世界を救ったハズなのに

ラストサムライ

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一章【王城脱走編】

第三話:躾役

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 翌日、地下牢に轟音が轟いた。デオドラが彼を幽する檻を殴りつけた音である。
 岩山でさえ粉砕できる膂力だったが、檻の方は少々の歪みすら生じていない。魔法も武器も使用せず素手で突破できる程、脆い造りではないようだ。

(……流石に硬いな)

 あれから何の音沙汰もなく丸一日が経過した。食事は一切与えられていないが、数週間程度なら絶食しても気合で乗り切れるため、当面は餓死の心配はしなくていいだろう。

 今のデオドラの体感としては、種族王との決戦を終え、後遺症により深い眠りに付き、つい先日目が覚めたような状態だ。千年前の苛烈な自然環境の記憶は、昨日のことのように脳裏に染みついている。この程度の孤独で絶望するような安い精神はしていない。
 ただ、今の彼は罪人だ。必要とされている以上は命まで脅かされはしないだろうが、それでも他の人間からの脅威はある。
 人間の脅威は魔獣よりも恐ろしい。かつて、飢餓に苦しんだ臣民が暴動を起こし街が一つ滅んだ。その当時を生きていた人間だからこそ、デオドラは人間という脅威を決して軽視しない。

(しばらくは様子見しようかと思ったが、捕まってたんじゃ何されるか分からない。……逃げるべきかもな)

 例えば、骨を割って巧みに使用すれば武器になる。檻を切り裂き、逃げることもできるだろう。その他にも、後先を考えなければ逃亡の手立てはある。
 ――逃げるという選択肢。
 では、何処へ?

「……一千年か」

 此処は、夢のような距離を越えた先の、遥か通い未来の世界。
 友はいない。家族もいない。居場所もない。デオドラが頼れる存在はとうの昔に死に絶えている。過去の栄華は蹂躙され、今では災厄の魔人様である。正体が公然と明るみに出れば、他人からの善意も期待できないだろう。
 
 実質的に八方塞がりだった。
 どうせ自分はつい先日まで死人だった。ではいっそのこと自害してしまおうか、とデオドラが悲観的な考えを持ち始めた時――。

「こんにちは」

 清流のように澄んだ声が響いた。
 熱量を失ったデオドラの瞳を覗き込むように檻の外側に立っていたのは少女だった。
 人形のように整った顔立ちの上、金髪碧眼かつ色白の肌という宝石のような色彩を帯びた女の子。
 デオドラは一瞬妖精でも迷い込んだかと思ったが、彼と対面する少女は紛れもなく人間の気配を発している。暗鬱な地下牢に人並外れた美貌の少女が立ち現れるという珍妙な光景ではあったが、どんな背景の上でも、少女の可憐さは成り立っていた。

「私はセリア。セリア・エレフ・ソルセインだよ」
「……こんにちはセリア。何か用かい?」

 セリアは邪念のない笑みを崩すと、疑問符を浮かべて顔を傾げた。

「あれ、レイノールから何も聞いてない? 私が貴方の躾役だよ」
「躾役……あぁ、そんなことも言ってたな。というか、王様を呼び捨てで良いのか?」
「ちゃんと自己紹介聞いてた? 同じ姓でしょ。レイノールは私の兄だよ」

 王族の、しかも現国王の妹だと名乗るセリア。
 世界の危機への対抗措置として生き返ったデオドラは、それだけ狂暴で危険な存在として認知されている筈である。何せ、災厄の魔人なのだから。 
 躾役が王族というのは、ロイヤルギアスを行使できるのが王族と王侯貴族のみだと考えれば納得できる話だ。しかし、王女であるセリアを従者もなく魔人と対面させるというのは不用意を言わざるを得なかった。 

「へぇ、王女様か。護衛も無しで俺とご対面とは、肝が据わってるな」

 無論、デオドラの方からセリアに危害を加える気はない。とは言え、こうして魔人と語り継がれた男と対面して笑みを崩さない少女は、どこか普通より離れた常識を持っているように見えた。

「……で? 躾って何をされるんだ?」
「レイノールからは、貴方を教育し、調教し、矯正し、虐待しろと言われてるけど……さて、何をすればいいんだろう?」
「決まってないのかよ」
「私はレイノールと違って痛いの嫌いなの。するのもさせるのもね」

 慈悲深いというより、彼女は他人にも自分にも甘い人種なのだろう。躾役とは物々しい呼び方だが、確実に人選を間違えている。
 
「うん。話は通じる人みたいだし、今のところは何もしないでいいのかな」
「そう思って貰えるなら嬉しいよ」

 恐らくセリアたちの目的は、デオドラを従順に仕立て上げることだ。元より痛みで心を売り渡す気などなかったデオドラにとっては、同じ目線で対話してくれる浅慮な相手は有難いし、少しは心を許そうという気にもなる。飄々と構えていてもその実、デオドラは転生して目覚めて以降、ずっと周囲に警戒していたのだ。
 セリアに警戒が必要ないと感じたデオドラは、ようやく本当の意味で肩の荷を下ろし、重い溜息を吐いた。

