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第四章
第二十二話
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「うう……。嫌だ……。嫌だぁ~……」
咲姫が机に突っ伏して悲痛な声を出していた。
「なに? どうしたんだよ急に……」
突然そんな行動を取ったので心配になった。一応声をかけてみる。
「部活……行きたくない……」
「…………」
俺の心配を返せ。素直にそう言いたくなった。
俺の反応を見た咲姫はガバッと顔を上げる。
「ちょっと今枝君! 今、『なんだそんなことか』って思ったでしょ!」
なんでこういうことにだけ敏感なんだよ。普段は鈍感なくせに……。
咲姫は俺に構わずべらべらと話し始めた。
「一緒にダブルス組んでる子がさ、部活ガチ勢なの。どーして私がついていけると思ったんだろうね。毎日くたくただよ」
咲姫は頬を膨らませている。
テニス部に所属している彼女は、部内ではそこそこ強い部類らしい。ただ、一番強い人は突出しいるそうで、彼女でもついていくのは難しいそうだ。
「大会近いから休むわけにもいかないしな~。はぁ……」
盛大にため息をついている。
「他の人に代わってもらうとかは?」
「無理。皆逃げるもん」
それじゃあ打つ手なしか。
部活というものから逃げた身なので、無理に頑張れと言えるわけもなく、そのまま彼女の愚痴を聞き流していた。
* * *
あれからしばらくして、ダブルスを組んでいる張本人が迎えに来たので、咲姫は抵抗する術もなく連れ去られた。
行きたくないとぐする咲姫を引っ張りながら相手はにこにこしていた。端から見ると面白い。見ているだけだから言えることだけど。
「……帰るか」
かなり長い間、咲姫の愚痴を聞き流していたので、既にクラスには人っ子一人いなくなっている。戸締まりをしてから教室を出た。
道に蝉の死骸が落ちていた。もう七月の半ばだ。
学期中にあるテストも終わり、同じ学年の人は部活の大会に向けての練習か、受験勉強に勤しんでいる。
俺はどちらかというと後者だけど、これがなかなか進まない。
色々なことを考えながら歩いていたから、声をかけられるまで気が付かなかった。
「よ! 一希!」
背後に、あいつが立っていた。
「……竹田か」
実体のない魂に向かって「立っている」というのは表現がおかしいだろうか。
「なにしてるんだよ?」
「なに……って、学校の帰りだけど」
竹田は目を見開く。顔に「信じられない」と書いてある。
「学校って……。水原じゃないの?」
「…………」
そうか。こいつ、事件のこと覚えてないんだっけ……。
竹田はしゃべり続ける。
「いやー、一希に教えて貰ったバスで水原まで行こうと思ったんだけどさ、誰も俺に気づかなくて。歩いてるうちにまたここに戻ってきちゃったんだよ」
平然とそう言う彼に、寒気すら感じた。
水原の人達に認知されなかった理由は明白だ。だって、彼は──。
「なあ一希、どう思う? 南帆とかも見つからないし」
それには答えなかった。
伝えるべきなのだろうか、事件のこと。
事件のことなんか、知らない方がいいに決まってる。だけどこいつは当事者だ。
自分が今どんな状態なのか、ちゃんと把握してもらわないと、先には進めない。リスクだってある。
「竹田、ちょっといいか?」
不思議そうな顔が返ってきた。
「お前は、水原の人達どころか、本来なら誰にも気付かれない。認知できる存在じゃないんだ」
竹田の顔は驚いたままで固まっている。
もどかしかった。どう言葉を選んだら、一番衝撃が少なくなるかわからない。
もし立場が逆だったら、どうなってたのかな。こいつなら、言葉に詰まらなかったのかな。
「お前、俺と南帆が級長を探しに行ったところまで覚えてるんだよな」
反応を待たずに先に続ける。
