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第十一章
第五十八話
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「んー? なんだぁその顔は」
久世さんは怪訝そうに言う。
「……なんでもないです」
今悟られるわけにはいかない。ここでばれたら全部台無しだ。
この人相手にどれだけ上手く立ち回れるのだろう。正直自信がない。
けど、やらなきゃいけないんだ。自分のためだけじゃない。あいつらのためにも。魂を抜かれた誰かのためにも。
そう自分に言い聞かせる。
「なあ、知ってるか? 一希」
久世さんは嗤う。
「この川はな、毎年数人の人間が死んでる」
それはなんとなく知っていた。たまにチャンネルが合うのだ。ふよふよと漂う魂が見える。
裏を返せば、こういうことだ。
「つまりな、この場所にはオレが使える魂が山ほどある」
ただただその場を漂っていただけの魂に色が差し始める。久世さんの制御下に入ったようだ。
「お前に勝ち目はないんだよ」
久世さんは笑っていた。
彼の言う通りなんだろうな。
ぼんやりとそんなことを考えた。
封術士は呪術士の術を回収するのが役目。敵対するのであれば封術士の方が有利。とはいえ、俺と久世さん個人の力量を埋めるまでには至らない。
それを埋めるための方法は、既に彼女が示してくれた。
久世さんが操る魂は七。決して少ないとは言えないが、一つずつ対処するしかない。
また笑われるだろうか。「全部真面目にやってるから失敗するんだ」と。
いいよ。それで。
それが俺のやり方だから。
魂一つ一つの動きを捉えて対処する。元々帰り道をなくした魂だ。札の力を使えば魂は帰るべき場所へ向かう。
問題は久世さんの方だ。ここにいる魂の数は底が知れない。フィルターになっている眼鏡を外したら全貌はわかるかもしれないけど、そんな余裕はない。そんなことを考えているうちに、久世さんは俺の前にどんどん魂を向かわせる。向かってくる魂の対処は難しくはない。
なんだろう、この違和感。
三つ目の魂が成仏した。その様子を見ながら思う。
相手は久世さんなのだ。
短くない付き合いだからわかる。こんな生易しい人ではない。
自分の欲望に忠実で、そのための努力も思考も惜しまない、そんな人だから。
もしかしたら……。
「久世さん、嫌々やってるんですか?」
一言そう発しただけで、彼の表情が変わった。初めて見る焦り顔。
そして低い声で語りだす。
「昔っから言われてきたんだよ」
途端に魂の動きが鈍くなる。
「『一族の悲願はお前にしか成し得ない』。そればっかりだったんだよ」
鬼火のように見える魂がぶれる。制御下にある魂の活動限界が近付いている。
「子どもの頃からずーっと嫌だったね。そんな面倒なこと、なんでオレが押し付けられなきゃいけない?」
彼の顔にはもう、焦りも見えなかった。
そこにはなにもなかった。
「奴等はどうしてもって言う。根を詰めすぎて病気にもなった。だからこのタイミングで決行したんだ。親は寝たきりで手を出せない、このタイミングで」
なにも言えなかった。
理由はどうであれ、この人が水原の事件を起こしたのは本心ではなかったのだ。自分の知りもしない誰かの夢、周りの圧力。それに負けたがゆえの出来事。
だから、この人を許してもいいのか? そんなはずはない。
そんなもののために、水原の奴等は犠牲になったのか? 咲姫の両親は? その後巻き込まれた人達は? 久世さん一人のせいでめちゃくちゃになった人は大勢いる。
全ての元凶は、千年近く前の誰かの夢で、「守り姫」と呼ばれた彼女が生んだ術なのだ。
これは氷山の一角なのかもしれない。けど、これで終わらせられるものがある。
まず久世さんが操る魂を成仏させる。残り四つ。
大丈夫。もう久世さんは、襲ってこないから。
その直感は当たっていた。魂は次々に成仏していった。
周りを見渡せば、久世さんの制御に入っていない魂がちらほら見える。帰り道を失った魂はこれ以外にも沢山いるのだろう。
こうしたら、こんな魂を救ってやることもできなくなるんだろうな。
そんな雑念が脳裏をよぎった。
「久世さん。俺は、あなたと自分の能力を『封じ』ます」
札は一際強い光を放った。
* * *
「い、今枝君大丈夫?」
咲姫が恐る恐る話しかけてくる。
「……うん」
久世さんは自分の能力が消えたと察して、どこかへ行ってしまった。後悔はない。けど、心は全然晴れなかった。
