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第六章 帰って早々、呆気なくフィリス聖王国調査を始めました。

第五十幕 繊月閃と仮面の下

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 時は数時間前まで遡る。
 帝都から北西960キロにある都市ロアント。規模で言えば5番目の都市だが、海と山に囲まれており、帝国で出回っている塩の一部を生産している都市である。
 しかし、現在ロアントは魔族軍2万5千に襲撃を受けようとしていた。
 海を挟んでいるとはいえ、魔国に一番近いロアントには1万3千の兵が駐屯している。それでも倍近い数の襲撃に、何時都市内に入り込まれてもおかしくない状況となっていた。
 そんな戦場で一人の獣人族の男は城壁の受けから、迫り来る魔族軍の艦隊に対して怒りの篭った視線を向けていた。
(こんな時に攻めてくるとは!)
 獣人族の男の名前はサイロ。このロアント駐屯地の総指揮官だ。
 現在帝都では魔族対策会議が行われている真っ最中。まるでその事を知っていたかの魔族軍の行動に苛立ちを覚えるしかなかった。

「総員迎撃態勢をとれ! 魔法部隊は何時でも攻撃出きるようにしておけ!」
 すぐさま部下達に指示を飛ばすとサイロも剣を腰に下げて港へと向かった。
 (容易く上陸出来ると思うなよ!)

          ***************

 ショートカットするため迷いの森に入った和也は変装を一時解除し、千夜に戻る。
 瞬間、劣化を発動しているにも拘わらず、和也の時よりも圧倒的速さで森を縫うように駆け抜ける。
(この速さなら、あと1時間もしないうちに到着するだろう。だが、問題は……)
 襲撃を耳にしたときから千夜の中では胸騒ぎがしてならなかった。そしてそれは戦場へと近づくにつれ大きくなる一方。
(このまま放置すれば間違いなく帝都まで進行してくるだろう……………フフッ、いい度胸だ。この俺の住む帝都に襲撃してくるとは、誰一人として故郷の土を再び踏めると思うなよ)
 目的地に向けて駆け抜ける千夜は既に迷いの森を抜けていた。

「そうだ、忘れるところだった」
 千夜は急いで念話をラッヘンへと繋いだ。

『はい、ラッヘンでございます』
『今、エリーゼたちと何している?』
『はい。現在創造主様を追いかけて迷いの森に入るところです』
『そうか。なら戦場で待っていると伝えておいてくれ』
『畏まりました』
『一応言っておくが、俺は和也の姿で戦っているからな』
『承知しております』
『そうか。あとスケアクロウも呼び出しておいてくれ。どうも嫌な予感がする』
『畏まりました』
 念話を終えた千夜は改めて、本気で走り出した。

         ***************

 創造主である千夜から念話からの内容を一言一句エリーゼたちに伝える。

「やはりあの蒼槍使いが旦那様だったのね」
「蒼槍は私たちがダンジョンで見つけた物ですからね見間違える筈がありません」
「でもどうして旦那様は仮面なんかつけているのかしら?」
「シンプルな仮面がかえって不気味なのじゃ」
 白地に目元から涙が流れ落ちたかのような赤い線が描かれた仮面をつけた千夜の姿を思い出し背筋を凍らせる。

「確かに不気味ですね」
「真夜中に背後から襲われたら確実に殺されそうですね」
「ミレーネもエルザも失礼なこと言わなで! それじゃまるで旦那様が暗殺者みたいじゃない!」
「そういえばセンヤのスキル項目に暗殺術もあったはずじゃが………」
「「「…………」」」
 クロエの独り言に無言になってしまうエリーゼたちであった。

         ***************

 颯爽と駆け抜ける千夜はすでに目的地を目視で捉えていた。
 都市の奥からは黒い煙が天高く上がっている。
(すでに戦闘は始まっているな)
 近づくにつれ門からは続々と民が避難すべく長蛇の列を作っていた。
(ここまでのようだな)
 すぐさま千夜から和也への姿を変え誰にも気づかれぬ速さで門を潜り抜けると、目の前に広がっていたのは鮮血舞う戦場であった。
 そんな光景に和也は仮面の下で不気味な笑みを零すのであった。
 蒼槍を構えた和也は目視できる魔族の中で一番近い敵に的を絞り地面を蹴った。
 気配を殺し、兵に襲い掛かろうとする魔族の首目掛けて槍を薙ぎ払う。鮮血の噴水が突如として襲われそうになっていた兵と和也に降りかかる。

