息吹アシスタント(息吹という名の援護人)

jun( ̄▽ ̄)ノ

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13・都合のいい女をやめられない5

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13・都合のいい女をやめられない5


 この日の夜9時過ぎ、息吹は五月部屋のベランダ側窓ガラスをコンコンとやった。するとアルバイト疲れで横になっていた部屋の主が立ち上がり、屈託のない笑顔を見せながら室内へどうぞと言う。

「いや、べつに入らなくてもいいんだ」

 息吹、ベランダ側から五月を見るが、その顔には冷めたというか興味を失ったような感がうっすら見て取れる。

「どうしたんですか、なんか冷たいですよ?」

 敏感な乙女心というのをセリフに変換した五月、話をしましょうと中へ入るよう手をクイクイ動かしながら招く。

「五月さぁ……」

「な、なんですか?」

「おまえは性格とかいいと思うよ。だから後はがんばって素直な女になれ。そうすればシアワセになれる」

「なんですか、いい事を言っている割には冷めた感じが漂ってますけど」

「いや、おれ五月は五月で好きにやればいいじゃんと思うようになった」

「え、応援はしてくれないんですか?」

「してるじゃんか、エールも送ってるじゃんか」

「もっと親身になってくださいよ」

「なんでおれが親身にならなきゃいけないの? だっておれ、五月の彼氏じゃない」

「で、でも……息吹さんはわたしの味方ですよね? それにわたし、息吹さんの事が好きです」

「その好きとはどういう意味なんだ?」

「理解あるお兄さんみたいな感じっていうか」

「げぇ……悪いけどおれ、そういうのニガテ。そういうわけだから、おれもう五月の前には姿を見せない」

「そんな」

「じゃぁな」

「待ってください!」

 慌てて動いた五月が机の引き出しを開ける。その動作は息吹に何かを見せたいとしているようだから、ちょいとばかり待ってみる。するとまったく似合いもしないけっこう立派なナイフを取り出したではないか。

「え……」

「わたしから離れないでください息吹さん、でないとわたし自決します」

「ウソだろう、冗談やめてくれよ」

「ほ、本気ですから、甘く見ないでください」

 五月からは本気で手首を切って死へ直進する勇気があるようには思えなかった。しかし本来持っている行動力を正しく発散できない物悲しさはすさまじく、シアワセという言葉を自ら破損させる勢いばかりを立派に纏っている。

「とりあえずナイフをしまってくれよ……」

「じゃぁ中に入ってください」

「ったく……」

 仕方なく部屋の中に入らせてもらったが、しかし特にたのしい会話が生まれるわけはなかった。五月の方は言いたい事を言えないキャラであるはずが、息吹ならだいじょうぶという何かがあるらしくけっこうしゃべるが、それは彼氏と過ごす時間でやれよなと思わずにいられない息吹だった。

(弱さと依存が断ち切れないってか……)

 生前売れっ子ホストだった息吹は五月をそう分析した。そして生前の仕事風景やら客を思い返す。ホストクラブにやってくる女、それは色々あって一概には言えないものの、性格の良さが発揮できない者も多かった。基本的に良い女でも自分に自信がなく、自覚なしに依存しやすく、意外な一面がでる時は思いのほか神経が図太かったりと、そういう事がキラキラっと脳内にて思い出される。

「じゃぁ、おれはそろそろこの辺りでお暇させてもらう」

「はい、わたしもちょっと勉強して寝ます」

「あんまり無理するなよ」

「はい、だいじょうぶです」

 こうして息吹は一度五月の部屋から立ち去った。そうしてきれいな星空を見ると、まるで刑務所の外に出たような安堵感にホッとする。

「いい子なんだけどなぁ……シアワセにはなれないだろうなぁ。多分年を取ってから不幸怪獣みたいになるんだろうな」

 残念だと思う息吹、これでもう五月との関係は終わりだと改めて思った。昼間に五月の彼氏と話をしたとき、もう2人で勝手にやってくれよと思ってしまったせいだ。五月のために何かをやろうって気が失せてしまった。

「しかし……」

 夜が更けていく中、息吹は意識にドロッとしたモノがあるのを不快に思い続ける。それはまちがいなく、五月のために何か手助けしてやったら? というキモチになってしまうせいだった。

「おれってこんなにお人よしだったかな……」

 生前と比較してダメになっていくような気がすると思う息吹だったが、油汚れを持ったまま過ごすのも癪だという事で、五月に何か手助けをしたいなどと考え、そしてこう結論付ける。

「依存と自分に自信が無いはつながっている。しかし自信というのは自分で作るもの、こればっかりはおれがどうとかできない。だったらおれが依存という悪しき部分を斬ろう。それで後は五月が好きなように生きればいいとしよう」

 こうして息吹はもう少し時間が経つのを待った。五月が寝静まるであろう午前2時頃になってから、再び外野家の2階ベランダに到着。そして部屋の電気が消えているのを見たら、窓ガラスに手を当てスーッと室内へと侵入。

「さてと……五月、おまえの中に入らせてもらうぞ」
 息吹、そう言って左手を眠っている女子の額に当てた。そして依存度が高く、自分に自信が持てないという精神世界へと入った。

「ん……」

 途端に景色が変わった。か細く蒼い月明りが頼りって浅い夜の海に立っている。見渡す限り何かがあるわけでなく、静かでうつくしい光景と言えなくもない。

「ぅ!」

 歩き出そうとして息吹がびっくりした。夜の海とか思っていたが、ふくらはぎの辺りまであるのは水ではない。水の中を歩行ではありえない重粘度が印象的。なんだこれは? と、両手に少量すくい上げてみる。そして月明りを頼りに見て感じて理解。

「これは重油か……重油の海か」

 べっとりまとわりつく重々しい不快感は精神的なダメージがすごい。そしてそれは人が人に依存したり依存されたりするときに生じる感覚とよく似ているように思えた。

「ったく、五月……こんなに内面がドロドロだと、かわいいキャラも台無しだ」

 嘆くようにつぶやいたとき、ふと前方に目をやり少し緊張する。弱くうつくしい生命力という青白さに覆われる黒い海が揺れた。それは下からグゥっと体を起こした人が出現したせいだ。

「誰だ……」

 息吹、どこからともなく取り出した日本刀を持って出現した存在を見る。それはたしかに人の形をして人間としか思えないが、ゆっくり近づいてくるそれには顔の輪郭しかない。つまり目に鼻に口というパーツのない、いわば人の形をしただけのドロ人形。

(来た!)

