魂の封術士

悠奈

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第四章

第二十五話

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  久々に、あの人の夢を見た。

  なにがきっかけで目が覚めたのかはわからない。泣いてはいなかったけど、異様に疲れていた。眠っている間、なにを見たのかは思い出せない。
  突然入ってきた光に、目を細める。そうか。まだ、昼間だったのか。
  七月も半分が過ぎたと言うのに、うすら寒かった。熱でもあるのだろうか。
  見慣れた部屋はしかし、本当の自分の部屋ではない。
  部屋には自分以外、誰もいない。漠然と不安だった。
  捨てられた。直感的に、そう思った。
「あ……」
  多分、昔の夢を見たんだ。あの人はいつもいなくて、その代わりに、あいつ等がいて──。
  それももう、全部なくしてしまった。
  気が付いたら、泣いていた。
  涙は止まってくれなかった。事件以来、初めて泣き叫んだ。
  遠くから足音が聞こえていた。急いでいる。
  彼が部屋に入ってきた。手に持っていたなにかをどこかへ置く。顔を布団に埋めて泣いている俺の背中を、さすってくれた。
  なにもかも捨ててすがりつきたかったけど、薄い布団から出せたのは右手だけで、あとはなにもできなかった。
  華奢なその手は安心させてくれた。けど、知ってる手ではなかった。

「すみません……。また置いていかれたと思って……」
  十羽さんはなにも聞かなかった。
  学校でフラッシュバックを起こした後、すぐに帰された。このまま授業を受けるのは無理だと判断されたのだろう。下校中に身体がきつくなってきて、神社に着いて十羽さんの顔を見た後の記憶がない。気付いたらこの有様だ。彼の大学は、既に夏休みに入っている。
  何度も背中をさすられるうちになんとか泣き止めたけど、不安感は残ったままだった。どうしようもなく不安で、十羽さんの手を握っていた。
「あいつが、夢の中にいたんです。けど、顔は思いなくて」
  あいつの魂を消したことは、十羽さんにも咲姫にも伝えていた。
「ずっと、水原が嫌いだったんです。除け者にされてたから。……俺は元々、あの集落の人間じゃない」
  隠していたわけじゃなかった。話す機会がなかっただけだ。
  あそこは、来る者にも去る者にも厳しい。昔からの形を第一に考えている場所だから。
  俺も父親も、例に漏れなかった。一年くらいは、人と顔を合わせる度に「出ていけ」と言われた。父さんは仕事で集落にいないことが多かったから、的になるのはいつも俺だった。
  そんな父親の代わりに、水原にいた親戚が家事をしてくれていたし、考えの古い老人から庇ってくれていた。その親戚も、最近亡くなった。
「学校でも、あいつにいいように扱われて……それで……」
  ようやく止まったはずの涙がまた溢れそうになる。なんとか堪えて口を開いた。
「見かねた南帆が本気で怒った後は、そんなことはなくなりました。それでも集落のお年寄りは納得できなかったみたいだけど……」
  そんなことはどうでもよかった。たかがたまに道で見かける他人だ。
「あいつは、忘れてたんですよ。そんなこと。俺も……特段気にしていたわけじゃなかったけど……。ずっと違和感があった。学年が上がるにつれてあいつとよく話すようになって、あれはなんだったんだろうって……」
  思わず、右手に力を入れてしまう。十羽さんはなにも言わない。布団から顔を出していないので、どんな顔をしているのかもわからない。
「段々わからなくなって、考えるのをやめたんです。あいつは『昔は嫌いだった奴』。それでいいじゃないかって。それが今になって、こんな……」
  単純に、あいつが消えただけならどれだけよかったか。自分が手を下した。その事実が一番重かった。
  彼女は──咲姫は、どうやって乗り越えたんだろう。
「馬鹿みたいですよね。嫌いだとか、散々嫌なこと言っておいて、今度は忘れたくないって泣いて……」
  罵られた方が楽だった。むしろ、そうしてほしかった。
  そうしなかったのは、彼の優しさなのかもしれない。
「馬鹿なんかじゃないさ。今までずっと大好きだったものが、ある日突然嫌いになったりする。その逆もあるだろ?」
  布団から、目だけを出してみた。眼鏡はないので当然、もやがかかったようになにも見えない。
「僕も、両親のことは嫌いだったよ!  思春期特有の一時的なやつだったけどね!」
  その声は楽しそうに聞こえる。少なくとも、後悔の念は感じられない。
「それでも、どうしようもなく悲しい時間はやってくるんだろうね。忘れたくない。その気持ちはわかるよ」
  少し高めの、優しい声。いつもふざけてばかりのこの人の存在に安堵した。
「十羽さんは、どうやって乗り越えたんですか……?」
  聞いていい質問じゃないかもしれない。自分で考えなきゃいけないことかもしれない。けど、そんな気力は残っていなかった。
「ふっふっふ。君には秘密兵器を教えてあげよう」
  小学生か幼稚園児をあやしているような口調だった。今のこの状況じゃ、間違ってないかもしれないが。
「君はまだ、彼のことを覚えているだろ?」
「…………」
  そうだ。今、この人に語ってみせたことが全てだ。
「魂が消えたからといって、今すぐに、なにもかもなくなってしまうわけではないんだよ」
  そう言って、彼は笑っていた。
  外から物音がした。十羽さんが「お、桐の奴帰ってきたか」と顔を上げる。
「……ありがとうございました」
  握ったままだった右手を、ようやく離すことができた。胃の底に巣食っていた不安感も、今はかなり薄れてきている。
  十羽さんは「お大事にね」とだけ言って、部屋を出ていった。
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