34 / 47
6『返り討ちに』
6 諦めの悪い自分
しおりを挟む
****side■黒岩(総括)
「今日も残業ですか? 黒岩さん」
背後から呆れを含んだ声。
黒岩は総括部のある階の自動販売機の前にいた。
「皇も何か飲むか?」
付き合いが長いため声だけで相手が誰かわかる。もっとも、特徴のある声なら付き合いが浅くともわかるだろう。
「なら、俺が出しますよ」
営業部時代に後輩だった皇は現在は上司であり、副社長だ。同じく、あの頃皇の面倒を見ていた同期の唯野は彼が昇進し態度を改めた。
変わらないのは自分だけかと思ったが皇もまたあの頃と変わらない。
「まったく。自分の仕事を放り投げて苦情係にばかり顔を出すから連日残業になるんですよ」
──いや、変わったか。皇も。
「今日は帰るよ。皇は凄いよな、あれだけ苦情係の業務を手伝っているにも関わらず定時で終わるんだもんな」
飲み物を自販機から取り出し、一つを手渡しながら黒岩が皇にチラリと目を向けると、彼は眉を寄せ困った表情を浮かべている。
「俺は別にあそこにいて苦情係の仕事をだけをしているわけではないので」
そもそも苦情係自体、手広く他の部署の手伝いをしているのだ。皇があそこにいて別の仕事をしていたとしても不思議はない。
「そっか」
「大変になることが分かっているのに、どうして苦情係ばかり気にかけるんです?」
彼は近くのベンチに腰掛けると胸ポケットに入れたスマホを取り出しながら。
「そんなの、聞くまでもないだろ」
唯野は自分に会いに来ることはない。自分から会いに行かなければ、何か月経とうが会えることはないだろう。部署のある階も違うわけだから。
「いつまでも自分に気がない相手を追いかけて、むなしくないんですか?」
スマホの画面を見つめたまま皇が言う。
カフェオレのペットボトルに口をつけていた黒岩はむせそうになった。
「お前、随分と酷いこと言うんだな」
先日板井に言ったことに偽りはない。
自分でも最低な奴だったと思っている。
「言ったところで諦めたりしないんでしょう?」
「俺だって自分がバカなことしていることくらい理解している。だが、皇だって相手が塩田だったから努力したし、諦められなかったんだろ」
”お前にならわかるよな”とでも言うように。
「わかりますよ。黒岩さんの言わんとしていることは」
今更本気になったところで無駄なあがきだということは、何よりも自分が一番理解している。
それでも、もっと真面目に迫っていたらとか。
同じ部署だったならとか。
もし結婚なんてしなければなんてifばかり考えてしまう。
「でも、俺には黒岩さんの応援をすることはできません」
「いいさ。皇は板井の味方だもんな」
「そういう意味ではなく」
だが明確にしなくとも彼の言いたいことは予想がつく。黒岩が既婚者だからだ。黒岩はため息を一つ漏らすと、飲み終えたペットボトルをゴミ箱へ捨てる。
「ちゃんとわかってる。さて帰るか」
”待ってるんだろ?”と問えば、彼は小さな笑みを浮かべた。
皇がベンチから立ち上がるのを待ち、連れ立ってエレベーターへ向かう。
「うち、寄っていきます?」
皇は愚痴でも聞いてくれるつもりなのか、吞んでいかないかと誘われる。
「一緒に暮らしてるんだろう? 今日は遠慮しておくよ」
「遠慮なんてしなくても……」
「遠慮と言うよりも、塩田が俺の味方をしてくれるとは考え辛いしな」
”二人から責められるのは目に見えている”と続けると、皇はクスリと笑う。
その後、会社の正面玄関で二人と別れ、黒岩は駅へと向かった。
駅で列車を待っている間に唯野へ電話をすると、非常に不機嫌な声。
「唯野はそんなに俺のことが嫌いなのかよ」
苦笑いと共に飛び出す自虐的な言葉。こんなだから唯野に嫌がられるんだよなと思いながら、電光掲示板を見上げる。
メッセすると言いながら、送る暇がなかった。だから電話をしたのだと言えば、”別に嫌いじゃない”と言われ黒岩は思わずスマホを落としそうになったのだった。
「今日も残業ですか? 黒岩さん」
背後から呆れを含んだ声。
黒岩は総括部のある階の自動販売機の前にいた。
「皇も何か飲むか?」
付き合いが長いため声だけで相手が誰かわかる。もっとも、特徴のある声なら付き合いが浅くともわかるだろう。
「なら、俺が出しますよ」
営業部時代に後輩だった皇は現在は上司であり、副社長だ。同じく、あの頃皇の面倒を見ていた同期の唯野は彼が昇進し態度を改めた。
変わらないのは自分だけかと思ったが皇もまたあの頃と変わらない。
「まったく。自分の仕事を放り投げて苦情係にばかり顔を出すから連日残業になるんですよ」
──いや、変わったか。皇も。
「今日は帰るよ。皇は凄いよな、あれだけ苦情係の業務を手伝っているにも関わらず定時で終わるんだもんな」
飲み物を自販機から取り出し、一つを手渡しながら黒岩が皇にチラリと目を向けると、彼は眉を寄せ困った表情を浮かべている。
「俺は別にあそこにいて苦情係の仕事をだけをしているわけではないので」
そもそも苦情係自体、手広く他の部署の手伝いをしているのだ。皇があそこにいて別の仕事をしていたとしても不思議はない。
「そっか」
「大変になることが分かっているのに、どうして苦情係ばかり気にかけるんです?」
彼は近くのベンチに腰掛けると胸ポケットに入れたスマホを取り出しながら。
「そんなの、聞くまでもないだろ」
