魂の封術士

悠奈

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第一章

第四話

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  桐は猫を抱えて座った。猫は怪我をした腕が痛いようで暴れているが、桐は慣れた手つきでなだめていた。
「姉ちゃん、お札」
「はいよ」
  アシスタントの咲姫さんが、さっき俺が触った札に似たものを桐に渡しす。それを触ったところで、静電気は起きない。
  暴れようとする猫を押さえて、札を猫の腕に巻き付けた。なにが起きているのかはわからない。けど、猫の表情が変わったことだけはわかる。
「桐は──」
  咲姫さんはおもむろに口を開いた。
「桐はちょっと特別なんだ。小和田の家では『封術士』しか生まれないけど、あいつは『呪術士』なの」
  猫は一鳴きして、どこかへ行ってしまった。元々野良猫だったのだろう。桐も追いかけることはしなかった。
「桐は動物とか人間の怪我を直すことができるけど、君やもちろん私もそんなことはできない。私は、日常生活に役に立つ能力は持ってないんだ」
  そう言う咲姫さんの横顔は寂しそうに見える。
「羨ましいの?」
「うん……。そうかもしれないね」
  これ以上聞く気にはならなかった。
  なにを話せばいいのなわからなくなったところで、襖の奥から十羽さんが見えた。
「やあ一希君。ここにいたのかい」
  芝居がかったその言い方に、今更言うことはない。
「高木君が、君に聞かなきゃいけないことはもうないってさ」
「じゃあ、証拠とか全部集まったってこと?」
  咲姫さんが口を挟む。
「いや、犯人の尻尾どころか、学校には事件に関係してそうな物すらなかったらしい」
「…………」
  それなら、あれは全部嘘だったのだろうか?  そんなはずはない。だって──。
「ところで一希君はこれからどうするつもりかい?」
  十羽さんは時計を見せてきた。
「もうバスないよ」
「えっ」
  ここはともかく、俺がいた集落はバスの需要はほとんどない。社会人や学生の帰宅ラッシュが終わると、バスはもうやってこない。
「今日は泊まっていきなよ」
  十羽さんはそう言った。
「でも、迷惑ですし──」
  彼の顔を見てぞっとした。なにか、腹に抱えていそうな顔。咲姫さんといい、この人といい、俺に関わるなにかがまだあって、それを隠しているのは明白だった。
「──……すみません。ありがとうございます」
  こちらにだって、知りたいこと、知っていなきゃいけないことがある。不本意だが、好意を受けとることにした。
「家の人に連絡するでしょ?  電話貸すよ?」
  咲姫さんが心配になったのか聞いてきた。
「あー……。それはもういいかな。多分家には誰もいないし」
「というと?」
  十羽さんが方眉をあげた。
「父親、帰ってこないんですよ。いつものことです」
  彼等は、この話を深く聞かなかった。

 * * *

「あの、そろそろ教えてくれませんか?  『魂の封術士』ってやつのこと」
  ようやくは食事の席でこれを聞く機会が巡ってきた。あの後もまとまった時間がなくて、後回しになってしまったのだ。
「……うん。そうだね」
  それだけ言って咲姫さんは席を立った。しばらくして、本を持って戻ってきた。
  明らかに新しい本だけど、少しだけ見えた本文は古い文体だった。模写したものなのだろうか。
「これ、なんの本なの?」
「これは、この神社で祀ってる人が書いた本」
  咲姫さんが本をめくりながら答えた。
「いわゆる予言書ってやつかな」
  あるページを示された。
  なんとなく覚えのある大きな出来事から、そんな細かいことまで……とむしろ感心してしまうような出来事まで、小さな字で書き連ねてある。ただ、西暦で書かれていないからわかりにくい。
  一番最後に、こんな内容の記述があった。
──六つの魂が無に帰るとき、魂を封じる術士が現れる
「年も日にちも一致してる。だから私はそれが君のことじゃないかって思った」
「なんで俺が……」
  咲姫さんは苦笑した。
「そう思うだろうね。……私だって思ったよ」
  彼女が黙ったところで、十羽さんが口を挟む。
「そもそも術士ってのは特定の家にしか生まれないんだよ。たがら僕等は、身内に現れると思っていた。身内のことさえ気にかけていたら、その記述みたいなことにはならないと思い込んでいた」
  その言葉には、自分達を責めているような響きがあった。
「あの、俺って、具体的にはなにができるんですか?」
  咲姫さんは一瞬なにかを考えたが、明るい表情で言った。
「じゃあ、試してみる?」

