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1 君に触れて、始まる全て

1・触れる指先

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 瞳を揺らす彼女を見つめていた。
 全て自分が望んだことだ。

 いや、そのはずなのに、今さら罪悪感が自分を支配し始める。和宏《かずひろ》は一つ瞬きをすると、右手をゆっくりと彼女に向けて伸ばした。長めの髪に指先で触れる。もっと傍に寄ればいいのにと、思いながら。

 愛とは何だろう。その先に何があるというのだろうか。

──── 愛は幻想。恋は妄想。

 理想のモノなど手に入りはしない。
 当然だ、人は皆違う生き物。家族であろうとも好みは違う。もちろん考え方も。分かっていながら人は理想を求める。愚かな生き物だ。

 本心が何処にあるかなんでわからないのに。それでも自分は、彼女が欲しいと望んだ。だから今ここにいる。

 和宏は彼女の柔らかくしなやかな髪を救い取るようにして、口づける。
 姫扱いされた彼女は、頬を染めた。そんな夢みたいなものではないよ、と思いながら今度は頬に手を伸ばす。
 人差しの第一関節でつつつと頬を撫でる。これは支配ではないと、自分の心に言い聞かせながら。

 優しく髪に指を差し入れ少し首を傾けると、和宏はためらいがちに彼女へ口づけた。彼女は、嫌がるどころかそっと目を伏せる。

──── 強く望めば、手に入るのだろうか?

 仮に、望んだとして。
 拒まれない保証は何処にもないのだ。軽い口づけの後、和宏はじっと彼女を見つめる。手は彼女の首筋を伝い肩を滑り落ちた。

「おいで」
  腕を掴むと、自分の胸に抱きよせ逃げ道を塞ぐ。後ろは壁。もっとも、逃げようとしても何処へも逃すつもりなどなかった。

 彼女が自分に好意を抱いていることは知っている。チャンスは一度切り。もし、このチャンスを失えば警戒されるに違いない。彼女の髪からはシャンプーの香りがした。はらりと落ちるワンピースの肩紐。
 どこまでも和宏を刺激する女性だと思った。

──── いや、あのまま放って置いたら、今頃は他の誰かの餌食になって居たに違いない。

『槙田。なんで、ここに?』
  槙田穂乃果まきたほのか
 彼女はサークルの呑み会には、顔を出すような子ではない。
 しかし、今日に限って彼女は出席していたのだ。友人に誘われたと言っていったが、その友人はお酒が入るとポロリと本当のことを漏らしてしまう。

『穂乃果ってぇ、雛本ひなもとのこと好きみたいよ』
  雛本と呼ばれた和宏は複雑な表情をした後、穂乃果の友人を一緒に来ていた同じサークルの男子学生に押し付けると、彼女を探した。

 和宏は彼女が酒が呑めないと言っているのを聞いたことがある。席に戻ると案の定、穂乃果は男子学生に絡まれ、酒を呑まされそうになっているところであった。
『槙田』
  和宏はためらうことなく、彼女を酒の席から連れ出したのだ。

『バカだろ』
  夜風が肌を撫でる。月が綺麗な夜。
 きっと幻想的な夜が、二人に非日常を齎したに違いない。彼女はただ、悲し気に微笑んで和宏に腕を絡めた。

 ”このまま連れ去ってよ”とでもいうように。
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