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人形少女は我に問う
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「――鷹華ちゃん。鷹華ちゃん。お父さん帰ってきたから、一緒に夕飯食べましょう?」
無駄に背の高い家の窓から、夜空と、その下に広がるジオラマみたいな世界を眺めている。
ああ、自分はまた、夢を見ている。
「今日はお刺身と焼き魚よ。鷹華ちゃん、お魚好きですものねぇ。」
好きだなんて一言も言った覚えはないのに、馬鹿の一つ覚えのように、母はそれを繰り返す。
それにいいともいやとも言えない自分もまた、いつもと同じようにリビングに向かう。
父の趣味の骨董品、母が作ったプリザーブドフラワー。
金縁の高そうな食器に、目の詰まった色鮮やかな絨毯。
その真ん中に座る自分は、まるで本当の「お人形」だ。
「あらぁ。こないだ隣町であった放火、まだ犯人捕まらないみたいよ。」
怖いわねぇ、と言いながら笑ってテレビを見ている母は、自分が人より幸せであることを信じて疑わない。
「鷹華。この間の見合いの相手と今週末また会食だ。何度も言うが、大切な取引先の御子息だ。分かっているな?」
お前の将来のためなのだから、と言いながら空になった茶碗を母に突き出す父は、自分が誰より正しいことを信じて疑わない。
「……私は。」
強張った手を握って、開いて、自分が人形じゃないことを確かめる。
今日こそ、言うんだ。
「……お父さん。お母さん。私は、自分の好きな人と結婚したい。結婚相手も、幸せも、自分で決めたい。あれもこれもお父さんお母さんに決められた人生なんて、嫌。私、自分で決めて生きたい。このまま、『お人形』のまま、一生を過ごしたくない。」
テレビの向こうから響く笑い声。
かちこちと進む柱時計の音。
自分が発した言葉が静寂を作り出して、代わりに滑り込んできた無機質な音の重なりが妙に煩い。
「…鷹華、何を言っているの?」
「お前一人で生きていける訳がないだろう。」
「そうよ。あなた一人じゃ何もできないんだから。」
「父さんも母さんも、お前のためを思って言っているんだぞ。」
「そうよ、どうして分からないの?ほら、お父さんに謝りなさい。」
分かっていた。
願ったところで否定され、笑われ、決して相手にされないことを。
自分は、もうずっと、ずっと前から分かっていて、諦めていた。
諦めていて、分かっていて、――それでも。
「鷹華、聞いているの?」
「…じゃない。」
「え?」
「……私は、お父さんお母さんの『お人形』じゃない!」
それだけ言って、乱暴に立ち上がってリビングを出る。
母が慌てて立ち上がって椅子を倒す音と、放っておけと言う父の声が、背中を追って鷹華の部屋までついてくる。
「どうせ、あの子は、一人では何もできない。」
部屋に入って力任せにドアを閉め、息を吐く。
がたんっと音がして、見ればドアを閉めた振動で、棚の上に飾っていた衣装人形が床に落ちてしまっていた。
近づいて拾い上げる。
最初の持ち主は曽祖父母だったか、高祖父母だったか。
鷹華が生まれるずっとずっと前に作られ、代々大事に受け継がれてきた彼女は、作られてから百年以上経った今も美しく、優しい顔をしている。
彼女の着物は、しぼりが入った赤色の着物。
「女の子のお人形なんだから」と母が用意したものだ。
けれど、彼女に本当に似合うのは、優しく冷たい青緑色。
昔、学校の裁縫の授業で勿忘草柄の打掛を彼女のために作り、着せてあげたら、母は凄く怒っていたのを思い出す。
「…ねぇ、隼桐。」
それ以来棚の奥にしまい込んでいたその打掛を取り出して、彼女に着せてみる。
やはりとても似合っている。
「私は、愛されていると思う?」
問いかけて、鷹華は自分が泣いていることに気がついた。
拭っても拭っても、涙は止まることなく絨毯に染みを描き続ける。
隼桐を棚の上に戻し、ベッドに突っ伏して、声を殺して泣き続けた。
――生きたい。
服も、食べ物も、お金も、家も。
与えられるだけの「お人形」はもう嫌だ。
――生きたい!
