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第十一章
第五十六話
しおりを挟む「今枝君、本気で言ってる?」
ぴしゃりと切り捨てられた。それは無理だと、明確に。
「久世さんって、もう何度も君を襲ってるんだよ? 次はなにがあるかわからないじゃない!」
彼女が突然態度を変えた理由に、思い当たることができなかった。
咲姫はため息をつく。興奮する自分を律するように。
「あの人は、危険だよ」
改めてそう言われると、自分に自信がなくなる。
わかってるはずなんだ。久世さんは知らない仲というわけでもない。
だからこそ、俺は甘いのではないか。自分が知っている「彼」を信じすぎているのではないか。
「……咲姫がそれ言うのは、説得力ないんだけど」
「は?」
今までで一番きつい反応をされた。そうなるだろうな。相当怒ってるみたいだし。
「父さんのときのことだよ」
あのとき咲姫は父さんに、「実験台になってくれますか?」と言った。けど、裏を返せばそれは、自分のことも実験台にすることになる。自分から危険に突っ込んでいきながら、俺を説教するのはどうかと思う。
「それに久世さんは目的のほとんどは終えてるんだろ? なら、なるべく穏便に済ませたい」
「『ほとんど』、でしょ。まだ一番大きなのが残ってる」
言い返せない。結局、一番危険なのは自分なのだ。
「……あの人、どこまで本気なんだろうな」
「さあねぇ~。ちょっと相手しただけじゃわからなかったよ」
十羽さんが口を挟む。相変わらず緊張感はない。
「とにかく、私は絶対に反対だからね! そもそも君になにかあったら南帆ちゃんになんて言うの?」
咲姫が怒鳴る。
「い、いや、なんでその名前が出てくるんだよ」
「なんとなく」
そんな様子を十羽さんが「ひゅーひゅー」と冷やかしてくる。あなたはちょっと黙っててください。
無言の睨み合いが続く。先に口を出した方が負けなような気がしてくる。
「俺は、咲姫が思うようなことはしたくない」
彼女がこれだけ言うのだ。口に出さないだけで、殺すつもりなのはわかる。
これが最適解なのも理解している。そうしてしまえば、もう二度と手を出すことはできない。
けど、納得できないのだ。結局やることは久世さんと同じ。彼を法で裁くことができないからといって、そんなことはできない。逆に自分が法に裁かれる可能性もある。
水原の奴等に冷たいと言われても仕方ないことを考えている。それは自分でも自覚している。けれど、自分が罪を犯して本末転倒になるのは違うと思う。
咲姫は態度を変えなかった。
「私は、それでうまくいくとは思えない」
それだけ言って、部屋に籠ってしまった。
* * *
「はぁ~……」
思わず盛大なため息をつく。今更後悔しても遅い。そう理解しているからこそしてしまうのだ。
たった一つの意見の相違が、こんなことになるとは思わなかった。
あれから咲姫とは口をきいていない。一方的に無視されている状態だ。
咲姫がそんなになる理由は、桐にはわからないみたいだし、十羽さんも教えてくれなかった。「多分君は知っているはずだ」そう言って。
久世さん個人に恨みがある、その線は薄いだろう。久世さんは水原の人で、咲姫は雲谷の人だ。接点がない。
なら、「魂の呪術士」に対して?
「あれ、確かそんな話あった気が……」
何ヵ月も前の話。脳裏にちらちらと甦る会話。点はぽつぽつと浮かんでいるのに繋がらない。
自分が嫌になる。そんな重要なことを忘れていて、それを意識した今も思い出せないでいる。
無意味な思考と一緒に足が動く。気づいたら、南帆が雲谷に来てからずっといた川だった。
水辺の突き刺すような寒さは人を寄せ付けない。俺以外に人はいなかった。
川に沿って歩いてみる。目的はない。なんとなく、そうしてみたかったのだ。
下を向いて、なんの変哲もない砂利道を見ながら歩く。歩くのは嫌いじゃない。なにも考えなくてすむから。
段々日が傾いてきた。さすがに帰らないとまずいかなと思い始めたとき、なにかの音が聞こえてきた。
なんの音かまでは、判別できない。
嫌な予感がして足を速める。自分に関することだとは限らないのに胸騒ぎがする。
なにもなかったねで終わってほしい。頭の中はそればかりだった。
彼等がいたのは、そう遠い場所ではなかった。
何度目だろう? 自分の目を疑うのは。
「なんで……お前が……」
そこに久世さんがいた。そんなのは問題じゃない。
問題なのは、そこにいる、彼女。
「咲姫……なにやって……」
「私は、あなただけは許せない」
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