唯野は自分に会いに来ることはない。自分から会いに行かなければ、何か月経とうが会えることはないだろう。部署のある階も違うわけだから。
「いつまでも自分に気がない相手を追いかけて、むなしくないんですか?」
スマホの画面を見つめたまま皇が言う。
カフェオレのペットボトルに口をつけていた黒岩はむせそうになった。
「お前、随分と酷いこと言うんだな」
先日板井に言ったことに偽りはない。
自分でも最低な奴だったと思っている。
「言ったところで諦めたりしないんでしょう?」
「俺だって自分がバカなことしていることくらい理解している。だが、皇だって相手が塩田だったから努力したし、諦められなかったんだろ」
”お前にならわかるよな”とでも言うように。
「わかりますよ。黒岩さんの言わんとしていることは」
今更本気になったところで無駄なあがきだということは、何よりも自分が一番理解している。
それでも、もっと真面目に迫っていたらとか。
同じ部署だったならとか。
もし結婚なんてしなければなんてifばかり考えてしまう。
「でも、俺には黒岩さんの応援をすることはできません」
「いいさ。皇は板井の味方だもんな」
「そういう意味ではなく」
だが明確にしなくとも彼の言いたいことは予想がつく。黒岩が既婚者だからだ。黒岩はため息を一つ漏らすと、飲み終えたペットボトルをゴミ箱へ捨てる。
「ちゃんとわかってる。さて帰るか」
”待ってるんだろ?”と問えば、彼は小さな笑みを浮かべた。
皇がベンチから立ち上がるのを待ち、連れ立ってエレベーターへ向かう。
「うち、寄っていきます?」
皇は愚痴でも聞いてくれるつもりなのか、吞んでいかないかと誘われる。
「一緒に暮らしてるんだろう? 今日は遠慮しておくよ」
「遠慮なんてしなくても……」
「遠慮と言うよりも、塩田が俺の味方をしてくれるとは考え辛いしな」
”二人から責められるのは目に見えている”と続けると、皇はクスリと笑う。
その後、会社の正面玄関で二人と別れ、黒岩は駅へと向かった。
駅で列車を待っている間に唯野へ電話をすると、非常に不機嫌な声。
「唯野はそんなに俺のことが嫌いなのかよ」
苦笑いと共に飛び出す自虐的な言葉。こんなだから唯野に嫌がられるんだよなと思いながら、電光掲示板を見上げる。
メッセすると言いながら、送る暇がなかった。だから電話をしたのだと言えば、”別に嫌いじゃない”と言われ黒岩は思わずスマホを落としそうになったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
またのご利用をお待ちしています。
あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。
緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?!
・マッサージ師×客
・年下敬語攻め
・男前土木作業員受け
・ノリ軽め
※年齢順イメージ
九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮
【登場人物】
▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻
・マッサージ店の店長
・爽やかイケメン
・優しくて低めのセクシーボイス
・良識はある人
▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受
・土木作業員
・敏感体質
・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ
・性格も見た目も男前
【登場人物(第二弾の人たち)】
▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻
・マッサージ店の施術者のひとり。
・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。
・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。
・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。
▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受
・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』
・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。
・理性が強め。隠れコミュ障。
・無自覚ドM。乱れるときは乱れる
作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。
徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。
よろしくお願いいたします。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
有能課長のあり得ない秘密
みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。
しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる