人形少女は夢を見る

詩のぶ

文字の大きさ
6 / 8

人形少女は我に問う

しおりを挟む
「――鷹華ちゃん。鷹華ちゃん。お父さん帰ってきたから、一緒に夕飯食べましょう?」

無駄に背の高い家の窓から、夜空と、その下に広がるジオラマみたいな世界を眺めている。
ああ、自分はまた、夢を見ている。

「今日はお刺身と焼き魚よ。鷹華ちゃん、お魚好きですものねぇ。」

好きだなんて一言も言った覚えはないのに、馬鹿の一つ覚えのように、母はそれを繰り返す。
それにいいともいやとも言えない自分もまた、いつもと同じようにリビングに向かう。

父の趣味の骨董品、母が作ったプリザーブドフラワー。
金縁の高そうな食器に、目の詰まった色鮮やかな絨毯。

その真ん中に座る自分は、まるで本当の「お人形」だ。

「あらぁ。こないだ隣町であった放火、まだ犯人捕まらないみたいよ。」

怖いわねぇ、と言いながら笑ってテレビを見ている母は、自分が人より幸せであることを信じて疑わない。

「鷹華。この間の見合いの相手と今週末また会食だ。何度も言うが、大切な取引先の御子息だ。分かっているな?」

お前の将来のためなのだから、と言いながら空になった茶碗を母に突き出す父は、自分が誰より正しいことを信じて疑わない。

「……私は。」

強張った手を握って、開いて、自分が人形じゃないことを確かめる。

今日こそ、言うんだ。

「……お父さん。お母さん。私は、自分の好きな人と結婚したい。結婚相手も、幸せも、自分で決めたい。あれもこれもお父さんお母さんに決められた人生なんて、嫌。私、自分で決めて生きたい。このまま、『お人形』のまま、一生を過ごしたくない。」

テレビの向こうから響く笑い声。
かちこちと進む柱時計の音。

自分が発した言葉が静寂を作り出して、代わりに滑り込んできた無機質な音の重なりが妙に煩い。

「…鷹華、何を言っているの?」
「お前一人で生きていける訳がないだろう。」
「そうよ。あなた一人じゃ何もできないんだから。」
「父さんも母さんも、お前のためを思って言っているんだぞ。」
「そうよ、どうして分からないの?ほら、お父さんに謝りなさい。」

分かっていた。
願ったところで否定され、笑われ、決して相手にされないことを。
自分は、もうずっと、ずっと前から分かっていて、諦めていた。
諦めていて、分かっていて、――それでも。

「鷹華、聞いているの?」
「…じゃない。」
「え?」
「……私は、お父さんお母さんの『お人形』じゃない!」

それだけ言って、乱暴に立ち上がってリビングを出る。
母が慌てて立ち上がって椅子を倒す音と、放っておけと言う父の声が、背中を追って鷹華の部屋までついてくる。

「どうせ、あの子は、一人では何もできない。」

部屋に入って力任せにドアを閉め、息を吐く。
がたんっと音がして、見ればドアを閉めた振動で、棚の上に飾っていた衣装人形が床に落ちてしまっていた。

近づいて拾い上げる。

最初の持ち主は曽祖父母だったか、高祖父母だったか。
鷹華が生まれるずっとずっと前に作られ、代々大事に受け継がれてきたは、作られてから百年以上経った今も美しく、優しい顔をしている。
彼女の着物は、しぼりが入った赤色の着物。
「女の子のお人形なんだから」と母が用意したものだ。
けれど、彼女に本当に似合うのは、優しく冷たい青緑色。

昔、学校の裁縫の授業で勿忘草柄の打掛を彼女のために作り、着せてあげたら、母は凄く怒っていたのを思い出す。

「…ねぇ、隼桐。」

それ以来棚の奥にしまい込んでいたその打掛を取り出して、彼女に着せてみる。

やはりとても似合っている。

「私は、愛されていると思う?」

問いかけて、鷹華は自分が泣いていることに気がついた。
拭っても拭っても、涙は止まることなく絨毯に染みを描き続ける。

隼桐を棚の上に戻し、ベッドに突っ伏して、声を殺して泣き続けた。

――生きたい。

服も、食べ物も、お金も、家も。
与えられるだけの「お人形」はもう嫌だ。

――生きたい!

そう願えば願うほど、全身が熱くなっていく。

「お人形」じゃない、この体が、この魂が、この命が、燃えている。

その熱に呼応するように、突然部屋のドアから火が吹き出して、瞬く間に周囲は火の海へと変わる。

廊下から黒い煙が流れ込み、吸い込んでは咳込むうちに、意識が遠のいていく。

「鷹華ちゃん――」

耳元で、聞きなれた声が自分を呼ぶ。
冷たくて優しい声。

ああ、もう、

自分の熱を閉じ込めるように握った拳。

血の気が引いて白くなるほど握りしめたその痛みを頼りに、鷹華は、目を開いた――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...