魂の封術士

悠奈

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第五章

第二十九話

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「おーい!  皆起きて!」
  そう叫んで彼女達の肩を揺さぶっても、誰も目を覚ます気配はない。すぐに諦めた。
  私達、どうしちゃったんだろう……。
  なにもわからない状況で、少しだけ不安になる。
「あー、だめだめ!  私がちゃんとしないと!」
  頭を振って、それを追い出した。
  私は小和田咲姫。今日は倉橋のぞみの家で、四人で勉強会をしていた。その途中で、寝てしまった……ような気がする。
  よし、大丈夫。思い出せる。曖昧なのは気にしない。
  床──があったとされる虚無に横たわる三人の顔を見た。苦しんでいる様子はない。むしろ安らかな顔をしている。

  けど、息はしていない。

  心臓は動いてるよね……?
  にわかに不安になり確認する。
  大丈夫。私含めて全員動いてはいる。
  考えられることは、一つしかなかった。

  そう。私は、この状況を知っている。

  暗い虚無に浮かぶ、不定形の粒子。それが全てを物語っているようだった。
「お母さん、お父さん。大丈夫。私、今度は失敗しないからね」
  魂を抜かれた人間は、生命活動のほとんどが止まる。例外は心臓だけ。
  どういう原理かはわからないけど、魂が消えない限り、心臓は止まらない。だからと言って、油断はできない。呼吸が止まったことによる身体へのダメージがどれだけあるかわからないから。
  お母さん達のときは、そんな心配をする必要はなかった。
  急速に進む怨霊化。そして、私の能力──。
  私の力では、彼女達を助けるのは無理。
「だから、お願い……!」
  私は、私にできることをするんだ。
  そう決意し、膨れようとする三つの魂に向き直った。

 * * *

「倉橋さんこんにちはー。小和田でーす」
  十羽さんが気の抜けた声で挨拶した。
  家の奥から女性が慌てて出てきた。
  ここは倉橋さんの家の前。咲姫と倉橋さんは昔から仲が良かったそうなので、十羽さんが家の場所を知っていた。
  青い顔をして平謝りする倉橋さんをなだめている。自然にそんなことができるのは、彼の人となりなんだろう。
  ここで俺が出ていったところで、話が滞るだけなので黙っている。自分にはできないこと。観察して、いつかできるように……と思う。
  十羽さんはなかなか話を持ち出さない。タイミングと言葉を探っているのだろうか。
  そんなことを考え始めたところで十羽さんは言う。
「少しだけ中を見せてくれませんか?」
  意外と直球できた。気が動転している倉橋さんはすぐに案内してくれる。
  倉橋さんはほとんど話したことないクラスメイトだ。
  ごめん、よく知らない奴が部屋に入ったりして……。もしなにもなかったらすぐに引き返すから。心の中で倉橋さんに謝りながら十羽さんのあとを追う。
  そこに足を踏み入れた瞬間、違和感に気付いた。
  可愛らしい部屋には、変なところはない。ある一点を除いて。
  少量の血。誰のものかは、知る術もない。
  けど、それがなにを示しているかは感覚的にわかった。
  それに、この感じ──。

  そこに、魂があった。もしくは抜かれた。

「どうだい?  一希君」
  十羽さんに話しかけられ、思考を一旦停止する。
「間違いないと思います。──魂の、呪術士」
  驚かれなかった。ある程度予想していたのだろうか。
「ん?  それにしては……」
  十羽さんも気付いたようだ。
「流れた血の量が、少ない」
  水原の事件を見たら嫌でもわかる。人の魂は身体との結びつきが強い。だから、あれほどの血が流れたのだ。
  眼鏡を外して視てみる。存在が確定していない魂は、フィルターに弾かれてしまう。
「……いました」
  凝縮された、黒い空間。そこにいるのは、三つの魂。
  数が足りない。なら、もしかしたら、彼女は──。
「僕にも見せてくれる?  咲姫と違って僕には霊感みたいなのはないからさ」
「でも……。どうやったら……」
  歯切れの悪い答えに、にっこりとした笑顔が返ってくる。そして右手にポンと置かれたのは札。
「さてこれでよし」
  え、なにがいいの?
「ふーん。あれをどうにかして壊すなりなんなりしたらいいのかい?」
  十羽さんの奇怪な行動はいつものことだ。無理矢理納得する。
「さあ……。どうでしょうか」
  とは言いつつも、あまり下手なことをしない方がいいと思う。
  そう口に出さなかったのを後悔した。
「よぅし。いくぞぉ」
  間延びしたかけ声。
  まさか……。
「うらぁ!」
  その身体のどこからそんな声が出ているのか。普段の数倍も野太い。
  気合いと共に札が振り下ろされる。
  空間が、音をたてて弾けた。

  暗い。ついさっきまで、明るい部屋だったのに。
「いやー。失敗失敗」
  さっきまで隣に立っていたはずの十羽さんが、あぐらをかいて頭を掻いていた。
「うん。まさか僕達の方があの空間に入っちゃうとはね!」
  ほの間たっぷり十秒。
「………………え」
  なにが楽しいのか、十羽さんはぺらぺら喋っている。
「いやー。この空間すごいね!  魂を留めておくためのものかな?  分厚い!  脱出経路がない!」
  いやいやいや……。なんでそんなにわくわくしてるんだよ……。
  思わずげんなりしてしまった。
  ここから出る方法はわからない。ここいた魂をどうにかしたら、もしかしたら。
  ふいに、目の端でなにかが光った。
「──……一希君!」

  そこにあったのは、あいつ等に似た、形の決まらない粒子だった。
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