「その後、級長は見つかった。けど……──」
──死んでいた。
その先は、今まで出てこなかったのが嘘のように、言葉が出てきた。
雲谷で事件のことについて聞かれたのは、直後の高木さんのときと、久世さんのときだけ。それ以外は、配慮してくれているのか、誰にも聞かれなかった。
自発的に思い出すこともなかった。再体験するのが怖かったから。
だからこんなにも饒舌に、すらすらと言葉が出てくることが不思議だった。別の誰かが話していることを、すぐ近くから聞いているような感覚だった。
俺が全部話し終えたとき、竹田は放心していた。
「他の奴は、今どうしてる?」
自分がこうして現世に残っているのだから、他の人達もそうだと考えたのだろう。
「級長と弘音は知らない。南帆は多分、まだどこかにいる」
一息ついてから吐き捨てた。
「穂積と樹は、成仏したよ。……俺がやった」
竹田の目が大きくなった。
そうだよな。当然の反応だ。俺だって、受け入れたくないよ。
長い沈黙の後、ようやく竹田が口を開いた。
「俺は、これからどうしたらいいんだ?」
まさか向こうから聞いてくるとは思わなかった。
「……成仏、するしかない」
竹田はもう驚かなかった。
「選択肢はないんだ。リスクが大きすぎる」
「…………」
どうしたらいいんだろう。南帆みたいに拒絶されたら、どうしようもない。
「……わかった」
「え……」
答えがあっさりしすぎていて拍子抜けた。
「わかったって言ったんだよ、聞こえなかった?」
「聞こえなかったわけじゃないけど……」
竹田は案外楽しそうにしている。
「ほら、あれだろ? 除霊ってなんか面白いアイテム使うんだろ?」
やっぱり子どもっぽい。間違ってはないんだけど……。
生徒手帳に挟んである札を取ろうと目を離した。
──ただ、それだけだったのに。
「一希……。ゴメン、ナ」
耳元で、そんな声が聞こえた。
目の前にいた彼の魂は形を変え、もう人の形をしていなかった。
俺は初動を間違えた。
もしかしたら、救えた魂だったかもしれないのに──。
咲姫が机に突っ伏して悲痛な声を出していた。
「なに? どうしたんだよ急に……」
突然そんな行動を取ったので心配になった。一応声をかけてみる。
「部活……行きたくない……」
「…………」
俺の心配を返せ。素直にそう言いたくなった。
俺の反応を見た咲姫はガバッと顔を上げる。
「ちょっと今枝君! 今、『なんだそんなことか』って思ったでしょ!」
なんでこういうことにだけ敏感なんだよ。普段は鈍感なくせに……。
咲姫は俺に構わずべらべらと話し始めた。
「一緒にダブルス組んでる子がさ、部活ガチ勢なの。どーして私がついていけると思ったんだろうね。毎日くたくただよ」
咲姫は頬を膨らませている。
テニス部に所属している彼女は、部内ではそこそこ強い部類らしい。ただ、一番強い人は突出しいるそうで、彼女でもついていくのは難しいそうだ。
「大会近いから休むわけにもいかないしな~。はぁ……」
盛大にため息をついている。
「他の人に代わってもらうとかは?」
「無理。皆逃げるもん」
それじゃあ打つ手なしか。
部活というものから逃げた身なので、無理に頑張れと言えるわけもなく、そのまま彼女の愚痴を聞き流していた。
* * *
あれからしばらくして、ダブルスを組んでいる張本人が迎えに来たので、咲姫は抵抗する術もなく連れ去られた。
行きたくないとぐする咲姫を引っ張りながら相手はにこにこしていた。端から見ると面白い。見ているだけだから言えることだけど。
「……帰るか」
かなり長い間、咲姫の愚痴を聞き流していたので、既にクラスには人っ子一人いなくなっている。戸締まりをしてから教室を出た。
道に蝉の死骸が落ちていた。もう七月の半ばだ。
学期中にあるテストも終わり、同じ学年の人は部活の大会に向けての練習か、受験勉強に勤しんでいる。
俺はどちらかというと後者だけど、これがなかなか進まない。