そのまま、二週間が経過した──。
久世さんは怪訝そうに言う。
「……なんでもないです」
今悟られるわけにはいかない。ここでばれたら全部台無しだ。
この人相手にどれだけ上手く立ち回れるのだろう。正直自信がない。
けど、やらなきゃいけないんだ。自分のためだけじゃない。あいつらのためにも。魂を抜かれた誰かのためにも。
そう自分に言い聞かせる。
「なあ、知ってるか? 一希」
久世さんは嗤う。
「この川はな、毎年数人の人間が死んでる」
それはなんとなく知っていた。たまにチャンネルが合うのだ。ふよふよと漂う魂が見える。
裏を返せば、こういうことだ。
「つまりな、この場所にはオレが使える魂が山ほどある」
ただただその場を漂っていただけの魂に色が差し始める。久世さんの制御下に入ったようだ。
「お前に勝ち目はないんだよ」
久世さんは笑っていた。
彼の言う通りなんだろうな。
ぼんやりとそんなことを考えた。
封術士は呪術士の術を回収するのが役目。敵対するのであれば封術士の方が有利。とはいえ、俺と久世さん個人の力量を埋めるまでには至らない。
それを埋めるための方法は、既に彼女が示してくれた。
久世さんが操る魂は七。決して少ないとは言えないが、一つずつ対処するしかない。
また笑われるだろうか。「全部真面目にやってるから失敗するんだ」と。
いいよ。それで。
それが俺のやり方だから。
魂一つ一つの動きを捉えて対処する。元々帰り道をなくした魂だ。札の力を使えば魂は帰るべき場所へ向かう。
問題は久世さんの方だ。ここにいる魂の数は底が知れない。フィルターになっている眼鏡を外したら全貌はわかるかもしれないけど、そんな余裕はない。そんなことを考えているうちに、久世さんは俺の前にどんどん魂を向かわせる。向かってくる魂の対処は難しくはない。
なんだろう、この違和感。
三つ目の魂が成仏した。その様子を見ながら思う。
相手は久世さんなのだ。
短くない付き合いだからわかる。こんな生易しい人ではない。
自分の欲望に忠実で、そのための努力も思考も惜しまない、そんな人だから。
もしかしたら……。
「久世さん、嫌々やってるんですか?」
一言そう発しただけで、彼の表情が変わった。初めて見る焦り顔。
そして低い声で語りだす。
「昔っから言われてきたんだよ」
途端に魂の動きが鈍くなる。
「『一族の悲願はお前にしか成し得ない』。そればっかりだったんだよ」
鬼火のように見える魂がぶれる。制御下にある魂の活動限界が近付いている。
「子どもの頃からずーっと嫌だったね。そんな面倒なこと、なんでオレが押し付けられなきゃいけない?」
彼の顔にはもう、焦りも見えなかった。
そこにはなにもなかった。
「奴等はどうしてもって言う。根を詰めすぎて病気にもなった。だからこのタイミングで決行したんだ。親は寝たきりで手を出せない、このタイミングで」
なにも言えなかった。
理由はどうであれ、この人が水原の事件を起こしたのは本心ではなかったのだ。自分の知りもしない誰かの夢、周りの圧力。それに負けたがゆえの出来事。
だから、この人を許してもいいのか? そんなはずはない。
そんなもののために、水原の奴等は犠牲になったのか? 咲姫の両親は? その後巻き込まれた人達は? 久世さん一人のせいでめちゃくちゃになった人は大勢いる。
全ての元凶は、千年近く前の誰かの夢で、「守り姫」と呼ばれた彼女が生んだ術なのだ。
これは氷山の一角なのかもしれない。けど、これで終わらせられるものがある。
まず久世さんが操る魂を成仏させる。残り四つ。
大丈夫。もう久世さんは、襲ってこないから。
その直感は当たっていた。魂は次々に成仏していった。
周りを見渡せば、久世さんの制御に入っていない魂がちらほら見える。帰り道を失った魂はこれ以外にも沢山いるのだろう。
こうしたら、こんな魂を救ってやることもできなくなるんだろうな。
そんな雑念が脳裏をよぎった。
「久世さん。俺は、あなたと自分の能力を『封じ』ます」
札は一際強い光を放った。
* * *
「い、今枝君大丈夫?」
咲姫が恐る恐る話しかけてくる。
「……うん」
久世さんは自分の能力が消えたと察して、どこかへ行ってしまった。後悔はない。けど、心は全然晴れなかった。
そのまま、二週間が経過した──。
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