り合いも重視される。

 本気で探せば、陽の気の強い娘もどこかにはいるだろう。だが縁談は親が探して家長が決めるもの、父親がユーのために相手を探す努力をしてくれるとは思えない。

 将来結婚できる可能性はなさそうだった。
 
 正直なところ、それほど衝撃を受けたわけではなかった。もともと女性と結婚して家庭を持った自分を想像したことがなかったし、そうなりたいと思ったこともない。
 
 こんな話はあっという間に広がる。しばらくは講堂でも修練場でも好奇と蔑みの目にさらされた。

 少女たちは離れたところでひそひそ話をするくらいだが、少年たちの中には、にやにやしながら「お前、男じゃないんだってな」「ユー嬢ちゃん」といった言葉を投げつけてくる者もいた。

 悪意をぶつけられるのは、これが初めてではない。

 同門の修行仲間とはいえ、藤翼テンヨウのように宗主の直系で生まれながらに大事にされる者もいれば、血のつながりはあっても傍系の者や藤姓ではない者、実力は高くても藤家に仕えなくてはならない家の者、素質を見出されて市井から弟子入りした者など、立場はさまざまだ。

 妬み心や不満を抱える者もいて、そういう連中が、「下女の子」で微妙な立場のユーに当たるのだ。

 気にならないわけではない。だが、ばかばかしくて相手をする気にもなれない。放っておけばいずれ飽きてやめる。
 
 しかし、藤翼テンヨウはがまんならないようだった。誰かがユーに無礼な言葉を吐いたと知ると、相手が年上だろうが、すぐに突っかかっていくので止めるのが大変だった。

 気持ちはありがたいが、関係のないヨウを巻き込みたくない。それにヨウの両親は、ユーのために愛する末息子の評判が落ちたら黙ってはいないだろう。
 母親の二の若奥様が、二人が親しいのを好ましく思っていないことを、ユーは感じ取っていた。父親もおそらく同じだろう。

 だが、中にはもっとたちの悪い言葉を投げかけてくる者もいた。

「お前、どっかの男好きの若様にもらわれたらどうだ?一生テン家で居候よりマシだろ」

 これには血の気が引いた。小刻みに体が震えるのが自分でもわかった。何も言い返せず、うつむいて自分を抑えるのに必死で、相手がいつ立ち去ったのかもわからないくらいだった。

 仙家ではそういうこともないではないらしい、というのは夏葵シャクイが「ちょっと大人向けだけど」と貸してくれた小説で読んで知っていた。
 
 同性の道侶でなくては駄目だという子女のために、他の仙家から陰の気の強い息子や陽の気の強い娘を、結婚に準ずる形で迎えるのだという。
 だが、少なくともユーの知る範囲では、そんなことが実際に行われたという例はない。

 本当に心にこたえたのは、「一生居候」という言葉のほうだったかもしれない。
 自分はこの屋敷で、ずっと独り身で暮らしていかなくてはならない。もっとしっかりした立場を築かなくては。
 
 ユーは医修を目指そうと考えていた。

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