そう願えば願うほど、全身が熱くなっていく。
「お人形」じゃない、この体が、この魂が、この命が、燃えている。
その熱に呼応するように、突然部屋のドアから火が吹き出して、瞬く間に周囲は火の海へと変わる。
廊下から黒い煙が流れ込み、吸い込んでは咳込むうちに、意識が遠のいていく。
「鷹華ちゃん――」
耳元で、聞きなれた声が自分を呼ぶ。
冷たくて優しい声。
ああ、もう、起きなければ。
自分の熱を閉じ込めるように握った拳。
血の気が引いて白くなるほど握りしめたその痛みを頼りに、鷹華は、目を開いた――。
無駄に背の高い家の窓から、夜空と、その下に広がるジオラマみたいな世界を眺めている。
ああ、自分はまた、夢を見ている。
「今日はお刺身と焼き魚よ。鷹華ちゃん、お魚好きですものねぇ。」
好きだなんて一言も言った覚えはないのに、馬鹿の一つ覚えのように、母はそれを繰り返す。
それにいいともいやとも言えない自分もまた、いつもと同じようにリビングに向かう。
父の趣味の骨董品、母が作ったプリザーブドフラワー。
金縁の高そうな食器に、目の詰まった色鮮やかな絨毯。
その真ん中に座る自分は、まるで本当の「お人形」だ。
「あらぁ。こないだ隣町であった放火、まだ犯人捕まらないみたいよ。」
怖いわねぇ、と言いながら笑ってテレビを見ている母は、自分が人より幸せであることを信じて疑わない。
「鷹華。この間の見合いの相手と今週末また会食だ。何度も言うが、大切な取引先の御子息だ。分かっているな?」
お前の将来のためなのだから、と言いながら空になった茶碗を母に突き出す父は、自分が誰より正しいことを信じて疑わない。
「……私は。」
強張った手を握って、開いて、自分が人形じゃないことを確かめる。
今日こそ、言うんだ。
「……お父さん。お母さん。私は、自分の好きな人と結婚したい。結婚相手も、幸せも、自分で決めたい。あれもこれもお父さんお母さんに決められた人生なんて、嫌。私、自分で決めて生きたい。このまま、『お人形』のまま、一生を過ごしたくない。」
テレビの向こうから響く笑い声。
かちこちと進む柱時計の音。
自分が発した言葉が静寂を作り出して、代わりに滑り込んできた無機質な音の重なりが妙に煩い。
「…鷹華、何を言っているの?」
「お前一人で生きていける訳がないだろう。」
「そうよ。あなた一人じゃ何もできないんだから。」
「父さんも母さんも、お前のためを思って言っているんだぞ。」
「そうよ、どうして分からないの?ほら、お父さんに謝りなさい。」
分かっていた。
願ったところで否定され、笑われ、決して相手にされないことを。
自分は、もうずっと、ずっと前から分かっていて、諦めていた。
諦めていて、分かっていて、――それでも。
「鷹華、聞いているの?」
「…じゃない。」
「え?」
「……私は、お父さんお母さんの『お人形』じゃない!」
それだけ言って、乱暴に立ち上がってリビングを出る。
母が慌てて立ち上がって椅子を倒す音と、放っておけと言う父の声が、背中を追って鷹華の部屋までついてくる。
「どうせ、あの子は、一人では何もできない。」
部屋に入って力任せにドアを閉め、息を吐く。
がたんっと音がして、見ればドアを閉めた振動で、棚の上に飾っていた衣装人形が床に落ちてしまっていた。
近づいて拾い上げる。
最初の持ち主は曽祖父母だったか、高祖父母だったか。
鷹華が生まれるずっとずっと前に作られ、代々大事に受け継がれてきた彼女は、作られてから百年以上経った今も美しく、優しい顔をしている。
彼女の着物は、しぼりが入った赤色の着物。
「女の子のお人形なんだから」と母が用意したものだ。
けれど、彼女に本当に似合うのは、優しく冷たい青緑色。
昔、学校の裁縫の授業で勿忘草柄の打掛を彼女のために作り、着せてあげたら、母は凄く怒っていたのを思い出す。
「…ねぇ、隼桐。」
それ以来棚の奥にしまい込んでいたその打掛を取り出して、彼女に着せてみる。
やはりとても似合っている。
「私は、愛されていると思う?」
問いかけて、鷹華は自分が泣いていることに気がついた。
拭っても拭っても、涙は止まることなく絨毯に染みを描き続ける。
隼桐を棚の上に戻し、ベッドに突っ伏して、声を殺して泣き続けた。
――生きたい。
服も、食べ物も、お金も、家も。
与えられるだけの「お人形」はもう嫌だ。
――生きたい!
そう願えば願うほど、全身が熱くなっていく。
「お人形」じゃない、この体が、この魂が、この命が、燃えている。
その熱に呼応するように、突然部屋のドアから火が吹き出して、瞬く間に周囲は火の海へと変わる。
廊下から黒い煙が流れ込み、吸い込んでは咳込むうちに、意識が遠のいていく。
「鷹華ちゃん――」
耳元で、聞きなれた声が自分を呼ぶ。
冷たくて優しい声。
ああ、もう、起きなければ。
自分の熱を閉じ込めるように握った拳。
血の気が引いて白くなるほど握りしめたその痛みを頼りに、鷹華は、目を開いた――。
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