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7『あるはずのないif』
1 合わない理由
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****side■黒岩(総括)
「は?」
『だから、でき婚なんだよ』
十七年も抱えてきたもやもやを晴らすべく、聞きたかったことを思い切って口にしたところ衝撃的な言葉が彼の口から飛び出した。
しかも投げやりに。
「いや、え? マジか」
『まあ、あれだ。そういう経緯で結婚したのは事実』
唯野には一人娘がいる。高校生の娘が。
「つまり体裁を気にして結婚したってことか?」
『そうなるな』
あまり言いたくないことなのだろう。彼は声を潜めて。
唯野があの時言った言葉に嘘はなかった。ホッとしたものの、新たな疑念が浮かぶ。
──会社の者との飲み会で受付嬢に手を出したというのだろうか?
あの真面目な唯野が?
俄かには信じがたい。
酔って理性がぶっ飛んでいたとしても、女性とホテルに泊まったりするだろうか。その上、事に及ぶなど。
性欲の塊の黒岩とは違うのだ。仕事優先の唯野がそんなことをするなんて正直信じられなかった。
「それ、ホントなのか? DNA鑑定とかは……」
「海外なら行うだろけれど、日本ではそんなこと日常的に行わないだろ」
日本は男女平等としながらも、男尊女卑の国だ。女性が受ける被害には甘いのが実情。某国では生まれてすぐにDNA鑑定が行われるらしいが、日本では聞かない話だ。
つまりそこで生まれたなら確実にその子の母親はその女性だろうが、パートナーの男性が必ずしもその子の父とは限らないということだ。
──そう考えると、怖い国だよな日本は。
知らずに他人の子を自分の子と信じている場合もあるかもしれない。
もちろん子だって、父と似てないなと思いながら過ごしている場合もあるかもしれないのだ。そう考えると信頼関係で成り立つのが日本なのだろうかとも思う。
そもそもA国なんかは結婚を前提としたパートナーを選ぶのに複数の相手とデートすることが当たり前であるし、その時に性交を行うこともあるらしい。
日本では”浮気”にあたる行為も、国が違えばパートナーの選定となる。
避妊は100%ではない。そうなってくると誰の子かわからないなんてことも起こりうるだろう。となればやはりDNA鑑定なども必要になってくるのかもしれない。
「なあ、唯野」
『なんだ』
板井は風呂に行っているらしい。
黒岩は唯野から用があるなら手短にと事前に言われていた。
「もし結婚していなかったなら、俺にもチャンスはあったのか?」
唯野が独身だったなら、今と違う未来はあったのだろうか。
『そうだったとしても、お前とはつき合えないよ』
しかしその希望を彼はくしゃりと握りつぶす。
「なんでだよ」
黒岩は納得できなかった。
『お前とは価値観も性格も合わないと思う。浮気しそうだし』
「ひでえ」
”とりあえず、またな”と言われ通話が終了する。どうやら板井が風呂から上がったらしい。
──なんだよ、もう。
もし唯野とつき合えたなら浮気なんかしないのに。
黒岩は心の中で吐き捨てるが、当時のことを思い出し唇を嚙みしめた。
あの頃の自分が来るもの拒まずだったことは否定できない。
それに比べ、唯野はロマンチストで一途。真面目で人当たりが良く人気者。
一本ほど列車を見送ったことに気づき、再び電光掲示板を見上げると次の列車が入ってくるところだった。
今唯野は恋人の板井と一緒に暮らしている。仕事を定時に終え、一緒に帰る姿を何度か見かけた。仮に自分がつき合っていたならそんなことをしてあげられるだろうか?
