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第五十四話 剣姫の弟子入り
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「ええ、もちろん……。約束は約束だから守るつもりよ」
ソフィアはさきほどの死んだ目が嘘のように赤面して言った。
「私を……抱きなさい……」
先ほどよりは嫌悪感が若干ぬぐえているような様子ではあるが、それでも忌避感は隠しきれない──────少なくともヒースクリフはそう思った。
(それはそうだろうな……。ソフィアは貴族の娘だ。それも剣聖家というこの国ではもっとも高貴な部類の。いくら俺が勇者の生まれ変わりとはいえ、今は何の身分もない農奴だ。種を受けたところで貴族社会の理解を受けるのは難しいだろうな……)
ヒースクリフはソフィアの表情をそう解釈し、ひとつ頷く。
彼女の貞操観念を利用してやろうと思ったのである。
そもそもヒースクリフとしては彼女を抱くわけにはいかない。
ソフィアを仲間に引き入れようと思って勝負をしたのに、それでは遺恨を残すことになる。
下手をすれば成長した彼女に闇討ちされても文句は言えない。
「いや、俺の願いはそうではない」
ヒースクリフは冷静にそう言い放った。
ソフィアの顔が訝し気になる。
「あなた、私の身体が欲しくて決闘を受けたのではなくって?」
「そんなわけがないだろう……。いや──」
「私の身体は欲しくないと?」
「その話は置いておこう。俺が欲しいと思ったのは、お前の剣才だ」
「私の剣才?」
「そうだ」
「でも……私はあなたには遠く及ばない。今日はっきりとそのことが分かりましたわ」
「いや、だから言っているだろう。俺の剣技は既に完成されている。言わば磨かれ切った玉だ。お前の剣はまだ未熟、言うなれば何の加工もされていない原石だな。それを俺に磨かせてほしいというのが俺が提示する決闘の成果だ」
「つまり?」
「お前を弟子に取りたいということだ」
それを聞くと、ソフィアはゆっくりと顔を伏せた。
そのうち、肩を震わせ始める。
嗚咽のような音が校舎裏に響く。
ヒースクリフは困惑した。
(身体を差し出すことより、俺の弟子になることの方が嫌だったのか……?)
「そんなに嫌なら──────」
ソフィアはばっと顔を上げた。
そのまなじりには涙が浮かんでいるが、彼女の顔は笑っていた。
それも笑いが止まらないという様子である。
(肩の震えも笑いだったのか……驚かせやがって)
ヒースクリフは安堵すると同時に彼女の態度の分かりにくさに少しばかりの怒りを覚えた。
「何かおかしかったか?」
ヒースクリフはぶすっとした顔で問いかける。
ソフィアはまたひとしきり笑った後応えた。
「……なんでも私が言うことを聞くって言っているのに! まさか弟子にさせてくれなんて……!」
彼女はそう言ってまた少し口元を震わせた。
余程おかしかったようである。
(たいして面白くもないと思うが……。まあ、貞操の危機かと思ったら、弟子になってくれなんて小さい願いで、その落差で深く安堵し、感情がおかしくなってしまったのかもな……)
ヒースクリフはそう思った。
戦場帰りの兵士などによくある現象である。
極度のストレスに晒された後には、日常生活の中にあろうとも発作的に笑いや涙が止まらなくなることがあるのだ。
これも人間の防衛反応の一種なのだろう。
彼はそう思うことにした。
今から弟子にとろうという少女が発狂したとは思いたくなかったのだ。
「それで? 答えはどうなんだ? 決闘の結果とは言え、無理にとは言わないぞ」
その最後通告を受け、ソフィアは急に剣を拾い上げると、ヒースクリフの方に近づいた。
(なんだ?)
ヒースクリフが頭の上に疑問符を浮かべるのにも構わず、彼女はレイピアを彼の前の地面に突き刺すと、彼の前にひざまずいた。
「どうか、師匠! 未熟なわたくしめ、ソフィア・フォン・ユニヴァの弟子入りをお認めください!」
それは正式な剣聖門下の弟子入りの作法である。
彼女なりのけじめのつもりだった。
今を以て、彼我の関係は同級生同士から師弟となるのだ。
「弟子とした以上は、俺の教えは厳しいぞ」
「覚悟の上です!」
ソフィアは元気よくそう答えた。
ヒースクリフは重々しくうなずき、彼女の剣を手に取る。
これが合図であった。
(最強の勇者……ハルデンベルグ……!! 私はその弟子になった!)
