人形少女は夢を見る

詩のぶ

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人形少女は手を離す

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「火事だーーーーーーーーーー!!」
「逃げろ、逃げろ!!」
「戻る!?馬鹿野郎!!家なんてまた建てりゃいい、手前ェの命はこれっきりだぞ!!」

はっと目を覚ます。
木造りの壁と障子に囲まれた部屋に鷹華はいた。
窓を開けるとちょうど夜明けの頃合いで、月が名残惜しそうに消えかけている。
川の向こう側の建屋のひとつから火の手があがり、黒い煙が明け方の空を汚している。

熱風がふわりと頬を撫でる。

「鷹華ちゃん。」

ぞっとするほど冷たい手が背後から伸びてきて、鷹華の目を塞ぐ。

「鷹華ちゃん、見てはいけないわ。」
「……隼桐。」

そのままの姿勢で、鷹華は背後の少女に呼びかける。

「あなたが、私をこの世界に逃がしてくれたのね。」
「…鷹華ちゃん。」

冷たく優しい声が、諭すように囁く。

「思い出しては駄目。」

握りしめた拳に爪が食い込んで、焼けるように痛い。
鷹華は力を緩めずに、絞り出すように、彼女に問う。

「あれは、夢じゃなくて、私の現実ね?」

風に乗って、火の粉の爆ぜる音が届く。
熱を帯びた空気が二人を包んで、鷹華の目を塞ぐ手がわずかに身じろぐ。

「…戻らないで、鷹華ちゃん。ここでずっと、夢を見ていて。」

私はあなたに死んで欲しくない、と、背後の少女が呟くのを聞いて、鷹華は目を閉じる。

「…ありがとう。私を生かそうとしてくれて。」

握りしめていた拳を開く。
熱を帯びたそれで、自分の両目を覆う手を掴み、離す。
冷たさが心地よくて、その優しさについ、また何もかも忘れてしまいたくなる。

「…でも、ここじゃやっぱり、駄目なんだよ。」

彼女の冷えた手を自分の両手で包み込んで、鷹華は振り返った。
隼桐は寂しそうに微笑んでそこに立っていた。

「…鷹華ちゃん、私、あなたが好きよ。」
「…ありがとう、隼桐。私もあなたが好き。」
「この着物、ずっと大切にするわ。」
「私も。このお店で隼桐と働いたこと、ずっと忘れない。隼桐が作ってくれたご飯も、お菓子も。きっと、同じように作れるようになるから。」
「ふふ、それは難しいかもね。」
「うっ、難しい……と、思うけど。でも、やるよ。」
「ええ、そうね。…大丈夫よ。あなたは生きているんだから。」

静かな部屋に、二人の笑いがこだまする。

それがやんだ後、どちらからともなく、手を離した。
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