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Case.2 酒呑童子
第七話
しおりを挟む「ちっ、あいつら、どこ行きやがった?砂埃のせいで匂いがわからねぇ!」
〈酒呑童子〉は怒鳴り散らし、足を踏み鳴らしている。そのせいでまた砂埃が立つことには気付いていない。
「あい……つ、人の気も知らないで……」
このご時世、身体を張って鬼と戦おうとする者はいない。それどころか、前衛を任せられる類の能力を持っている家は、ほぼ断絶状態にあった。有馬と真冬も、例に漏れない。
だが、攻撃を受け、術を打ち返された有馬と真冬のダメージは、小さいものではなかった。
「け、啓介、大丈夫? 無理しすぎじゃない?」
肩で息をしている有馬を、真冬は心配している。
「んなこと、言ってられねえよ……」
誰彼構わず暴れている〈酒呑童子〉を横目に、二人は作戦を練っていた。
「ねぇ、後ろから近づいてお札いっぱい貼るとかできない? 私も術で押さえ込むから」
「それは俺も考えたけど……。ごめん。体力がもちそうにない」
「じゃ、じゃあ、あいつが動けないようにして……」
「どうやって?」
どの策も、決定力に欠けている。そもそも彼等の能力は、鬼の能力や体力を打ち消すためのものであり、前衛無しの戦闘に向いているとは言い難い。
「どうしよう……。このままじゃ、あたし達……」
二人共、もう体力は残されていない。このまま〈酒呑童子〉に捕まれば、殺されてしまうのは明白だ。
すると、しびれを切らしたのか、〈酒呑童子〉が独りで話し始めた。
「まっ、仕方ねぇ。オレァ優しいから、本当はこんなことはしたくねぇんだが、そうコソコソとされちゃあらちが明かねぇ」
〈酒呑童子〉が何かを取り出す音がした。
「コイツを、使わせてもらうぜ」
有馬は僅かな隙間を利用して、それを見た。
「……銃、か」
長く人間社会に溶け込んでいるであろう〈酒呑童子〉が、現代の武器を持っていることは想像に難くない。
〈酒呑童子〉はそれを誰彼構わず撃ち始めた。散乱する机や椅子を破壊し、二人がいる場所へと近付いていく。
「そうだよ……。『このまま』じゃ、駄目なんだ」
不意に真冬が呟いた。
そして、そのまま前に進む。奴に気付かれないように。
「ちょ、おま、何して──」
有馬が止めるのにも構わない。真冬は前に進む。
「真冬!」
有馬が悲鳴にも似た声で叫ぶ。
「これ以上進むと、あいつの射程範囲に入る! 俺達だけじゃ、どうにもできないんだよ!」
それでも、前を進む真冬は止まらなかった。
「ねえ、啓介。あたし達が諦めてどうするの? このままあいつを放っておいたら、学校の外に出ていくかもしれないんだよ?」
「そんなこと言ったって、〈酒呑童子〉は危険すぎる。先輩だったらまだしも──」
「だめだよ」
真冬は振り返り、有馬の手を取る。
「『どうしようもない』現実を見るより、『これからどうするか』を、あたし達は考えなきゃ」
「そ……れは……」
それは、有馬自身にもわかっていた。
「……『わかる』と『納得できる』じゃ、話が違うんだよ」
それと聞いた真冬は、こんな状況にも関わらず、笑い始めた。
「ふふっ。小学校から一緒だもん。知ってるよ。啓介ってそういうとこ慎重だもんね。宿題とかいっつも忘れてくるくせに」
「それとこれとは話が違うだろ……」
彼女はまた、彼に背を向けた。
「今まで散々、啓介に無理させた。私も、いいとこ見せないと駄目じゃない?」
そう言って、真冬は〈酒呑童子〉の前に出た。
「おーにさんこーちらっ!手の鳴る方へ!」
真冬は急に歌い出した。
真冬の持つ能力は、千年以上続く〈退鬼師〉の歴史の中でも、非常に珍しいものだった。
大多数、いや、ほぼ全ての〈退鬼師〉が、鬼の身体に直接作用する能力を有しているのに対し、彼女の能力は詩と舞──視覚と聴覚だけに作用する。だから、術を使っていたとしても、鬼が気付いていないということがある。
彼女が〈退鬼師〉だと、気付かれてさえいなければ──。
「ふん、誰がそんなのに乗ると思ったよ!?」
〈酒呑童子〉は銃を撃ち続けるが、真冬には当たらない。大昔の、性能の悪い銃の弾丸は五割は明後日の方向へ飛んでいき、一割は彼女自身が避ける。そして、残りの四割は──。
「ちっ……。男の方か」
有馬は真冬に当たりそうな弾を、札でなるべく相殺していた。
「やらせ……ねぇよ……」
真冬の術とは違い、数を多くこなせる札は、その分反動も多い。術を身につけてからまだ一年弱。慣れていないことも重なって、有馬の消耗は真冬以上に大きかった。
それを見た〈酒呑童子〉は、有馬の方に銃口を向ける。
「お前から先に死んでもらおうか」
銃声が響く──。
「──天(あま)の都で相見えん」
* * *
「──有馬君?」
「せ……ぱい……?」
清水かなの声で、ようやく有馬の意識が鮮明になった。
「無事……なわけないか。でもよかった。意識戻って。先生呼んだから、大丈夫だよ」
清水はどこからか持ってきたタオルを引き裂き、有馬の止血を試みる。彼女は学校に忘れ物を取りに来ていて、たまたまこの近くにいたのだった。
有馬は出血がひどいせいか、まだ頭が正常に働いておらず、状況を正確に認識できていないようだ。
「びっくりしたよ。何もなかったはずなのに、急に窓が割れて、壁にひびが入って……」
その言葉が、彼の耳に入っているのかは微妙なところだ。だが、なんとか有馬の意識を保つために、清水は独りで喋り続ける。
「凄いね。二人だけで〈酒呑童子〉を追い返すなんて。でもやっぱり──」
「あの……。真冬は……?」
朦朧としているであろうその意識の中で、ようやく出てきた一言だった。
「──……大丈夫だよ」
それは、清水の「優しい嘘」だったのかもしれない。
清水が駆けつけたときにはもう、真冬の姿はなかった。
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