 * * *

  咲姫さんは「ここは御神体があるから、あの子は近づけない」と言って、俺の腕を引いた。
  連れていかれた場所には、誰もいなかった。
「おーい!  美也ちゃーん!」
  咲姫さんは誰かを探しているが、俺の目にはなにも見えない。
「あ、見つけた」
  咲姫さんはなにもない空間に向かって話している。
「咲姫さん?  そこになにが──」
「ねぇ今枝君」
  彼女は自分の目を指差した。
「『今』見えてるものが全てじゃないんだよ」
  彼女がなにを言おうとしたのかは、なんとなくわかった。でも、どうしてそんなことをする必要があるのか……。
  しぶしぶ眼鏡を外した。
  脳に送られる映像を見て目が丸くなった。
  そこに、なにかいる。それだけがはっきり見える。
「見えた?」
  そう聞かれたのでうなずいた。
  明らかに、生きている人間じゃない。人の形をしていない。手足がはえた埴輪とでもいおうか。とにかく、この世のものとは思えなかった。
「これはね、人間の魂。わかりやすく言うと幽霊かな」
  咲姫さんがそう言うや否や、その魂が形を変えた。小学生くらいの女の子だ。
「咲姫ちゃん。この人、私のこと見えるの?」
  不安そうなその声に、咲姫さんは優しく答える。
「そうだよ。大丈夫。怖い人じゃないから」
  その言葉で安心したのか、その子は俺の目の前まできた。
「わたしは島津美也だよ。宜しくね、お兄ちゃん!」
  「お兄ちゃん」と言われて、かなり焦った。一人っ子だから、こういうことに慣れていない。
「えっと、今枝です……」
  なにを言えばいいのかわからなくて、気圧されたみたいになってしまった。
「咲姫ちゃん。この人が道を教えてくれるの?」
「まあ、理屈ではね」
  二人の話についていけない。
  道とはなんのことだろうか?  俺になにができる?
  不安になって二人の様子を見ていると、咲姫さんは着物の袖を探りはじめた。
「お札お札……って、今日使ったんだっけ」
  大きすぎる独り言のあとで叫んだ。
「二人とも待ってて!  今取ってくるから!」
  それだけ言い残して、どこかへ走っていった。
  慌ただしいなぁ……。

  俺と美也さんと二人になって、急に気まずくなった。
「あなたは、咲姫ちゃんの友達なの?」
  向こうから声をかけてきた。彼女は年下なのに、情けない。
「友達というか……恩人?」
「命の?」
「まぁ……そう、かな」
  向き合っていた美也さんが、窓の方を向いた。窓からは桜が見えている。
「わたしね、帰り道をなくしちゃったんだ。死んだとき、お父さんとお母さんが呼び止める声が聞こえて、戻ってきちゃったの」
  表情は見えないが、悲しそうに聞こえる。
「でも、いつまでも一緒にはいられないから離れたけど、どこに行けばいいのかわからなくて。気付いたらこの桜の木の下にいたんだ」
  彼女は振り向いて笑顔を見せた。
「咲姫ちゃんて、優しいんだよ。わたしにも手を差しのべてくれる。放っておいても怨霊にならずに消えるだけのわたしのことも、助けようとしてくれた」
  怨霊。初めて聞く言葉だ。
「怨霊って、なんなの?」
「怨霊は……」
  彼女はそこまで言って口を閉じた。
「それは、咲姫ちゃんに聞いて。咲姫ちゃんの方が詳しいから」
  襖が開く音がした。咲姫さんが帰ってきたらしい。
「それじゃあ、宜しくね」
  美也さんは泣き笑いのような顔をした。

「そう。呪文とかはなくて、念をこめてお札をかざして」
  咲姫さんからお札を受け取った。
「それじゃあ、頼んだよ」
  彼女は顔を綻ばせる。微かにうなずいて、美也さんに向き直った。
「成仏、してください」
  霊体に触れることなく、彼女は淡い光に包まれた。
「ありがとう。お兄ちゃん」
  美也さんは、笑っていた。
「いいな……。今枝君は」
  咲姫さんがそう呟いた。
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