世界を救ったハズなのに

ラストサムライ

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一章【王城脱走編】

第四話:決闘

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 地上への石階段を上ると、閑散とした回廊へと抜けた。
 デオドラはセリアの後を辿るように、王城内の吹き抜け階段まで移動する。その道中に厨房と鍛錬場、果ては役人の私室にまで訪れたが、奇妙なことに誰とも出くわさなかった。

「誰もいないな」
「ここにはね」

 含みのある返答だった。薄々感づいてはいたが、単に城内を徘徊しているという訳ではなさそうだ。

「何処に連れてく気だ。城の中を案内してくれてるんじゃないのか」
 
 デオドラは立ち止まって問い質す。
 地下牢は白の東側に位置していたが、寄り道を繰り返しながらも、セリアの歩は西側へと向かっている。意図して何処かに誘導されていることは明らかである。

「早く着いてきて。レイノールが待ってる」
「……王様が?」

 その名を出されてしまうと、同行を拒絶することはできない。無為にレイノールに逆らえばどうなるか、昨日に出来事で十分に思い知ったのだ。
 デオドラはしぶしぶ歩みを再開させた。

 ◇◆◇

 辿り着いた先は広々とした応接室だった。何人もの兵士が壁際に立ち、入室者を厳しい視線で迎え入れる。
 厳重な兵士の囲いの中にいたのは、相変わらず刺々しい雰囲気で佇むレイノールである。国王の眼差しは、主を守護せんとする兵士のそれよりも一層物々しい。

 レイノールはデオドラを一瞥すると、すぐに視線を外してセリアに言った。

「調教は済んだか?」
「デオドラには必要ないと思うよ」
「……そうか、お前が言うなら信じよう」

 その言は、レイノールが妹に全幅の信頼を置いていることを証明していた。彼を独善的な人種だと思っていたデオドラは、少しだけ意外そうに声を漏らす。

「妹には優しいんだな」
「私のことはいい。そこに座れ、魔人」

 レイノールはデオドラに正面の長椅子に座るよう促した。その間に物理的な隔たりはない。
 まるで他国の貴人を遇するかのような接待に、デオドラは困惑した。昨日の地下牢でのやり取りを考えれば、考えられない程の好待遇である。

「……呼び出して何の真似だ」
「貴様が急かす気持ちも分かる。が、私の誠意を示したかった。檻の外と中では対等な会話が出来んだろう」
「アンタが誠意?」

 デオドラは隠すことなく怪訝の色を示す。レイノールのように、地獄のような苦痛を澄まし顔で他人に課す人間の誠意など、俄かには信じ難い。
 しかし、信じ難いことはまだ続く。
 なんとレイノールはデオドラに対して頭を下げたのだ。

「昨晩は辛い目に遭わせてすまなかった。出来れば貴様の不満を買いたくない。許してくれ」
「え」

 思考が止まるほどの衝撃だった。
 一国の頂点に君臨する男の謝意は軽視できない。レイノールの人間性への疑念は決して即座に払拭されるものではなかったが、実際に行われた礼は相当の覚悟を伴ったものだろう。

「いきなり優しくなるなよ。……そう言われたら俺だって、お前に優しくしたくなるだろうが」 

 平然を装った声音の返答ではあったが、デオドラの困惑は相当なものだ。その証拠に、感想として胸に抱いたものをそのまま言語化してしまっていた。
 とは言え、デオドラの返事はレイノールが望むものと合致していたらしい。謝罪を受け入れる旨の言葉を、レイノールを頷いて了解した。
 このまま温和に本題に進むのかと思われたその矢先、

「――悪魔め。白々と……」
「何が優しくだよ」
「人間ぶりやがって……!」

 背後の兵士三名がそう呟くのを、デオドラは聞き漏らさなかった。
 デオドラが純粋な人間的な反応を表したことに対する反感の声だ。理不尽ではあるが、セリアから聞いた現代でのデオドラの評価を踏まえれば当然の反応なのだろうか。
 ぐい、と仰け反って背後の三人と顔を合わせると、三人はぎょっと緊迫の表情を見せる。

「そういうことは俺に聞こえない場所で言ってくれ。耳に入ると不愉快だ」

 裏を返せば、聞こえない所での誹謗中傷は黙認するという意味だった。

「部下の非礼も重ねて詫びよう」
「いいよ、もう。本題に入ってくれ」

 過去と現代での歴史の違いによる軋轢は、一方を論理的に糾弾しても収まることはないだろう。もう面倒な言い合いにはうんざりだった。根本的に解決しないのなら、問題から遠ざかりたいというのがデオドラの思いである。

「では率直に言うぞ。転生に際して、貴様の力が生前の状態で正しく再現されたかを確認をとりたい」
「その言い方じゃ、俺が弱体化してるように聞こえるぞ。そんな実感はないが……」
「可能性があるというだけだ」

 デオドラは自分の身体の状況を感覚でほぼ全て把握できる。今の自分が全盛期と同じ肉体だということも、魔力炉に埋め込まれたロイヤルギアスの忌まわしい感触も、詳細に識別し理解していた。
 レイノールはそもそも、全盛期のデオドラというものを知識でしか知っていない。しかも、その知識ですら誤っている可能性がある。そう考えると、やはり戦力の確認は必須だった。

