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第五章
第二十七話
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「それじゃあ今枝君、あとよろしく!」
そう言い残して咲姫は神社をあとにした。どうやら終わらない宿題を友達と一緒にやるつもりらしい。もうすぐお盆休みが終わる。早いうちに終わらせておきたいそうだ。彼女の場合、一人でやるよりも複数人の方が効率がいい。勉強しているかと思っていたら机に突っ伏していることが何度もあった。
俺もさっさと宿題終わらせようかな。受験勉強とか、置いていかれるの嫌だし。
そんな適当な理由で机に向かっていた。
それにしても「あとはよろしく」って、別れの挨拶みたいだ。大した意図はないだろうけど、なんとなく不安になる。
三年生の宿題は少ないからすぐに終わるだろうと思ってたいたけど、実際はそううまくいかなかった。やっぱり七月後半さぼりすぎたかな……。
げんなりしながら、なんとなく上を見上げてみた。ばちっと視線が合う。
「げっ……」
明らかに嫌そうな顔が目に入る。
「なにしてんだよ、桐」
話しかけてみたが、彼は目を泳がせるだけでなにも言わない。シャツの下が不自然に膨れている。
ああ、そういうことか。
「じゃ、じゃあな!」
桐はそれだけ吐き捨てて走ろうとした。自分が悪いことをしているという自覚があるのか、ばつの悪そうな顔。
本人は速く走っているつもりだろうが、腹に抱えたなにかが阻害している。
「別に怒ったりしないよ。咲姫じゃあるまいし」
彼の行動は別に悪いことではない。咲姫曰く、度がすぎているだけだ。
桐は動きを止め、少し躊躇ったあとで近付いてきた。
無言で側に座り、腹の中に隠してあったそれを出す。
「…………」
犬だった。まだ生後間もない。
「こいつ、道に落ちてた。自転車にはねられたんだと思う」
「……そっか」
生きているかどうかは判断がつかない。ただ、ぐったりしているだけなのか、それとも、手遅れなのか。
桐も、それを手の平に乗せて黙っていた。唇をきつく噛んで、それを見ていた。この子を弔ってやろうとしていたんだ。
どう声をかけたらいいのか迷っていると、突然桐は目を見開いて俺の方を見た。
「今、動いた」
「え?」
手の平に乗せているからこそわかったのだろう。諦めかけていた桐の目に光が浮かぶ。
「こどもは冷やしちゃいけないから……。お湯沸かして!」
恐らく何度も同じことをしていたのだ。判断が早い。
桐の声が妙に弾んでいる。まだ助けられると決まったわけではないが、可能性があるというだけで嬉しかった。
やかんが音をたて始めた頃、桐は札とタオルに包まれた犬を持っていた。
犬をテーブルの上に置く。その上に、犬よりも一回り大きな札をかざす。
鋭く息を吐く音がした。同時に札が消え、小さな身体についた傷が治っていく。
思わず見とれてしまった。六つも年下の彼の術は、自分のものに比べようもないほど綺麗だった。
ペットボトルに沸かした湯を入れ、即席の湯たんぽを作り、犬と一緒に段ボールの中へ入れた。犬はもぞもぞと動いている。生れたばかりなら、そんなものだろう。
手放しに喜べる状態ではないが、ひとまず安心した。
隣で桐が詰めていた息を吐き出した。
「疲れた?」
一言そう聞くと、桐は「そんなことない」とでも言っているかのように顔をそらす。少し赤い。図星だったのだろう。
「こいつ、これからどうするの?」
そう聞かれた。
「拾ってきたからには当分ここで面倒を見るしかないかな。十羽さんとか咲姫にも相談して……いや、菜月さんとかの方がいいのかな……」
また一人で考え込みそうになったところで、桐の表情に気付く。眉間にしわをよせて、気難しい顔をしている。
「そんなに姉ちゃんにばれるのが嫌なの?」
「別に……」
また顔をそらされてしまった。
変なことを言ってしまったのか。ここに居着いてから半年ほど経つが、未だに桐との会話のコツを掴めていない。難しい。
「兄ちゃんも姉ちゃんもずっと家にいるわけじゃないし、飼うのは無理」
小学生とは思えないほど冷静に物事を見ている。
「父さんや母さんも一緒だ。あと一週間もしたら、また海外に行くって言ってた」
声が、聞いたこともないくらいに沈んでいた。
桐は野良の動物を拾っては治療してきたそうだ。俺も何度かその姿を目撃したのとがある。けど、ここまで感情移入したのは初めてなんだろう。
けど、飼うことはできない。それは本人もよくわかっている。
「保護施設とか保健所に預けるしかないかな」
保護施設はともかく、保健所はできるだけ避けたい。手のかかる仔犬は、いつまで生かしてもらえるかわからない。
「それか、犬好きの友達に飼ってもらうとか……」
桐の顔が曇る。そういえばこいつ、極度の人見知りなんだっけ。
「……クラスに、犬飼いたいって言ってる人はいる」
「じゃあその子に頼んでみたらいいじゃん」
「…………」
まあ、そううまくはいかないよな。
あては全くないけど、俺も一緒に探そうと思った。
俺よりも咲姫とか十羽さんの方が顔広そうだし、四人の知り合い片っ端からあたればなんとかなるだろう……と呑気に構えていた。
足音が近付いてくる。一人だ。
誰だろうと勘繰る間もなく、正体が現れる。
十羽さんだった。深刻な顔をしている。
