23 / 26
Case.5 霊鬼
第二十三話
しおりを挟むその〈言霊〉と一緒に流れてくるのは、二年の間、失われていた記憶。
『嬢ちゃん、どこ行くの? 学校は?』
『家出してきました。学校にも、二ヶ月くらい行ってません』
道で出会った、優しい人。
『あれ、中学生じゃない?』
私を指差す高校生。
そうだ、この場所は──。
『……光ってる』
何の変哲もない、低木の影。そう。何もない場所のはずだった。
『誰か、いるの?』
もちろん、それは答えない。
『待ってて。出してあげる』
それに手を触れた、その刹那──。
「…………」
「もも?」
心配してくれたのか、凛津が声をかけてくれる。
「……大丈夫」
穴が、塞がった。
そう。私が──。
「私が、〈酒呑童子〉の封印を解きました」
誰も、何も言わない。私は、今見た──いや、今思い出したことの全てを話す。
「二年前、家出をしたんです。きっかけは、ほんの些細な喧嘩でした」
自分の声だけが、静かに響く。そんなに広い教室でもないのに。
「宛もなく歩いてたどり着いた場所が、〈酒呑童子〉の封印場所でした。そのとき私は既に〈半鬼〉だったのでしょうね。封印に触れたとたんに壊れてしまった」
さっき私は、「〈酒呑童子〉に会ったことはない」と言った。確かに顔を合わせたことはない。でも、声だけなら聞いたことならある。
野太い声が、甦ってくる。
──なんだ子供か。こんな奴、喰ったところで腹の足しにもならん。
──まあいい。後で面倒なことにならぬよう、こいつの記憶は抜いておこう。
──さーて、準備運動でもしに行こうかね~。
鬼頭先輩の言う通り、私から記憶を抜いたのは〈酒呑童子〉だ。前後一年の記憶を抜かれたせいで、両親と喧嘩したことも忘れて、今も気まずいままでいる。
「それで澪ちゃん、〈酒呑童子〉の封印場所は思い出せた?」
清水先輩が催促してくる。
「……はい。この学校です」
「「「「え!?」」」」
ほとんど全員が、綺麗に声を揃える。
その中で、凛津だけはごく冷静だった。
「そもそもこの学校って、そういう場所でしょ」
「え? どういうこと?」
隣で名津君が頭に疑問符を浮かべている。
「どうしてこの学校ができたのか、ということですね」
どうやら鬼頭先輩は、名津君より先に答えにたどり着いているようだ。
「あ、そっか!」
名津君もようやく答えを見つけた。
この学校は、戦争中に増えすぎてしまった鬼を、なるべく一ヶ所に集めるためにできた。だから、この学校にはかなりの数の鬼がいるし、〈専科〉の卒業生で〈退鬼師〉として活動している人が多い。
木の葉を隠すなら、森の中。〈酒呑童子〉を隠すなら、鬼の中。
「……というよりかは、学校の方が後付けだけどね~」
清水先輩が突っ込んできた。
「〈酒呑童子〉を封印した人かその親族が、学校を作る責任者だったんじゃないかな? 〈酒呑童子〉が万が一復活しても、対応できるように」
清水先輩がいい感じにまとめる。
「その『対応した奴』が運悪く学生だったわけですか」
「そうだね、結香ちゃん。学校を建てた当初は急に〈酒呑童子〉が襲ってくることは想定してなったんだと思うよ。定期的に封印の様子は確認していたっていう記録は残ってるし」
つまり、いつか訪れるであろう〈酒呑童子〉の襲来が予測できなかった上に、たまたま巻き込まれたのが、有馬先輩と真冬さんだったわけだ。
「学校の経営者が変わったタイミングでその記録も途絶えてるから、そのときに場所も忘れられちゃったんだろうね」
清水先輩がうまくまとめてくれる。
「それだけわかったら、ようやく本題に入れますね」
会長さんがゆらりと立ち上がる。
「凛津、あいつの状態からして、残り時間はあとどれくらいだと思う?」
凛津はすぐには口を開かなかった。〈霊鬼〉──マユちゃんと仲がよかった私に配慮してのことかもしれない。
「……いつまでもはもたない。せいぜい、あと一時間か二時間」
それ以上経つと〈霊鬼〉の人格だけでなく、真冬さん本人の人格も消える。それに、有馬先輩も……。
「丁度、最終下校時刻ってわけか。どういう偶然かは知らないけど」
そのまま下級生を見回して叫んだ。
「四ッ谷学園高等部専部! これより〈霊鬼〉討伐及び、生徒二人の救出に向かう!」
最後に、こう付け加えた。
「全員無事に、下校するように」
* * *
「──……というわけ。だから、あの〈半鬼〉が必要なの」
一方そのころ、〈霊鬼〉に連れ去られた有馬は〈酒呑童子〉の話を聞かされていた。
「それは〈半鬼〉に執着する理由にはならねぇよ」
「それがそうでもないのよ。無理だったの。普通の人間じゃね。実験済みよ」
〈霊鬼〉は何を言われても同じような調子だった。
──まあ、理由くらい、いくらでも思い付く。せいぜいこいつがちゃんとした〈霊鬼〉じゃなかったからだろ。
有馬は、〈霊鬼〉の失敗の理由をそう考えていた。
この〈霊鬼〉には自覚がないのだろうが、今の彼女は鬼として不完全だ。自我を保った鬼の出現は、近年では全くない。彼女も、いつかは自我が消えるだろう。
それは、専部の中では周知の事実だった。この〈霊鬼〉と友達だという澪は、必ず救おうとするだろう。でもそれは、時間との、かなりハイリスクな勝負だった。
「ねぇ」
衝撃的な話をされても、ほとんど黙ったままの有馬に退屈を感じたのか、〈霊鬼〉から話しかけてくる。
「どうしてあの〈半鬼〉を逃がしたわけ? わかってたんでしょう? もし庇えば、かわりにあなたが捕まることくらい」