「ところでデオドラ。貴方、レイノールに面白い話してたらしいね、自分は世界を救った英雄だとか何とか。上の方では嘘つき魔人って言われてるよ」
「……嘘つき魔人か。災厄の魔人よりは少し愛嬌が出てきたじゃないか」

 幼年向けの童話に出てきそうな悪役じみた呼称ではあるが、不愉快に感じるほど悪質だとは思えなかった。それどころか、素っ頓狂な二つ名が自分ながら滑稽で、くつくつと含み笑いが零れてしまう。
 
「私にもその話してくれない?」
「え、聞きたいのか」
「うん。聞きたーい」

 デオドラとしては、自分の切なる主張を少しでも多くの者に聞き入れてほしいと思っている。その意味でも、セリアの好奇心は都合が良く、断る理由はなかった。
 しかし、悪い意味でも物事を達観してしまうデオドラには、最初から諦観の想いがあった。どうせ一から全て説明しても、他の連中のように一蹴されて終わるだろう、と。そのため、項を分けるような説明口調となってしまう。

「四天大聖なんて連中は実在しません。俺は魔人ではありません。全ての種族王を倒したのは俺です。千年前は種族王に対して、“災厄の王”なんて邪悪そうな呼称を使いませんでした。以上。理解した?」
「乱暴な説明だね。でも理解した……半分くらいは」
「……半分も理解できたのか」

 きっとセリアにとって、デオドラが提示する新出の知識は、常識と乖離した妄言といった印象に写っただろう。それが自然な感想だ。レイノールなどは特にそうだった。
 そもそも理解しようとする姿勢を示されたことが、デオドラにとっては僥倖である。

 誤った歴史を学び、異なる歴史を知っている者同士では、分かりあうことは至難だろう。セリアのように柔軟に相手へ理解を向ける人間は希少だ。

「お前たちの知識では俺は魔人なんだよな。俺のことが怖くないのか?」

 他人を恐怖させるような蛮行は記憶にないし、そんな人間でもないでデオドラだが、現代の歴史観を考えれば、彼は恐怖の象徴足り得てしまう。
 セリアは微笑を絶やさず、どこか申し訳なさそうに答えた。
 
「私だけじゃない。皆、貴方のことをさほど怖がってはいないんだよ。それ以上に貴方を憎んでるの。特にソルセインは貴方を生み出してしまった国だから、周辺諸国からの圧力で、デオドラ・ロイーゼに悪感情を抱くような教育が普及しちゃってるんだよね。
 ――だから、この国の人間のほとんどが、貴方を親の仇のように思ってる」

 そう、セリアは他人と比べて柔軟な人間である。私怨や主観に満ちた教育で思想誘導されることもなく、真っ白な知識としての事実を学習できた数少ない人間なのだから。
 が、それはともかく、デオドラは教育の中で攻撃の指標として定められているらしい。民族の意志を一つに纏める為だろうか。志を統一した集団は確かに強いし、敵に回すと厄介だ。強制的にソルセイン人の敵という立ち位置に据えられている現状は、厄介を越えて文明人としての死刑宣告に等しかった。

「……夢かなぁ。覚めないかなぁ。嫌だなぁ」
「ちょっとちょっと、現実逃避しないでよ」

 現実の中に逃げ場がないのだから、空想の中に逃げたくなるのも当然の心理だった。今のデオドラの逃げ場になる所を強いて挙げるなら、同居人のいない地下牢での孤独くらいだろう。
 孤独に逃げ込む以外の選択が出来ない人間は、やがて心を腐食させる。現にデオドラも、自害を考慮する程には滅入っていた。
 まさしく悪夢だ。しかし、そんな悪夢にも幸福が恵まれる余地があるとするなら――。

 デオドラはセリアを凝視しながら問うた。

「セリア、君って幾つ?」
「私は十六だよ」
「……はぁ、やっぱり悪夢だ。俺は十八だが年下は好きじゃない。生意気だし。……チェンジで」
「ねぇ王族に対して尊大すぎない!?」

 憤慨されようと、年下は恋愛対象にならない。女性を口説くという決死の挑戦すらも、挑む前に意欲を失って終了という始末だった。
 十八という年齢相応の精神状態では、今の状況で気力を保つのも一苦労である。
 デオドラは力なくその場に座り込むと、瞑目して脱力した。するとその間に、檻の方から開錠の音が聞こえ、慌てて目を開いてセリアを見やった。

「……オイ」
「いいからいいから」

 デオドラはそもそも自力で脱出出来たため檻の役割は無かったも同然だが、まさかセリアの方から鍵を外すとは予想外だった。
 これでは中の虜囚に襲われても仕方のない状況だ。ロイヤルギアスで攻撃を抑制されると言っても、楽観的過ぎる行動である。軽率な少女に、デオドラは言葉もなかった。

「はい。鎧脱いでこれに着替えて」

 そうして、セリアは薄手の胴着の入った筒をデオドラに手渡すと、

「着替えたら、私がお城の中を案内してあげるよ」

 檻の施錠が開かれるだけでなく、王城の観光まで許されてしまうという驚きに、デオドラは黙然と嘆息するしかなかった。
 
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