天使たちの水浴びシーン

アッシュ出版

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73)鏡を使った撮影

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 「で、監督さんに報告です。メイド服のシーン、カットとなりました」

 担当者さんは衝撃的なことをサラリと言ってくる。

 「え?」

 「撮影しません。美咲ちゃんとゆかりちゃんのお泊りシーンからです。色々とハプニングがありましたからね」

 「マ、マジですか、それは非常に残念です」

 残念なんてものではない。ここにきて、また諦めなければいけないシーンが増えてしまったなんて。

 「時間がないです。余裕がないんです。だいたいのところ、撮影とはこういうものですよ、妥協の連続、諦めの連続。思い通りにいくことなんて圧倒的に少ない。我慢して下さい」

 「わかります、本当に理解しています、痛いほどに。これからはただただ、自分のやれるだけのことを頑張ります。ということはお泊りのシーンからですね?」

 「そう、そこに全ての力を注ぎましょう」

 僕も覚悟を決める。そのシーンを全力で頑張ろう。しかし悔しいことは事実である。 
 放課後、二人はカフェでバイトしているという設定だったのだ。
 とはいえ、カフェでロケする余裕はないから、ただ自室でメイドの服に着替えて、出勤するまでの様子を描くだけで終わりだったのだけど。
 それでもこの撮影は楽しみだった。色々とアイデアを用意していた。

 このシーンのテーマは鏡だろうか。姿見の大きな鏡を使おうと思ったのだ。
 正面からカメラで撮影しながら、斜め後ろから、後ろ姿を鏡に映したり。
 床に鏡を置いて、その上にまたがったりもらったり、寝転んでもらったり。

 イメージビデオで鏡が使われる例はけっこうある。それはよく使われるアイテムの一つ。
 鏡を使うと、ちょっとばかしアートな香りが漂うと思うんだ。意識が高いカメラさんがやりがちなこと。
 上手くいったり、ただの自己満足で終わったりもしているけれど、僕はけっこう鏡が出てくる作品が嫌いではない。

 鏡、それは異界への入り口でもあろうか。ファンタジックな雰囲気も出せたりするよね。
 メイドの衣装とも相性が良さそうではないか。「鏡の国のアリス」って文学作品もある。僕はちゃんと読んだことはないけれど。オズの魔法使いにも鏡が出てきただろうか。

 美咲ちゃんゆかりちゃんは鏡に向かって問いかけるのだ。

 「あの子は私のこと、どう思っているのかな?」とか何とか。
 いや、もっと良いセリフがあれば、そっちを採用するので、それはあくまで仮のセリフ。
 美咲ちゃんの鏡の向こうにはゆかりちゃんがいて、ゆかりちゃんの鏡には美咲ちゃんが映っている。
 「大好き」と鏡の向こうの美咲ちゃんもゆかりちゃんも答えるわけであるが。それでにんまりと微笑むのである。

 まあ、しかしそんな凝ったシーン、どうやって撮ればいいのだろうか? 
 CGを使うのか。それとも、これくらいのシーン、ちょっとしたトリックで十分なのか。
 このシーンを企画書に書いたりしていたのだけど、担当者さんからもカメラマンさんからも特に突っ込みはなかった。
 今の技術ならば余裕で撮れたのか、それとも僕の妄言だとスルーされていたのか。

 ああ、そうか! 姿見の鏡に見立てた枠さえあればいいわけか。
 その枠の後ろに立ってもらえれば、鏡に映っているっぽく撮れるのか。

 面白い映像が撮れただろうなあ。
 それだけじゃない。本物の鏡を使っての演出も考えていた。主に美咲ちゃんやゆかりちゃんが正面を向いているときの、その後ろ姿を鏡に映すという手法なんだけど。

 気取りたいから鏡を使いたいわけではありませんよ。僕はイメージビデオのマニアなんだ。アーティストでも映画監督でもない。
 僕の頭の中にあるのは一つだけ。
 エロだよ、エロ! 

 そんなことを威張って言うのもどうかと思うけど。鏡を使うのも、その目的のため。
 床にじかに置いた大きな姿見の上を、制服かメイド服かのスカート姿でまたがる美咲ちゃんゆかりちゃん。
 そんな二人を撮影するはずだったのに、ああ・・・。

 しかしまあ、この企画は流れたわけである。
 さっさと切り替えよう。



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