色々なことを考えながら歩いていたから、声をかけられるまで気が付かなかった。
「よ! 一希!」
背後に、あいつが立っていた。
「……竹田か」
実体のない魂に向かって「立っている」というのは表現がおかしいだろうか。
「なにしてるんだよ?」
「なに……って、学校の帰りだけど」
竹田は目を見開く。顔に「信じられない」と書いてある。
「学校って……。水原じゃないの?」
「…………」
そうか。こいつ、事件のこと覚えてないんだっけ……。
竹田はしゃべり続ける。
「いやー、一希に教えて貰ったバスで水原まで行こうと思ったんだけどさ、誰も俺に気づかなくて。歩いてるうちにまたここに戻ってきちゃったんだよ」
平然とそう言う彼に、寒気すら感じた。
水原の人達に認知されなかった理由は明白だ。だって、彼は──。
「なあ一希、どう思う? 南帆とかも見つからないし」
それには答えなかった。
伝えるべきなのだろうか、事件のこと。
事件のことなんか、知らない方がいいに決まってる。だけどこいつは当事者だ。
自分が今どんな状態なのか、ちゃんと把握してもらわないと、先には進めない。リスクだってある。
「竹田、ちょっといいか?」
不思議そうな顔が返ってきた。
「お前は、水原の人達どころか、本来なら誰にも気付かれない。認知できる存在じゃないんだ」
竹田の顔は驚いたままで固まっている。
もどかしかった。どう言葉を選んだら、一番衝撃が少なくなるかわからない。
もし立場が逆だったら、どうなってたのかな。こいつなら、言葉に詰まらなかったのかな。
「お前、俺と南帆が級長を探しに行ったところまで覚えてるんだよな」
反応を待たずに先に続ける。
「その後、級長は見つかった。けど……──」
──死んでいた。
その先は、今まで出てこなかったのが嘘のように、言葉が出てきた。
雲谷で事件のことについて聞かれたのは、直後の高木さんのときと、久世さんのときだけ。それ以外は、配慮してくれているのか、誰にも聞かれなかった。
自発的に思い出すこともなかった。再体験するのが怖かったから。
だからこんなにも饒舌に、すらすらと言葉が出てくることが不思議だった。別の誰かが話していることを、すぐ近くから聞いているような感覚だった。
俺が全部話し終えたとき、竹田は放心していた。
「他の奴は、今どうしてる?」
自分がこうして現世に残っているのだから、他の人達もそうだと考えたのだろう。
「級長と弘音は知らない。南帆は多分、まだどこかにいる」
一息ついてから吐き捨てた。
「穂積と樹は、成仏したよ。……俺がやった」
竹田の目が大きくなった。
そうだよな。当然の反応だ。俺だって、受け入れたくないよ。
長い沈黙の後、ようやく竹田が口を開いた。
「俺は、これからどうしたらいいんだ?」
まさか向こうから聞いてくるとは思わなかった。
「……成仏、するしかない」
竹田はもう驚かなかった。
「選択肢はないんだ。リスクが大きすぎる」
「…………」
どうしたらいいんだろう。南帆みたいに拒絶されたら、どうしようもない。
「……わかった」
「え……」
答えがあっさりしすぎていて拍子抜けた。
「わかったって言ったんだよ、聞こえなかった?」
「聞こえなかったわけじゃないけど……」
竹田は案外楽しそうにしている。
「ほら、あれだろ? 除霊ってなんか面白いアイテム使うんだろ?」
やっぱり子どもっぽい。間違ってはないんだけど……。
生徒手帳に挟んである札を取ろうと目を離した。
──ただ、それだけだったのに。
「一希……。ゴメン、ナ」
耳元で、そんな声が聞こえた。
目の前にいた彼の魂は形を変え、もう人の形をしていなかった。
俺は初動を間違えた。
もしかしたら、救えた魂だったかもしれないのに──。
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