ホームに入ってきた列車のドアが黒岩の目の前で開いた。
日本は細かなところがちゃんとしていると思う。指定の位置に立っていればドアは目の前。決まった場所に乗れば階段は目の前。エスカレーターだって急いでいる人のために決まった側を空けるものだ。
それが日本であり、日本人の習慣。
定時に帰れるなら喜んで帰るだろうし、時間が出来れば恋人とゆっくり過ごすために充てるかもしれない。
彼はそんなささやかな幸せを大切にしているのだ。自分が合わないと言われても仕方ない。
きっと自分にはそれが出来ないのだろうから。
「は?」
『だから、でき婚なんだよ』
十七年も抱えてきたもやもやを晴らすべく、聞きたかったことを思い切って口にしたところ衝撃的な言葉が彼の口から飛び出した。
しかも投げやりに。
「いや、え? マジか」
『まあ、あれだ。そういう経緯で結婚したのは事実』
唯野には一人娘がいる。高校生の娘が。
「つまり体裁を気にして結婚したってことか?」
『そうなるな』
あまり言いたくないことなのだろう。彼は声を潜めて。
唯野があの時言った言葉に嘘はなかった。ホッとしたものの、新たな疑念が浮かぶ。
──会社の者との飲み会で受付嬢に手を出したというのだろうか?
あの真面目な唯野が?
俄かには信じがたい。
酔って理性がぶっ飛んでいたとしても、女性とホテルに泊まったりするだろうか。その上、事に及ぶなど。
性欲の塊の黒岩とは違うのだ。仕事優先の唯野がそんなことをするなんて正直信じられなかった。
「それ、ホントなのか? DNA鑑定とかは……」
「海外なら行うだろけれど、日本ではそんなこと日常的に行わないだろ」
日本は男女平等としながらも、男尊女卑の国だ。女性が受ける被害には甘いのが実情。某国では生まれてすぐにDNA鑑定が行われるらしいが、日本では聞かない話だ。
つまりそこで生まれたなら確実にその子の母親はその女性だろうが、パートナーの男性が必ずしもその子の父とは限らないということだ。
──そう考えると、怖い国だよな日本は。
知らずに他人の子を自分の子と信じている場合もあるかもしれない。
もちろん子だって、父と似てないなと思いながら過ごしている場合もあるかもしれないのだ。そう考えると信頼関係で成り立つのが日本なのだろうかとも思う。
そもそもA国なんかは結婚を前提としたパートナーを選ぶのに複数の相手とデートすることが当たり前であるし、その時に性交を行うこともあるらしい。
日本では”浮気”にあたる行為も、国が違えばパートナーの選定となる。
避妊は100%ではない。そうなってくると誰の子かわからないなんてことも起こりうるだろう。となればやはりDNA鑑定なども必要になってくるのかもしれない。
「なあ、唯野」
『なんだ』
板井は風呂に行っているらしい。
黒岩は唯野から用があるなら手短にと事前に言われていた。
「もし結婚していなかったなら、俺にもチャンスはあったのか?」
唯野が独身だったなら、今と違う未来はあったのだろうか。
『そうだったとしても、お前とはつき合えないよ』
しかしその希望を彼はくしゃりと握りつぶす。
「なんでだよ」
黒岩は納得できなかった。
『お前とは価値観も性格も合わないと思う。浮気しそうだし』
「ひでえ」
”とりあえず、またな”と言われ通話が終了する。どうやら板井が風呂から上がったらしい。
──なんだよ、もう。
もし唯野とつき合えたなら浮気なんかしないのに。
黒岩は心の中で吐き捨てるが、当時のことを思い出し唇を嚙みしめた。
あの頃の自分が来るもの拒まずだったことは否定できない。
それに比べ、唯野はロマンチストで一途。真面目で人当たりが良く人気者。
一本ほど列車を見送ったことに気づき、再び電光掲示板を見上げると次の列車が入ってくるところだった。
今唯野は恋人の板井と一緒に暮らしている。仕事を定時に終え、一緒に帰る姿を何度か見かけた。仮に自分がつき合っていたならそんなことをしてあげられるだろうか?
ホームに入ってきた列車のドアが黒岩の目の前で開いた。
日本は細かなところがちゃんとしていると思う。指定の位置に立っていればドアは目の前。決まった場所に乗れば階段は目の前。エスカレーターだって急いでいる人のために決まった側を空けるものだ。
それが日本であり、日本人の習慣。
定時に帰れるなら喜んで帰るだろうし、時間が出来れば恋人とゆっくり過ごすために充てるかもしれない。
彼はそんなささやかな幸せを大切にしているのだ。自分が合わないと言われても仕方ない。
きっと自分にはそれが出来ないのだろうから。
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