僕等の世界は鬼の中

悠奈

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Case.5 霊鬼

第二十二話

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「おーい!  けーすけー!」
  有馬の家のインターホンの前で、誰か叫んでいる。
  集中できない受験勉強を切り上げて、有馬は玄関を開けた。
「……え、真冬?」
  扉の前に立っている少女を見て、有馬は目を丸くした。昔から仲がよかった彼女とは、小学校の卒業式以来会っていない。それから三年も経っている。
「やっほー!  久し振り!」
「お、おう……」
「これあげるー」
  突然の嵐に戸惑う有馬をよそに、真冬は手に持っていた小袋を渡した。
「ほんとは去年とか一昨年もちゃんと渡したかったんだけどね、ちょっとタイミングが合わなくてねー……」
「え?  何が?」
「何が……って、啓介、誕生日でしょ?  これ、プレゼント」
  素っ気ない感じで渡されたそれは、とても軽かった。
「あ、そっか……。忘れてた……」
「あらら。そんなに大変なの?  受験」
「大変ってわけじゃないけど、色々あって……」
  彼の顔ににじんだ影に、彼女は気付いていなかった。
「ふーん?」
  この時点で真冬は、高校で有馬と再会することになるとは思ってもいない。対して有馬は〈退鬼師〉だと伝えられたばかりだったこともあり、両親と上手くコミュニケーションをとることができていなかった。
「えっと……、ありがとう」
「いいよー」
  タイミングを逃したお礼は、かなりぎこちなくなってしまった。
  にこにこしている真冬の顔に、「中身を見てみろ」と書いてあるような気がして、有馬はごそごそと袋の中身を探った。
「あのさあ……」
「なに?  どうした?  も、もしかして啓介……。それ気に入らなかった……?」
「いや、そうじゃなくて……」
  呆れてはてて、次の言葉が出てくるまで時間がかかってしまった。
「何で中学生の誕生日プレゼントにピアス選ぶかなあ!?」
「えぇ!?」
  有馬だけでなく、真冬までも驚いている。
「『え!?』じゃないよ!  しかもこれ、耳に穴開けなきゃいけないやつじゃん!」
「だって、先輩に『誕生日プレゼントは何が一番嬉しい?』って聞いたら、ピアスって言ってたんだもん!」
「どんな先輩だよ!」
「それに啓介、茶髪じゃん!」
「それ気にしてるんだけど……」
  小学校時代は、こんなやり取りが日常だった。そんなことを思う間もなく、真冬が口を開く。
「ご、ごめん……。どうしよ、買い直す?」
  珍しくへこむ真冬のことを、責められるはずもなかった。
「別にいいよ」
「ほんと!?」
「当分使うことはなさそうだけど……」
  それを聞いた真冬は、口を尖らせる。
「ひどい」
「行く……かもしれない高校、そういうの禁止だから」
「ちぇ」
  真冬は不満げだ。
「まーいっか。それじゃ、あたし帰るねー」
  嵐は突然やって来て、突然去っていく。
「それじゃ、またね!それつけてる啓介早く見たいな~」
「はいはい、サヨナラ。ったく、何年後になることやら……」

 * * *

──君だけは〈酒呑童子〉の封印場所を知ってるはずよ。ねぇ、〈半鬼〉桃田澪

「な、何言ってるんですか……?  私が?  どうして……?」
  清水先輩の言葉の意味を呑み込めないままでいた。
「清水先輩」
  会長さんが口を挟む。
「全部知ってるなら、ちゃんと話してもらえますか?  そこだけの話をされても困ります」
  清水先輩も、会長さんも、表情一つ動かさない。
「私や猪狩先輩が知らないことを、ももが知っているはずがない。だがら、教えて」
  凛津も口を挟んでくる。
「そりゃあ、澪よりはうちの姉貴や結香先輩の方が知ってるよな……」
「あ、僕はそういうのはパスで」
  名津君や鬼頭先輩も色々言ってくる。フォローはしてくれないけど……。
──それじゃ、駄目だ。
  誰かに頼ってちゃいけない。これくらい自分で何とかしなきゃ。
「本当に、私なんですか?」
  眼をそらしては駄目だと思った。
  私が何をしたのか、それは正しいことだったのか、それが何を及ぼしたのか。 知らなきゃいけない。
  でも、それはつまり、私が有馬先輩のことを──。
「私は、〈酒呑童子〉には会ったことはありません」
「そうだろうね。君は封印を解いただけ。そのときはまだ、〈酒呑童子〉は起きていなかった」
  さっきと──有馬先輩と同じだ。多分、私に怒っているわけじゃない。大丈夫。
「それより、どうやって私が〈酒呑童子〉の封印を解いたんですか?  場所は偶然見つけたのだとしても、方法まではわかりませんよ」
  どれだけ反駁しても、清水先輩は無表情のままだ。
「方法がわからなくてもいいんだよ。君の能力があれば」
「私の?」
  私の能力と言えば、鬼や〈退鬼師〉の能力を打ち消すこと。〈雑魚鬼〉を消滅させること。
  それくらいしか思い浮かばないけど……。
「なるほど。そりゃあ澪が封印を解けるはずだ」
  会長さんは私より先に思い至ったようだ。
「あ、あの、どういうことですか……?」
  察しの悪い私に、会長さんが助言をくれる。
「澪、封印されていたのは鬼だぞ?  封印したのは誰だと思う?」
「あ……」
  本当、私は鈍い。
「〈退鬼師〉」
「そ、大当たり」
  なんだかなぁ……。清水先輩、私のこと、小学生かだって思ってる節あるよ。
「君の能力は〈退鬼師〉の術の作用や鬼を元通りにしちゃうっていう優れもの。その代わり……」
「封印なんかも、跡形もなく消してしまう」
「ご名答だよ、澪ちゃん」
  清水先輩の話を聞いた会長さんが、ため息をついた。
「おかしいと思ったんですよ。あなたが急に澪に話しかけにいくから」
「あり。やっぱりバレちゃってたか~」
  いつの間にか、天真爛漫な清水先輩に戻っている。
「つまりももは、遊ばれてた」
  隣から凛津が口を挟んできた。
  いいよ、言わなくて……。それくらい理解したから。今更だけど。
「ちなみに結香ちゃんは、いつから私のこと疑ってたの?」
「清水先輩が澪を普通に誘ったあたりからです」
  呆れはてる会長さんに対し、清水先輩は笑いながら言う。
「あれを断られちゃったのは痛かったな~。私だって、澪ちゃんのこと半信半疑だったし」
「でも結局、後ろから見てましたよね?」
「え、結香ちゃん凄い!  それもバレてたの!?」
「先輩の行動パターンからわかります」
  えっ。そうだったの?  全然気付かなかった。
「じゃあ、何で放っておいたんですか?  〈霊鬼〉のこと」
  私の問いに、清水先輩は申し訳なさげに答える。
「あー……。私、澪ちゃんの能力だけ見て帰っちゃったから……。もうちょっと残ってたら、有馬君も連れていかれなくて済んだんだよね。ごめんね」
  清水先輩のせいなんかじゃない。私のせいだ。前で戦える私が、しっかりしてなかったから……。
「──もし、清水さんの話が本当なら、すぐに割れますよ。〈酒呑童子〉の居場所」
  突然鬼頭先輩が割り込んできた。
「でも、私……」
「……どうしたの?」
  凛津が聞いてくる。
「ずっと黙ってたんですが、私、一昨年の記憶が、すっぽり抜け落ちていて……」
  これは、有馬先輩にしか言っていないことだ。
「抜け落ちてる?」
  名津君がすっとんきょうな声を出す。
「う、うん。何の前触れもなくぷっつり途絶えてるんです。思い出そうとしても思い出せなくて……」
  狼狽える私に、鬼頭先輩が優しく教えてくれた。
「大丈夫ですよ。あいつの──〈酒呑童子〉のせいで、記憶が抜け落ちてるんだと思います。そんなに複雑なことじゃないので、すぐに戻りますよ」
「ほ、本当ですか!?」
  案外、あっさりと言われてしまった。ずっと、謎だった部分。それが、音もなく崩れ去ったような感覚。
  これで、全部わかる。全部思い出せる。
「あの~。例え〈酒呑童子〉の封印場所に〈霊鬼〉がいたとしても、その〈霊鬼〉はどうやって倒すんですか?」
  後ろから発言したのは名津君だ。
「それは、ももの能力でなんとかなるでしょ?」
  凛津が清水先輩に回答を求める。先輩からは、頷きが返ってきた。
「理論上の話だけど、澪ちゃんの力の加減次第で、真冬ちゃんの身体を傷つけずに〈霊鬼〉の芽を摘み取るのは可能だよ」
  ついさっきまで八方塞がりだったのに、うっすら光が見えてきた。
「じゃあ、あとはももの記憶だけだね」
  凛津は私の肩を掴む。
「もも、そこに立ってて」
「……へ?」
  な、何する気なの……?
「記憶を戻せばいいんでしょ?  なら、私の〈言霊〉でなんとかしてあげる」
「はぁ……」
  痛いのは嫌だなあ……。失敗すると〈言霊〉は痛いって、名津君に聞いたばかりなのに……。
「一つ約束。ももは能力を発動させないこと。この後の作戦にも関わってくるから」
  真冬さんを助けるためには、私の能力を過剰に反応させてはいけない。本気でやったら、真冬さんの存在を消すことも可能だ。
  凛津の〈言霊〉を消してしまうようでは、真冬さんを助けるだなんて、夢のまた夢だ。
「ま、練習もかねてってところだな。余計な力を入れる必要はないさ」
  会長さんが後押ししてくれる。
──大丈夫。これくらい、薙刀を振ることより簡単なんだから。
  根拠なんかない。でも、そう思うだけで少し楽になれた。
「じゃあもも、行くよ」
「了解です!」
  凛津が術式の組み立てに入る。
「『漂う言葉の切れ端達よ』」
──凄い。
  凛津の大がかりの術は、前にも一度見たことがあるけど、そのときも今も、漫画や小説の中にいるみたいな感覚がしている。
  あのときと違うのは──。
「『〈半鬼〉桃田澪の──』」
  その言葉が、誰でもない、私のためのものだということ。
「『記憶を戻せ』……!」

  その〈言霊〉と一緒に流れてくるのは、二年の間、失われていた記憶だった。
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