僕等の世界は鬼の中

悠奈

文字の大きさ
7 / 26
Case.2 酒呑童子

第七話

しおりを挟む

「ちっ、あいつら、どこ行きやがった?砂埃のせいで匂いがわからねぇ!」
  〈酒呑童子〉は怒鳴り散らし、足を踏み鳴らしている。そのせいでまた砂埃が立つことには気付いていない。
「あい……つ、人の気も知らないで……」
  このご時世、身体を張って鬼と戦おうとする者はいない。それどころか、前衛を任せられる類の能力を持っている家は、ほぼ断絶状態にあった。有馬と真冬も、例に漏れない。
  だが、攻撃を受け、術を打ち返された有馬と真冬のダメージは、小さいものではなかった。
「け、啓介、大丈夫?  無理しすぎじゃない?」
  肩で息をしている有馬を、真冬は心配している。
「んなこと、言ってられねえよ……」
  誰彼構わず暴れている〈酒呑童子〉を横目に、二人は作戦を練っていた。
「ねぇ、後ろから近づいてお札いっぱい貼るとかできない?  私も術で押さえ込むから」
「それは俺も考えたけど……。ごめん。体力がもちそうにない」
「じゃ、じゃあ、あいつが動けないようにして……」
「どうやって?」
  どの策も、決定力に欠けている。そもそも彼等の能力は、鬼の能力や体力を打ち消すためのものであり、前衛無しの戦闘に向いているとは言い難い。
「どうしよう……。このままじゃ、あたし達……」
  二人共、もう体力は残されていない。このまま〈酒呑童子〉に捕まれば、殺されてしまうのは明白だ。
  すると、しびれを切らしたのか、〈酒呑童子〉が独りで話し始めた。
「まっ、仕方ねぇ。オレァ優しいから、本当はこんなことはしたくねぇんだが、そうコソコソとされちゃあらちが明かねぇ」
  〈酒呑童子〉が何かを取り出す音がした。
「コイツを、使わせてもらうぜ」
  有馬は僅かな隙間を利用して、それを見た。
「……銃、か」
  長く人間社会に溶け込んでいるであろう〈酒呑童子〉が、現代の武器を持っていることは想像に難くない。
  〈酒呑童子〉はそれを誰彼構わず撃ち始めた。散乱する机や椅子を破壊し、二人がいる場所へと近付いていく。

「そうだよ……。『このまま』じゃ、駄目なんだ」

  不意に真冬が呟いた。
  そして、そのまま前に進む。奴に気付かれないように。
「ちょ、おま、何して──」
  有馬が止めるのにも構わない。真冬は前に進む。
「真冬!」
  有馬が悲鳴にも似た声で叫ぶ。
「これ以上進むと、あいつの射程範囲に入る!  俺達だけじゃ、どうにもできないんだよ!」
  それでも、前を進む真冬は止まらなかった。
「ねえ、啓介。あたし達が諦めてどうするの?  このままあいつを放っておいたら、学校の外に出ていくかもしれないんだよ?」
「そんなこと言ったって、〈酒呑童子〉は危険すぎる。先輩だったらまだしも──」
「だめだよ」
 真冬は振り返り、有馬の手を取る。

「『どうしようもない』現実を見るより、『これからどうするか』を、あたし達は考えなきゃ」

「そ……れは……」
  それは、有馬自身にもわかっていた。
「……『わかる』と『納得できる』じゃ、話が違うんだよ」
  それと聞いた真冬は、こんな状況にも関わらず、笑い始めた。
「ふふっ。小学校から一緒だもん。知ってるよ。啓介ってそういうとこ慎重だもんね。宿題とかいっつも忘れてくるくせに」
「それとこれとは話が違うだろ……」
  彼女はまた、彼に背を向けた。
「今まで散々、啓介に無理させた。私も、いいとこ見せないと駄目じゃない?」
  そう言って、真冬は〈酒呑童子〉の前に出た。
「おーにさんこーちらっ!手の鳴る方へ!」
  真冬は急に歌い出した。
  真冬の持つ能力は、千年以上続く〈退鬼師〉の歴史の中でも、非常に珍しいものだった。
  大多数、いや、ほぼ全ての〈退鬼師〉が、鬼の身体に直接作用する能力を有しているのに対し、彼女の能力は詩と舞──視覚と聴覚だけに作用する。だから、術を使っていたとしても、鬼が気付いていないということがある。

  彼女が〈退鬼師〉だと、気付かれてさえいなければ──。

「ふん、誰がそんなのに乗ると思ったよ!?」
  〈酒呑童子〉は銃を撃ち続けるが、真冬には当たらない。大昔の、性能の悪い銃の弾丸は五割は明後日の方向へ飛んでいき、一割は彼女自身が避ける。そして、残りの四割は──。
「ちっ……。男の方か」
  有馬は真冬に当たりそうな弾を、札でなるべく相殺していた。
「やらせ……ねぇよ……」
  真冬の術とは違い、数を多くこなせる札は、その分反動も多い。術を身につけてからまだ一年弱。慣れていないことも重なって、有馬の消耗は真冬以上に大きかった。
  それを見た〈酒呑童子〉は、有馬の方に銃口を向ける。
「お前から先に死んでもらおうか」
  銃声が響く──。

「──天(あま)の都で相見えん」

 * * *

「──有馬君?」
「せ……ぱい……?」
  清水かなの声で、ようやく有馬の意識が鮮明になった。
「無事……なわけないか。でもよかった。意識戻って。先生呼んだから、大丈夫だよ」
  清水はどこからか持ってきたタオルを引き裂き、有馬の止血を試みる。彼女は学校に忘れ物を取りに来ていて、たまたまこの近くにいたのだった。
  有馬は出血がひどいせいか、まだ頭が正常に働いておらず、状況を正確に認識できていないようだ。
「びっくりしたよ。何もなかったはずなのに、急に窓が割れて、壁にひびが入って……」
  その言葉が、彼の耳に入っているのかは微妙なところだ。だが、なんとか有馬の意識を保つために、清水は独りで喋り続ける。
「凄いね。二人だけで〈酒呑童子〉を追い返すなんて。でもやっぱり──」
「あの……。真冬は……?」
  朦朧としているであろうその意識の中で、ようやく出てきた一言だった。

「──……大丈夫だよ」

  それは、清水の「優しい嘘」だったのかもしれない。

 清水が駆けつけたときにはもう、真冬の姿はなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

慈愛と復讐の間

レクフル
ファンタジー
 とある国に二人の赤子が生まれた。  一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。  慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。  これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。  だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。 大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。  そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。  そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。  慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。  想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……

僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~

あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。 彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。 剣も魔法も得意ではない主人公は、 最強のメイドたちに守られながら生きている。 だが彼自身は、 「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。 自分にできることは何か。 この世界で、どう生きていくべきか。 最強の力を持つ者たちと、 何者でもない一人の青年。 その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。 本作は、 圧倒的な安心感のある日常パートと、 必要なときには本格的に描かれる戦い、 そして「守られる側の成長」を軸にした 完結済み長編ファンタジーです。 シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。 最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...