伏せられたソフィアの顔はヒースクリフには見えなかったが、勇者オタクの娘の顔は今日一番の笑顔だった。
ソフィアはさきほどの死んだ目が嘘のように赤面して言った。
「私を……抱きなさい……」
先ほどよりは嫌悪感が若干ぬぐえているような様子ではあるが、それでも忌避感は隠しきれない──────少なくともヒースクリフはそう思った。
(それはそうだろうな……。ソフィアは貴族の娘だ。それも剣聖家というこの国ではもっとも高貴な部類の。いくら俺が勇者の生まれ変わりとはいえ、今は何の身分もない農奴だ。種を受けたところで貴族社会の理解を受けるのは難しいだろうな……)
ヒースクリフはソフィアの表情をそう解釈し、ひとつ頷く。
彼女の貞操観念を利用してやろうと思ったのである。
そもそもヒースクリフとしては彼女を抱くわけにはいかない。
ソフィアを仲間に引き入れようと思って勝負をしたのに、それでは遺恨を残すことになる。
下手をすれば成長した彼女に闇討ちされても文句は言えない。
「いや、俺の願いはそうではない」
ヒースクリフは冷静にそう言い放った。
ソフィアの顔が訝し気になる。
「あなた、私の身体が欲しくて決闘を受けたのではなくって?」
「そんなわけがないだろう……。いや──」
「私の身体は欲しくないと?」
「その話は置いておこう。俺が欲しいと思ったのは、お前の剣才だ」
「私の剣才?」
「そうだ」
「でも……私はあなたには遠く及ばない。今日はっきりとそのことが分かりましたわ」
「いや、だから言っているだろう。俺の剣技は既に完成されている。言わば磨かれ切った玉だ。お前の剣はまだ未熟、言うなれば何の加工もされていない原石だな。それを俺に磨かせてほしいというのが俺が提示する決闘の成果だ」
「つまり?」
「お前を弟子に取りたいということだ」
それを聞くと、ソフィアはゆっくりと顔を伏せた。
そのうち、肩を震わせ始める。
嗚咽のような音が校舎裏に響く。
ヒースクリフは困惑した。
(身体を差し出すことより、俺の弟子になることの方が嫌だったのか……?)
「そんなに嫌なら──────」
ソフィアはばっと顔を上げた。
そのまなじりには涙が浮かんでいるが、彼女の顔は笑っていた。
それも笑いが止まらないという様子である。
(肩の震えも笑いだったのか……驚かせやがって)
ヒースクリフは安堵すると同時に彼女の態度の分かりにくさに少しばかりの怒りを覚えた。
「何かおかしかったか?」
ヒースクリフはぶすっとした顔で問いかける。
ソフィアはまたひとしきり笑った後応えた。
「……なんでも私が言うことを聞くって言っているのに! まさか弟子にさせてくれなんて……!」
彼女はそう言ってまた少し口元を震わせた。
余程おかしかったようである。
(たいして面白くもないと思うが……。まあ、貞操の危機かと思ったら、弟子になってくれなんて小さい願いで、その落差で深く安堵し、感情がおかしくなってしまったのかもな……)
ヒースクリフはそう思った。
戦場帰りの兵士などによくある現象である。
極度のストレスに晒された後には、日常生活の中にあろうとも発作的に笑いや涙が止まらなくなることがあるのだ。
これも人間の防衛反応の一種なのだろう。
彼はそう思うことにした。
今から弟子にとろうという少女が発狂したとは思いたくなかったのだ。
「それで? 答えはどうなんだ? 決闘の結果とは言え、無理にとは言わないぞ」
その最後通告を受け、ソフィアは急に剣を拾い上げると、ヒースクリフの方に近づいた。
(なんだ?)
ヒースクリフが頭の上に疑問符を浮かべるのにも構わず、彼女はレイピアを彼の前の地面に突き刺すと、彼の前にひざまずいた。
「どうか、師匠! 未熟なわたくしめ、ソフィア・フォン・ユニヴァの弟子入りをお認めください!」
それは正式な剣聖門下の弟子入りの作法である。
彼女なりのけじめのつもりだった。
今を以て、彼我の関係は同級生同士から師弟となるのだ。
「弟子とした以上は、俺の教えは厳しいぞ」
「覚悟の上です!」
ソフィアは元気よくそう答えた。
ヒースクリフは重々しくうなずき、彼女の剣を手に取る。
これが合図であった。
(最強の勇者……ハルデンベルグ……!! 私はその弟子になった!)
伏せられたソフィアの顔はヒースクリフには見えなかったが、勇者オタクの娘の顔は今日一番の笑顔だった。
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