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Case.5 霊鬼
第二十話
しおりを挟む「有馬先輩……」
彼はおもむろに口を開いた。
「お前、あれと──〈霊鬼〉と仲がよかったらしいな」
「…………」
何を考えているのだろう。この人は、読みやすいとは決して言えない。だけど……。
「確かにそうですけど、それは彼女が〈霊鬼〉だって知らなかったから……っ」
知らなかったから? 違う、そうじゃない。
そう思うことさえなかったじゃないか。彼女が鬼だなんて。
「知ってたら、どうしたんだよ?」
「え……」
どう答えたらいいのかわからなかった。
数秒の睨み合い。私は答えることもできないし、先輩だって口を挟むことはない。
「あらあら、真冬のお友達二人が喧嘩かしら?」
何度も聞いた声。この人からしたら、懐かしい声。
〈霊鬼〉だ。
「お前……っ」
「あら。覚えててくれたようで、光栄だわ」
〈霊鬼〉は芝居のようなお辞儀をした。
「……何しに来た」
有馬先輩の声は、今まで聞いたことないくらいに低い。
「別に、大した目的はないわよ。ただの暇潰し」
不自然なくらいに自信満々な答え方だった。
「……違いますよね?」
考えるより前に言葉が出ていた。
「あなたの中には、まだ真冬さんがいる。だから、自然とここに来てしまった。そうでしょう?」
〈霊鬼〉は一瞬、驚いたような顔を見せた。
「それで?」
この鬼から放たれる一言一言。それが全て冷たい氷のような感覚がする。
でも、ここで負けるわけにはいかない。
「今なら、まだ元に戻る可能性があると聞きました」
それを聞いた〈霊鬼〉は急に高笑いを始めた。
「何を言い出すのかと思ったら、そんなこと? だったらあなたはどうするわけ?『私』を『マフユ』にどうやって戻すの?」
「それは、これから探すんです!」
そう叫んだのと同時に飛び出した。
「ふん。小賢しい」
そう言った〈霊鬼〉の右腕から、あの黒い影がわき出る。
──見切った!
攻撃パターンは単純。真っ直ぐ伸びてくるだけ。雰囲気に惑わされてはいけない。
そのまま全部打ち返す。
「ふぅん……。以外とやるじゃないの」
「それはどうも!」
右足で地面を蹴り、一気に距離を詰める。至近距離からだとあの攻撃は防げないけど、速さでなら勝負できる。
右側から振りかぶる。狙いは首。
薙刀の刃の部分が、その頭を落とそうとした刹那──。
「わっ」
真正面から吹き飛ばされた。そのままお腹から地面に叩きつけられる。
「いたた……」
痛みに一瞬、敵の存在を忘れかけた。
「動かないでね」
その言葉と共に、喉元に黒光りするナイフを押し付けられる。
「…………っ」
さすがにこうなると、動きたくても動けない。リーチが長い薙刀でどうにかなる問題じゃない。
「……どうするつもりなんですか?」
「いい威勢ね。でも、愚問よ」
こんなこと、してる場合じゃない。もう、時間がない。
真冬さんは、かなり明るい性格だった。図書室の記録に、垣間見えたのはそんな印象だ。
今の〈霊鬼〉からは、そんな印象は微塵も感じられない。真冬さんが消えかかっているんだ。
そして、いずれは〈霊鬼〉も──。
「私は鬼。だから、することは一つ」
頭のすぐ横にまで掲げられたもう一つのナイフが、私の心臓めがけて降りてくる。
──動けない。どうしたらいいの?
何もできない私の前を、素早い何かが通りすぎた。
私の喉元に当てられていたナイフが、音もたてずに消えた。けど、〈霊鬼〉が持つナイフはそのままだ。
「……外したか」
「先輩……?」
飛んできたのは、お札だった。
「あら、どういう風の吹きまわし? 喧嘩してたんじゃないの?」
「……そういうわけでもない」
「あらそう」
長く沈黙の時間が続いているような気がした。
「攻撃してこないの? 今がチャンスよ」
有馬先輩は何も答えない。先に口を開いたのは〈霊鬼〉だった。
「なるほどね。そういう事」
自己完結した〈霊鬼〉は攻撃体制を崩した。
「使いすぎね。能力の」
体力に終わりがあるように、〈退鬼師〉の力にも限界はある。ここ数日の騒ぎのせいで、私を含む〈専科〉の面々は過労状態と言っても過言ではない。
「それくらい想定済みだ」
「ふぅん。さすが、〈酒呑童子〉と渡り合っただけはあるわね」
〈霊鬼〉に誉められた有馬先輩は、それを真っ向から否定する。
「関係ねぇよ。昔はよくあったことだ」
どちらにせよ、先輩から手を出すことはできない。
だったら、不意をついて私が──。
「もういいわ。時間切れ」
それを聞いて一瞬ヒヤッとしたが、〈霊鬼〉の口振りから察するに、「真冬さん」の時間切れというわけではなさそうだ。
「ちょっとね、試したいことがあるの。そこの〈半鬼〉ちゃんで」
「え……」
〈霊鬼〉の指差す先にいるのは、もちろん私。
「ちょっと捕まってくれるかしら?」
そう言ってこちらに突っ込んでくる。
何が目的かは知らないけど、捕まるわけにはいかない──!
とてつもないスピードで向かってくる華奢な身体を、かろうじて避ける。
「ま、ここまでは想定内ね」
そう呟いた〈霊鬼〉は、次の攻撃に転じる。もう一度、黒いナイフを作り出す。
「それはもう通用しませんよ!」
「どうかしらね!?」
さっきと全く同じ攻撃パターン。これなら打ち返せるはずだ。
「え?」
それには、実体がなかった。
派手な音が鳴り響く。砂ぼこりが立ち込める。
──……あれ?痛くもなんともない。
私のすぐ真横に落ちていたのは、黒焦げになった和紙。
「捕まえた」
〈霊鬼〉の声で我に返った。
冷気に満ちたその声は──。
「残念だったな。違う奴で」
──目標を捕らえることができなかった。
「な……」
「有馬先輩!?」
何で……。どうして?
先輩の左手を掴んでいる〈霊鬼〉すら、目を丸くしている。
状況を飲み込めないまま、〈霊鬼〉と先輩の身体が薄くなっていく。
「ま──か、──する気じゃ──」
最後の〈霊鬼〉の言葉は上手く聞き取れなかった。
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