「咲姫が、消えたそうだ」
その事件は、俺の中で曖昧だった「魂の呪術士」の存在を根底から変えることになった。
そう言い残して咲姫は神社をあとにした。どうやら終わらない宿題を友達と一緒にやるつもりらしい。もうすぐお盆休みが終わる。早いうちに終わらせておきたいそうだ。彼女の場合、一人でやるよりも複数人の方が効率がいい。勉強しているかと思っていたら机に突っ伏していることが何度もあった。
俺もさっさと宿題終わらせようかな。受験勉強とか、置いていかれるの嫌だし。
そんな適当な理由で机に向かっていた。
それにしても「あとはよろしく」って、別れの挨拶みたいだ。大した意図はないだろうけど、なんとなく不安になる。
三年生の宿題は少ないからすぐに終わるだろうと思ってたいたけど、実際はそううまくいかなかった。やっぱり七月後半さぼりすぎたかな……。
げんなりしながら、なんとなく上を見上げてみた。ばちっと視線が合う。
「げっ……」
明らかに嫌そうな顔が目に入る。
「なにしてんだよ、桐」
話しかけてみたが、彼は目を泳がせるだけでなにも言わない。シャツの下が不自然に膨れている。
ああ、そういうことか。
「じゃ、じゃあな!」
桐はそれだけ吐き捨てて走ろうとした。自分が悪いことをしているという自覚があるのか、ばつの悪そうな顔。
本人は速く走っているつもりだろうが、腹に抱えたなにかが阻害している。
「別に怒ったりしないよ。咲姫じゃあるまいし」
彼の行動は別に悪いことではない。咲姫曰く、度がすぎているだけだ。
桐は動きを止め、少し躊躇ったあとで近付いてきた。
無言で側に座り、腹の中に隠してあったそれを出す。
「…………」
犬だった。まだ生後間もない。
「こいつ、道に落ちてた。自転車にはねられたんだと思う」
「……そっか」
生きているかどうかは判断がつかない。ただ、ぐったりしているだけなのか、それとも、手遅れなのか。
桐も、それを手の平に乗せて黙っていた。唇をきつく噛んで、それを見ていた。この子を弔ってやろうとしていたんだ。
どう声をかけたらいいのか迷っていると、突然桐は目を見開いて俺の方を見た。
「今、動いた」
「え?」
手の平に乗せているからこそわかったのだろう。諦めかけていた桐の目に光が浮かぶ。
「こどもは冷やしちゃいけないから……。お湯沸かして!」
恐らく何度も同じことをしていたのだ。判断が早い。
桐の声が妙に弾んでいる。まだ助けられると決まったわけではないが、可能性があるというだけで嬉しかった。
やかんが音をたて始めた頃、桐は札とタオルに包まれた犬を持っていた。
犬をテーブルの上に置く。その上に、犬よりも一回り大きな札をかざす。
鋭く息を吐く音がした。同時に札が消え、小さな身体についた傷が治っていく。
思わず見とれてしまった。六つも年下の彼の術は、自分のものに比べようもないほど綺麗だった。
ペットボトルに沸かした湯を入れ、即席の湯たんぽを作り、犬と一緒に段ボールの中へ入れた。犬はもぞもぞと動いている。生れたばかりなら、そんなものだろう。
手放しに喜べる状態ではないが、ひとまず安心した。
隣で桐が詰めていた息を吐き出した。
「疲れた?」
一言そう聞くと、桐は「そんなことない」とでも言っているかのように顔をそらす。少し赤い。図星だったのだろう。
「こいつ、これからどうするの?」
そう聞かれた。
「拾ってきたからには当分ここで面倒を見るしかないかな。十羽さんとか咲姫にも相談して……いや、菜月さんとかの方がいいのかな……」
また一人で考え込みそうになったところで、桐の表情に気付く。眉間にしわをよせて、気難しい顔をしている。
「そんなに姉ちゃんにばれるのが嫌なの?」
「別に……」
また顔をそらされてしまった。
変なことを言ってしまったのか。ここに居着いてから半年ほど経つが、未だに桐との会話のコツを掴めていない。難しい。
「兄ちゃんも姉ちゃんもずっと家にいるわけじゃないし、飼うのは無理」
小学生とは思えないほど冷静に物事を見ている。
「父さんや母さんも一緒だ。あと一週間もしたら、また海外に行くって言ってた」
声が、聞いたこともないくらいに沈んでいた。
桐は野良の動物を拾っては治療してきたそうだ。俺も何度かその姿を目撃したのとがある。けど、ここまで感情移入したのは初めてなんだろう。
けど、飼うことはできない。それは本人もよくわかっている。
「保護施設とか保健所に預けるしかないかな」
保護施設はともかく、保健所はできるだけ避けたい。手のかかる仔犬は、いつまで生かしてもらえるかわからない。
「それか、犬好きの友達に飼ってもらうとか……」
桐の顔が曇る。そういえばこいつ、極度の人見知りなんだっけ。
「……クラスに、犬飼いたいって言ってる人はいる」
「じゃあその子に頼んでみたらいいじゃん」
「…………」
まあ、そううまくはいかないよな。
あては全くないけど、俺も一緒に探そうと思った。
俺よりも咲姫とか十羽さんの方が顔広そうだし、四人の知り合い片っ端からあたればなんとかなるだろう……と呑気に構えていた。
足音が近付いてくる。一人だ。
誰だろうと勘繰る間もなく、正体が現れる。
十羽さんだった。深刻な顔をしている。
「咲姫が、消えたそうだ」
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