「貴様には決闘をしてもらう。相手はこの国で二番目に強いグレイシャという男だ。グレイシャは貴様の全力を図るために、過不足のない物差しとなるだろう」
「早速戦えと。別にいいけど」
「……やけに素直だな。セリアが上手く仕上げたか」
「意固地になるのを辞めただけだ。アンタも昨日のこと謝ってくれたしな」

 悶着なくデオドラが決闘を受け入れたことに、レイノールは肩を下ろす。
 それでもやはり、デオドラの機嫌を損ねないよう心掛けでもしているのか、追撃とばかりに顔色を窺ってくる。

「昨日話したように、望みがあれば聞ける範囲で聞くぞ。あれから一晩たった。歴史の訂正は不可能だが、それ以外にあるなら言ってみろ」
「……望みか」

 正直なところ、今は強く願望をを持てるほどの心の余裕がないというのが本音だ。
 自分の知らない世界に突然放り出されて、最初から悪人として世の中に忌み嫌われ、発狂するほどの苦痛を味わった。幸福は望むより、まず現状から逃げ出したい感情の方が強い。

「強いて言うなら此処から出て自由になりたいな。必要な時だけ力を貸すから、それ以外は自由に好きな所で生活させてくれ」
「無理だ」
「はいはい即答ね。知ってましたよ」

 現世に蘇った災厄の魔人を、口約束一つで野に放つ訳がない。レイノールの立場になって考えてみれば、要求を言う前から無理だろうと分かっていた。

「それで、決闘てのはいつやるんだ?」

 デオドラの底を測る腹なら、堅牢な舞台を用意しなければならない。
 場所の確保と相手の都合の兼ね合いなども考えて、大まかに何日程度かかるのか、という意味の質問だったが。
 
「予定通りなら二十分後だ」
「……えっ?」

 間の抜けた声を発しながらデオドラは察した。
 最初から、レイノールはデオドラに選択権など与えるつもりはなかったのだ。デオドラが決闘に難色を示していたのなら、容赦なくロイヤルギアスで拷問して、無理にでも戦わせるつもりだったのだろう。
 極端な雨と鞭の使い方を気付き、やはりこの王様は信用ならないと心に刻むデオドラだった。

 ◇◆◇


 場所は変わり、決闘の会場である闘技場の控室にて。
 王城と隣接されたそこは、貴人だけでなく富裕層の民間人も観客に招いて、日常的に殺し合いが行われる場所だった。今日のデオドラとグレイシャの決闘には、いつも以上の観客が集まっているらしい。
 千年前の倫理観ではあり得ない見世物としての決闘を知った時、そして、そんな場所で今から自分が決闘するという事実を知った時、デオドラは憮然とした。

「馬鹿にしてるのか。観衆の前で戦えだと?」

 無為に力を衒う趣味のないデオドラとしては、屈辱的な指令だった。
 躾役として傍に控えるセリアは、デオドラの不満を受けて苦笑する。
 
「まぁまぁ、女の子相手に喧嘩腰はやめてよ。それは私やレイノールの決定じゃなくて、貴方の相手のグレイシャって人が貴族院と絡んで勝手に決めたことだから」
「何のためにだ」
「考えるまでもなく儲けるためだろうね。『災厄の魔人と王国次席の剣闘士の決戦』……人を集めるための広告としては最高でしょ。チケットも秒で完売したらしいよ」

 確かに興味をそそられるお題目だろう。魔人を憎む現代人としては、デオドラが見るも無残に蹂躙される光景を期待している筈だ。誰も彼も、デオドラがグレイシャに勝利する場面なんて見たくないだろう。
 これは力量を測るための決闘である。余計な波風を立てないためにも、勝敗は曖昧に終わらせるのが無難かもしれない。
 
「面倒だなぁ。……ソレ、俺が生き返ってるって民衆に知れ渡ってるってことだろ?」
「あ、やっぱ気になる?」

 城の外に出る算段がついてない現在は街の情勢などデオドラに無関係だが、未来永劫、ずっと城で奴隷として飼われているつもりもない。いずれ自由に生きる機会に恵まれるとすると、国中でデオドラへの憎悪が新鮮に再燃するという事態は非常に不味かった。

「昨晩とか大変だったよ。貴方のことは機密事項なんだけど、どこから情報が漏れたのか、王都で暴動が起きてね。デオドラ・ロイーゼを処刑しろ! 魔人を無限懲罰の刑に処せ! って、貴方を殺せ罰せの大騒ぎ。レイノールも超焦ってた」
「はぁ!? 生き返ってなんで処刑されるんだよ!!」
「私に聞かれても」
「畜生……しばらくは地下牢に籠ってた方がいいかもな……」
「あはは、街に出たら命がけのかくれんぼになっちゃうからね。見つかったら絶対にリンチに遭うよ」
「他人事だからってお前な……」

 デオドラは能天気なセリアの物言いに軽く睨みを利かせる。だが、邪念のない少女の微笑みに対しては、心からの憤りを覚えないのだから不思議なものだ。
 どうやら下心なく接してくれるセリアに、デオドラは自覚している以上の好感を持っているらしかった。

「そろそろ時間だよ。じゃあ頑張ってね、魔人さん」
「……あぁ」

 奇妙な間をためてからの、気のない返事。
 好ましく思っている相手の何気ない一言は、殊の外デオドラには毒だった。

「……“魔人さん”か。やっぱ俺のこと、お前も信じてないのな」

 セリアに聞こえないように抑えられた声量で、
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