「……え……あぁ……え……あ、あなたは?」
 ようやく目の前の光景を飲み込めたのか兵は戸惑いを含んだ声音で和也に問いかける。

「俺の名前はカズサ。魔族対策会議でフィリス聖王国の使者七聖剣が一人ライラ・オネスト様の補佐として参ったものだ」
「フィリス聖王国だと」
 兵士はその言葉を聞いて鋭い視線を向ける。
(やはり犬猿の仲だな)
 事情を知っている和也は別に仲良くして欲しいとは思わない。だがそれでも時と場所は考えて貰いたいものだと強く願うのであった。

「この部隊の指揮官と話がしたい。会わせて貰えるか?」
「……分かった。好き勝手に暴れられても困るからな」
 思わず苦笑いを零す和也だが、兵士には仮面で見えることはない。

「なら、道案内までの障害は俺が排除しよう」
「ひぃ!」
 和也の言葉に兵士は視線をずらすと十体を超える大型魔族が嘲笑いながら和也と兵士を囲んでいた。

繊月閃せんげつせん
 振り向きざま呟かれた攻撃系スキル『繊月閃』上空から見たとき槍を振るう軌道が似ていることから付けられた名前だが、その効果は繊月と同じ範囲の敵を斬るというものだ。勿論躱されたり防がれたりもするがそれは強者にしかできない。ましてや図体がデカイだけの魔族は一瞬にして両断される。
 数秒前まで危機が迫っていた事も忘れ和也の強さに呆然としてしまう。

「案内を頼めるか?」
「あ、ああ、こっちだ!」
 兵士は慌てて立ち上がり和也を案内する。
 兵士たちの駐屯地本部へと辿り着いたのは数分した後のことだった。ここまで辿り着くまでに幾度となく魔族との戦闘があったが、全て和也が瞬殺していった。

「少し待っていてくれ」
「分かった」
 いまだ戦闘音が止む気配が見えない事に戦場の苛烈さを噛み締めると同時に胸の置くから湧き上がる闘争本能を抑え込む。
(今は駄目だ)

「お前がカズサだな?」
 背後から掛けられた声に振り向くとそこには右腕に包帯を巻いた一人の獣人族がたっていた。

「俺はここロアント駐屯地の総指揮官サイロだ。まずはこの者を助けて貰ったことに礼を言う」
「礼する必要はない。今は緊急事態だからな」
「そう言って貰えると助かるが、なぜ、一人なのだ?」
「一々編成していたら、それだけ遅れる。それに俺がこの国の兵士じゃないからな」
「確かにそうだ。ならあまり他国で好き勝手に行動されて貰っても困る」
「緊急事態だ。今回だけは見逃して貰えると助かる」
「我が兵士を助けて貰っているからな今回はそれで良いだろう。して、これからどうするつもりだ?」
「決まっている魔族の殲滅。それ以外になにがある?」
「分かっているとは思うが現在我が軍は劣勢にある。それでも出来ると思っているのか?」
「出来る。勿論俺だけでは無理だ」
「我々に協力しろと?」
「別に命令するつもりはない。それにここはあんたらの国だ。他国の人間が好き勝手に出来ることじゃない」
「既にしているがな」
「それを言われると耳が痛い。それに援軍は俺だけじゃない。これは俺のスキルで知った事だが、もう少ししたら『月夜の酒鬼』が来る」
「なに、それは本当か!」
「ああ、間違いない」
 勿論スキルと言うのは嘘だが、この国の英雄である千夜よりも早くこのロアントに到着した事に疑いを持れないようにするためだ。
 和也の言葉を聞き、兵士たちから喜びと安心の声が洩れる。

「そうか。ならお前にも手伝って貰う。他国の人間に手を借りるのは酌だが、そんな事を言っている場合ではないからな。それにお前の実力はこいつに聞いて知っている」
「助かる」
「だが、顔を見せられないような人間に背中を預けることは出来ない」
 その通りである。

「見せないと駄目か?」
「ああ。それとも見せられない理由でもあるのか?」
「魔族に襲われた時の傷が酷くてな。正直醜いのさ。あまり人には見せたくないんだが」
「駄目だ。それに傷なら我々だって既に負っている」
(見せないと駄目だろうな。仕方がない)

「分かった、見せよう」
 仮面を外すと同時に変化スキルを使い顔の形を変える。

「これで良いか?」
「……あ、ああ。すまなかった」
「謝るぐらいなら、最初っから言わないでくれ」
 サイロは和也の顔を見て言葉を失う。後ろに控える兵士にいたっては口元を押さえて何処かへと走り去っていった。
(いったいどんな状況ならあれほど悲惨な状態になるのだ)
 想像するが想像できない事に安心と恐怖がサイロの心に渦巻く。

「悪いが早速行ってもいいか?」
「構わないが出来るだけ建造物を壊さないで貰えると助かる」
「善処はするが保障はしない」
「それで構わない」
 再度仮面を付けた和也は戦場へと赴くのであった。
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