 突然に黒い人の形が突然にダッシュして向かってきたが、そうなる気がしていた息吹は身構える。

「でやぁぁぁ!!!」

 斬る、ぶった斬る、ドロ人形の体を余す所なくバラバラに斬り上げる。そうすると粉々になったパーツが宙を舞い蒼い光に照らされてから、ドシャ! と音を立て重油の中へ沈んでいく。

「ふん、一度死んで舞い戻ったおれを舐めるな」

 息吹、これくらい恐れるに足りずと余裕をかました。だが次の瞬間、突然バシャ! と跳ねる音がして下から伸びてきた両腕の先に足をつかまれる。

「ちっ!」

 刀を振り上げたが、次の瞬間には顔面が青ざめた。

「ぅ……」

 後ろから人の形にギュッと抱きつかれる。気色の悪いヌメリ、そして重く、さらには不快というそれが、まるで甘えるように抱きつきギュッとしてくる。

「く、クソ」

 後ろから抱きつかれ思うように動けなくなったら、今度は眼前に別の人形が出現。そしてジタバタする息吹の両腕をグッとつよく掴むと、パーツのない顔面というモノを近づけてくる。

―きらわれたくないー

 ここで声がどこからともなく聞こえた。どこから耳に響いたのかはわかりづらかったが、それ五月の声であることは明らか。

「五月、そんなに自分に自信がないとか、相手に依存するとか……」

 つまり重油の海は五月の精神において大部分をしめるマイナス面であり、あのうつくしい月は五月の心にあるプラス面。そしてただいま息吹に襲いかかっている人の形というのは、五月が他人にきらわれたくないとか、よく思われたいとか、自分自身を出すのは怖いけど見捨てないで! と訴えるとか、いわば哀しい粘着部分。

「ぅ……」

 息吹、重油の人型にキスをされる。後ろからおそろしくつよく抱きつかれながら、前方より苦悩せざるを得ないキスをされ、それが果てしなく続くから呼吸困難になっていく。

「あぅく……」

 ガク! っと両膝が落ちた。だがこのまま倒れ込むのは致命的にまずいので、息吹はとっさに重油の中に両手をつく。

「な、なにぃ……」

 背中がどんどん、無限のごとく重くなっていくではないか。息吹の画面から来るしそうな汗が大量に流れても、それでももうすぐ耐え切れず海にはまり込むが避けられない展開だ。

「い、五月……そんなに重油の海が心地いいか。いつまでもこれを消したくないと思うのか。だったらおれが今すぐ消してやる」

 息吹、必死も必死で歯を食いしばりながら、右手を動かしズボンのポケットに手を入れた。そしてジッポーライターを取り出すと、シュボ! っとオレンジ色の炎を立てる。そして大きな声で叫んだ。

「五月、苦悩しろ、そしてそこから立ち直って前に進め、おまえが自分を隠し依存するためにある重油の海はこれで終わりだ!」

 炎ついたライターが放り投げられた。そしてそれが黒い海に着水すると同時に、ブワ! っとすさまじい炎がおそろしい神世界を描くようにして立ち上がった。すべての重油が燃えていく。そしてその燃えはそうそうかんたんには消せない。

「ふぅ……」

 息吹、燃え盛る精神世界より五月の部屋に舞い戻った。一応まとわりついていたモノは追い払ったが、不快な感じはまだ記憶から離れていない。だから全身の皮膚が苦悩の声をあげているようだと自ら思ってしまう。

「ぁ……あんんぅぅ!!」

 寝転がっている五月が大きく悶え動く。大量の汗を流すだけでは済まず、両目からはつーっと涙を流し落としている。それは言うまでもなく、重油が燃えて鎮火できないせいだ。皮肉なことに本人が心地よいと思っていた黒い海は、燃えて苦悩をもたらしてもそうそうかんたんには目覚めさせてくれない。はてしなく続く悪夢としか言いようがない。

 目覚めたら五月はどうなるか? それは断言ができない。しかしひとつの話として、黒い海を失えば自分の本心や言いたい事を隠し、相手に依存するためにもつ変えるという便利なモノが無くなったことで、心持ちが修正される可能性あり。

「黒い海に頼るから、限界まで思いつめないと行動出来なくなる。自分の言いたい事を言えず、都合のいい女をやって、そんな自分がイヤだと思っても勇気がないから自覚を海の中に捨てる。そして黒い海にある粘度で依存すれば、安心はできても自分としては正しく生きられない。だから五月、生まれ変われ。そうすれば早川飛沫との恋愛も今までとちがっていいモノになるだろうさ。ま、それが出来なかったら、それはそれでおまえの人生として受け入れたらいい」

 息吹、長い独り言をやると、泣きながら悶えている五月の部屋からベランダに出る。そして心地よい夜風を頬に受けながら、重油などに絡まれたりせず、健康的なキモチで見上げる月がたまらずうつくしいとカンゲキするのだった。
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