「聞いてどうするんだよ。そんなとこ」
「別にいいじゃない。気になるんだから」
冷たい笑顔が張り付いた〈霊鬼〉の顔を見ていた。その表情に、小酒井真冬だった頃の面影はない。顔は全く同じだというのに。
「あいつじゃ……桃田じゃ無理だと思ったんでね」
「何が?」
〈霊鬼〉は、有馬が何を言おうとしたのかわからなかったらしい。
「……自分で考えれば?」
皮肉を込めて言ったつもりだったが、〈霊鬼〉には通じなかったらしい。
「そんな必要はないわよ」
冷たい笑顔は、さらに深くなる。
「あの〈半鬼〉はここにはこれない。あなたもここで死ぬのよ? これで、証拠の隠滅は成功するわ」
そう言いながら〈霊鬼〉は印を切る。呼応するように、影が揺れる、集まってくる。影は、さっきよりも大きい。
──誤算だった。まさか、こんな急速に鬼化が進むとは思わなかった。
〈札〉は、〈餓鬼〉等の小さくてほとんど力も知能もない鬼には絶大な効果を発揮する。しかし、今の〈霊鬼〉のような知能を持ったものの相手となると、分が悪い。
それに加え、有馬の力は昔から訓練を積んできている凛津や猪狩より圧倒的に小さい。
それは、本人が一番わかっていることだ。〈霊鬼〉に敵うかどうかもわからない。
〈霊鬼〉の右手の人差し指が、宙を切ると同時に、影が自由自在に動き始めた。
霧になったかと思えば、刃のようにもなるその影に、対抗する術がないと言えば嘘になる。だがそれは、一種の賭けであった。
「ちっ。時間稼ぎをさせてしまったわね。あなたが変なことを聞くものだから」
「そりゃどーも」
〈酒呑童子〉とその封印の話を先に持ち出したのは有馬だった。知りたい、というよりも時間稼ぎをしたかった。
確かに〈霊鬼〉には時間がない。だが、〈退鬼師〉もそう長い時間戦えるわけでもない。バランスをとった、苦肉の策だ。
時間を稼ぐことはできたが、そんなにすぐに回復するわけではない。〈霊鬼〉との体力の差を利用して、応対するしかなかった。
「決めた! どうせ〈半鬼〉が来ないなら、あなたで試してあげる!」
その叫びとほぼ同時に、黒光りする刃のような影が、有馬の腕を切り裂いた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
慈愛と復讐の間
レクフル
ファンタジー
とある国に二人の赤子が生まれた。
一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。
慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。
これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。
だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。
大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。
そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。
そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。
慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。
想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……
竜皇女と呼ばれた娘
Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた
ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる
その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ
国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~
あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。
彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。
剣も魔法も得意ではない主人公は、
最強のメイドたちに守られながら生きている。
だが彼自身は、
「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。
自分にできることは何か。
この世界で、どう生きていくべきか。
最強の力を持つ者たちと、
何者でもない一人の青年。
その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。
本作は、
圧倒的な安心感のある日常パートと、
必要なときには本格的に描かれる戦い、
そして「守られる側の成長」を軸にした
完結済み長編ファンタジーです。
シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。
最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる