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一章【王城脱走編】
第六話:大量虐殺Ⅱ
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デオドラの人並外れた聴覚は、戦闘中であっても周囲の音を全て聞き取ることを可能としている。羽虫の物音から激情を含んだ騒音まで、全ての現象を把握し戦いの武器とするためだ。となると、レイノールの叫声が耳を通らない筈がなかった。
『――デオドラ! 真面目にやれ! 反撃しろ!』
レイノールに見られていることをここで初めて知ったデオドラは、外野から野次を飛ばす国家元首に辟易する。王の眼にどう映っているのかは知らないが、いたって真面目に戦っているつもりだし、ゆくゆくは反撃する気概もあった。現在防御を徹底しているのは、グレイシャの攻撃に完璧に慣れるためだ。
(……黙って見てろよな)
歯噛みして戦闘に意識を戻す。
すると、息切れ一つ見せず連撃を続けるグレイシャが声を張った。
「フハハハハッ! お主、ワシの猛攻に防戦一方ではないか!!」
「今はな」
「フン! 減らず口をォ!!」
グレイシャの大剣が渾身の膂力を乗せて弧を描く。連撃に混じった本命とも言えるその払い斬りを視認して直後、デオドラはグレイシャが勝負を決めにきていると直感した。これまでの怒涛の攻撃に比べて、その一閃だけが明らかに異常な魔力を帯びていたからだ。
魔法が併用されれば、驚異度は愚直な剣撃と比にならない。
そろそろ様子見は終わるか――と、デオドラが攻勢に転じようとした瞬間だった。
『――誅罰』
「ッッ!?」
身体の内側、という予想外の方向から不可避の呪いが発動する。魔力炉に刻まれたロイヤルギアスの術式が、あらゆる神経を介して痛みという痛みを全細胞に送り込む。
一瞬の硬直も仕方のないことだった。
強張った肉体は思考を許さず、回避行動すら縛り、無防備なままにグレイシャの横薙ぎを受け入れる。
「く……、そ……!」
鮮血が舞った。
既に回避の初動に入っていたことが功を奏し、腹部の裂け目は内臓に届かない深さに抑えられたが、十分に致命傷である。魔法による防御を選択していたならこうはならなかっただろう。デオドラは自分の判断を悔やみつつ、後方に跳躍して距離をとった。
「ぐ……チィ!!」
こうしている間にも、ロイヤルギアスは継続して毒魔法を連投し続けている。出血する腹部を抑え、怪我の具合と出血量を把握しようとするも、脳を啄むように思考を埋め尽くす激痛によって意識は乱脈を極めた。
自分の中で地獄が顕現しているかのようだった。
修羅が腹の中で棍棒を振り回し、人喰い虫が頭蓋の中を埋め尽くし、両腕両脚が末端から崩れていく。
言葉にならない苦痛によって、もはや何処に外傷を負ったかも理解できない。外側から腹を切り裂かれた筈だが、感覚的には現在進行形で内側から腹をめった刺しにされている感覚だった。
「手応えあり! 動きが鈍ったな。流石に疲労が溜まってきたか?」
得意顔でそういったグレイシャだが、今のデオドラは物事を認識するための頭の容量が痛みで埋め尽くされているため、外部の音を聞き分けることすらできなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
膝を曲げ、両手を地に着け、必死に酸素を取り入れる。
痛みの度合いは収まる気配もないが、数秒その状態が続いたことで耐性をつけてきた身体が、思考の為の余力を回復させた。
この場での最適な行動を弾き出すよりも、まず真っ先に浮かんだのはレイノールへの苛立ちだった。
(戦いの最中に! それも、こんな強敵との闘いの最中に! あの王様使いやがった!!)
初っ端から全力を出さず、異質な戦い方を選択したデオドラも確かに慢心があったかもしれない。だが、グレイシャは決定的な油断が許されるような相手ではなかった。現に今、彼の攻撃によってデオドラは死の淵に追い詰められたのだから。
恣意的で独善的なレイノールの判断を許す気にはなれなかった。
ただでさえロイヤルギアスは死の苦痛すら越えた毒を発生させる。その上で戦王と交戦すれば、結果など目に見えているだろうに。
(畜生……! 覚えてろクソ野郎が!)
とりあえず、レイノールには一泡吹かせなければ気が済まない。
報復の決意を内に秘め、デオドラはゆらりと立ち上がった。震える脚に鞭を打ち、気力のみで身体を支える。痛みが引くまで相手との距離を保たねば――と今後の戦いの構想を練っていると、
「……ご、ブぉェッ!?」
「……む?」
口からだけでなく鼻と耳、瞳から血が溢れた。
現在デオドラを蝕んでいる毒魔法は、感覚的に痛覚を刺激するだけのものではない。全身のあらゆる器官の稼働を急激に加速させて痛みを循環させるため、限度を超えると徐々に身体そのものが壊れていくのだ。
死域に近づいていく自分を感じたデオドラは焦燥を重ねるが、そんな彼の様子を見て観衆は沸いた。
「野郎、血を吹いたぞ!」
「さっきの剣圧で内臓が破裂したんだ!」
「さすがは戦王グレイシャだな!」
実際に生の人間が流血する光景を見て喚起する精神性は、デオドラに理解できないものだ。災厄の魔人の集める憎しみがデオドラに集約し、この狂気の事態を招いている。
グレイシャは吐血し蹲るデオドラを見て、無知な観客とは全く真逆の感想を抱いた。
「……観衆は的外れな解釈をしているようだが、ワシの目は誤魔化せんぞ。今の出血、ワシの攻撃とは無関係だな。くく、不完全な転生体では激しい運動に耐え切れず、自壊してしまうといったところか?」
「的外れで言うなら、アンタも大概だな……ッ」
とは言え、当たらずも遠からずである。デオドラの身体は確かに自壊を始めており、刻一刻と絶命へと接近している。
ロイヤルギアス作動中は魔力炉が毒魔法発動のために動いているため、魔法による回復という手段がとれない。要するに現状への有効な対応策というものは、主体的なものに限っては存在しないのだ。術を操る者――現在ならレイノールがこれに該当する――がロイヤルギアスを止めない限り、永久にデオドラは苦しみ続ける。
……もしや、自分はこのまま殺されてしまうのではないか。
そんな考えがデオドラに芽生え始めた頃、身体を蝕む痛みが瞬く間に消滅した。
「はぁ、はぁ……治まった、か」
早計ぎみなレイノールでも、貴重な主戦力であるデオドラを潰すほどの愚は犯さないのか。それとも、死の間際すれすれに至るまであえて時間を取り、限界までデオドラを苦しめたのだろうか。
どちらにせよ忌々しい男だ。デオドラが国王への怒りの声を噛み殺していると、愉快そうな声音でグレイシャが言った。
「王よ! この男、あの『災厄の魔人』に本当に相違ないのですか! だとすれば弱すぎる! 完璧な状態で転生させるには、あの術式では至らぬ部分があったのでしょうなぁ!」
実際の所、全力で決闘に挑んでいたグレイシャに対し、デオドラは本来の実力の一片すら見せていない。屈辱的な話だが、グレイシャの結論を否認できない状況だった。弱すぎるとの評価を覆せる材料を出せていないのだから。
「……ほう。戦王よ、貴様は転生魔法が失敗した思うか?」
「無論ですとも! 四天大聖と刺し違えた魔人が、こんなに弱い筈がない!」
レイノールに問われ、グレイシャは更に補足した。
そう、デオドラは“四天大聖”と一人で互角に渡り合った最強人類なのだ。その脅威の程は確実に認められているだろうし、度重なる挑発を受けて全力を出し惜しむような器量が魔人にあると思う者はいない。
四天大聖の名を出すだけで、グレイシャの言葉は現代人を納得させる説得力を持つようになっていた。
レイノールでさえ、デオドラに疑念の目を向け始めている。
「ふむ。……では貴様が処分するが良い」
「処分?」
「殺して構わん、と言っているのだ。尤も、貴様は初めからその気だったのだろうがな」
すると、黙っていられなくなったデオドラが掠れた声を絞り出した。
「殺し、だと……? 聞いてないぞ王様……!」
「ここでの決闘はどちらかが死んでようやく終了する。私がここで、たった今決めた新ルールだ。貴様が聞いてなくて当然だろう」
横暴な物言いにデオドラの眼付きが鋭さを増す。
それと対照的に、グレイシャは快活な笑いを響かせた。
「フハハハハハ! 国王陛下、貴方は人民の気持ちを理解している良き王だ! ではワシは、そのご期待に沿えるよう全力を尽くしましょうぞ!」
王の勅命とあらば是非もないこと。魔人の討伐という大任を帯びたグレイシャには、もはや一寸の憂いもない。
戦王はソルセイン国民全ての願いを背負い、豪胆にも言い放った。
「デオドラ・ロイーゼに死を!!」
『ウオオオオオオオオォォォォォォォ――!』
かくして熱狂は最高潮を迎える。
原罪の過去を処断する栄誉ある舞台に立ち会えた観客たちは、今までの人生に感謝すらして、戦王の言葉に歓喜していた。
「馬鹿が……!」
デオドラの声などもはや誰の耳にも届いていない様子で、会場の熱気は彼の死を切望していた。
「完全再生」
それはデオドラが体得している治癒魔法の内、最高形態である術だった。死んでいない限りはどんな負傷でも瞬時に全快し、消費する魔力もさしたる量ではない。究極の効率と能率を突き詰めた、妖精王の秘術の一つである。欠点と呼べる部分があるとすれば他人に施すことができないという点くらいだが、味方のいない今の状況ではその欠点も意味を持たなかった。
瀕死から瞬時に復帰したデオドラに対し、グレイシャは感嘆の息を漏らす。現代の戦王の目にも、千年前にデオドラが重宝した治癒魔法は冠絶して見えたらしい。
「正直に言えば残念だ。これ程の男の芽が若くして潰えたとは。正しく在れば、早死にせずに済んだだろうに。……今生においてお主がどこまで行けるのか、叶うのなら見たかった」
十八という年齢を考えれば、デオドラが成長途中という考え方は正しい。魔法も剣技も更なる研鑽の余地があったかもしれない。とは言え、それはグレイシャに推し量れる次元の話ではない上に、グレイシャはその可能性を此処で殺す腹だった。
「……本気で殺し合うつもりなら考え直せ。一緒にあのバカ王に抗議すれば、まだ引き返せるかもしれない」
「フ、そういうお主は腹をくくってはどうだ? 死ぬのはお主の方だ!!」
「何を言ってる……!? 人の生死だぞ!? どう転んでも誰かが後悔するんだぞ……!!」
「背徳者であるお主に、人徳を語られたくはないわい!!」
互いの価値観が全く噛み合っていないことに耐え難くなったデオドラは、先刻までの甘い方策を捨てた。後のことを考えてグレイシャの面目を立たせようとしていたが、相手が決死の戦いを望むなら上等だ。
「……そうかよ。もういい。――引かないなら叩き潰す……!」
今後への影響は一切を考慮に入れない。この戦いを物理的な力で終結させると心に決めた。勝利のために必要な腕力を、求められる威力を、遺憾なく使ってやろうじゃないか。
相手には武器があり、こっちは丸腰だ――だからどうした。
グレイシャは王国次席の戦士である――こっちは人類最強だ。
衆人は魔人の死を熱望して待っている――知ったことか。
「加減の度合いを間違えたらしいが、引き続き俺は殺さないよう最低限の加減をする。アンタは本気で殺しに来い! それでようやく対等だ!」
「では望み通り、驕りを捨て、死力を尽くそう!! その大口、虚栄であってくれるでないぞ!!」
戦王の闘志は狂騒を極めた。猛々しく荒れる魔力の渦が、神罰の如き奇跡を一本の剣に集約させる。
雲が暴れ、大地が震え、空気が軋む。グレイシャが練り上げた魔法は間違いなく一つの災害だった。
「剣技・天動斬! 我が生涯、戦王の全てがここにある!! 正真正銘、ワシの全力全開だ! さぁ、お主も“アマツツミ”を出すと良い!!」
種族大戦において、数多の種族王の頂点に君臨していた竜王を討ち果たした霊器――龍滅剣。デオドラの魂に刻まれたそれは、彼の詠唱によってのみ現出する至宝である。この世界でどう言い伝えられたのかは与り知る所ではないが、確かにデオドラの奥の手との呼べる攻撃手段だった。
「災厄の魔人の真髄を、ワシは真っ向から打破したいのだ! お主の秘奥を見せてみよ!」
天地開闢にも等しい神代の頂上決戦。その決め手とも言える刀剣の極地に対し、勝気であるグレイシャの気概は見事だった。
しかしそれは蛮勇である。
デオドラは自身の最終兵器をこんな安い舞台で披露するつもりも無ければ、グレイシャ相手にこれ以上の魔法を使う気すら無かった。
「――ちゃんと相手を見ろ」
真下から響いた声に、グレイシャは反応すらできなかった。
空気の合間を縫うように完璧な動きでの接近。常人の視力が認識できる動きの“粗”を全く伴わず、まるで場所と場所とを繋ぎ合わせるかのように、デオドラは相手の懐に潜り込んだのだ。
グレイシャの下腹部に鉄拳が撃ち込まれると、その巨体は大砲のように吹き飛んで闘技場の壁に衝突した。
戦王は土煙の中で倒れ伏すと、そのまま意識を失って沈黙する。彼の奥の手である天動斬は打ち放たれていない。それよりも先にデオドラの神速で勝負が決まったのだから。
伏したまま動かない戦王の姿に、観衆たちは言葉も出ない。何の驚愕もなく毅然とした声で喋れたのは、その場でデオドラ一人だけだった。
「もう寝てろ。しばらく起きるな」
一連の動作の中で、魔法の類は一切使われていなかった。
デオドラは純粋な体術だけで、天災級の術を展開した戦王を打ち負かしたのだった。
『――デオドラ! 真面目にやれ! 反撃しろ!』
レイノールに見られていることをここで初めて知ったデオドラは、外野から野次を飛ばす国家元首に辟易する。王の眼にどう映っているのかは知らないが、いたって真面目に戦っているつもりだし、ゆくゆくは反撃する気概もあった。現在防御を徹底しているのは、グレイシャの攻撃に完璧に慣れるためだ。
(……黙って見てろよな)
歯噛みして戦闘に意識を戻す。
すると、息切れ一つ見せず連撃を続けるグレイシャが声を張った。
「フハハハハッ! お主、ワシの猛攻に防戦一方ではないか!!」
「今はな」
「フン! 減らず口をォ!!」
グレイシャの大剣が渾身の膂力を乗せて弧を描く。連撃に混じった本命とも言えるその払い斬りを視認して直後、デオドラはグレイシャが勝負を決めにきていると直感した。これまでの怒涛の攻撃に比べて、その一閃だけが明らかに異常な魔力を帯びていたからだ。
魔法が併用されれば、驚異度は愚直な剣撃と比にならない。
そろそろ様子見は終わるか――と、デオドラが攻勢に転じようとした瞬間だった。
『――誅罰』
「ッッ!?」
身体の内側、という予想外の方向から不可避の呪いが発動する。魔力炉に刻まれたロイヤルギアスの術式が、あらゆる神経を介して痛みという痛みを全細胞に送り込む。
一瞬の硬直も仕方のないことだった。
強張った肉体は思考を許さず、回避行動すら縛り、無防備なままにグレイシャの横薙ぎを受け入れる。
「く……、そ……!」
鮮血が舞った。
既に回避の初動に入っていたことが功を奏し、腹部の裂け目は内臓に届かない深さに抑えられたが、十分に致命傷である。魔法による防御を選択していたならこうはならなかっただろう。デオドラは自分の判断を悔やみつつ、後方に跳躍して距離をとった。
「ぐ……チィ!!」
こうしている間にも、ロイヤルギアスは継続して毒魔法を連投し続けている。出血する腹部を抑え、怪我の具合と出血量を把握しようとするも、脳を啄むように思考を埋め尽くす激痛によって意識は乱脈を極めた。
自分の中で地獄が顕現しているかのようだった。
修羅が腹の中で棍棒を振り回し、人喰い虫が頭蓋の中を埋め尽くし、両腕両脚が末端から崩れていく。
言葉にならない苦痛によって、もはや何処に外傷を負ったかも理解できない。外側から腹を切り裂かれた筈だが、感覚的には現在進行形で内側から腹をめった刺しにされている感覚だった。
「手応えあり! 動きが鈍ったな。流石に疲労が溜まってきたか?」
得意顔でそういったグレイシャだが、今のデオドラは物事を認識するための頭の容量が痛みで埋め尽くされているため、外部の音を聞き分けることすらできなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
膝を曲げ、両手を地に着け、必死に酸素を取り入れる。
痛みの度合いは収まる気配もないが、数秒その状態が続いたことで耐性をつけてきた身体が、思考の為の余力を回復させた。
この場での最適な行動を弾き出すよりも、まず真っ先に浮かんだのはレイノールへの苛立ちだった。
(戦いの最中に! それも、こんな強敵との闘いの最中に! あの王様使いやがった!!)
初っ端から全力を出さず、異質な戦い方を選択したデオドラも確かに慢心があったかもしれない。だが、グレイシャは決定的な油断が許されるような相手ではなかった。現に今、彼の攻撃によってデオドラは死の淵に追い詰められたのだから。
恣意的で独善的なレイノールの判断を許す気にはなれなかった。
ただでさえロイヤルギアスは死の苦痛すら越えた毒を発生させる。その上で戦王と交戦すれば、結果など目に見えているだろうに。
(畜生……! 覚えてろクソ野郎が!)
とりあえず、レイノールには一泡吹かせなければ気が済まない。
報復の決意を内に秘め、デオドラはゆらりと立ち上がった。震える脚に鞭を打ち、気力のみで身体を支える。痛みが引くまで相手との距離を保たねば――と今後の戦いの構想を練っていると、
「……ご、ブぉェッ!?」
「……む?」
口からだけでなく鼻と耳、瞳から血が溢れた。
現在デオドラを蝕んでいる毒魔法は、感覚的に痛覚を刺激するだけのものではない。全身のあらゆる器官の稼働を急激に加速させて痛みを循環させるため、限度を超えると徐々に身体そのものが壊れていくのだ。
死域に近づいていく自分を感じたデオドラは焦燥を重ねるが、そんな彼の様子を見て観衆は沸いた。
「野郎、血を吹いたぞ!」
「さっきの剣圧で内臓が破裂したんだ!」
「さすがは戦王グレイシャだな!」
実際に生の人間が流血する光景を見て喚起する精神性は、デオドラに理解できないものだ。災厄の魔人の集める憎しみがデオドラに集約し、この狂気の事態を招いている。
グレイシャは吐血し蹲るデオドラを見て、無知な観客とは全く真逆の感想を抱いた。
「……観衆は的外れな解釈をしているようだが、ワシの目は誤魔化せんぞ。今の出血、ワシの攻撃とは無関係だな。くく、不完全な転生体では激しい運動に耐え切れず、自壊してしまうといったところか?」
「的外れで言うなら、アンタも大概だな……ッ」
とは言え、当たらずも遠からずである。デオドラの身体は確かに自壊を始めており、刻一刻と絶命へと接近している。
ロイヤルギアス作動中は魔力炉が毒魔法発動のために動いているため、魔法による回復という手段がとれない。要するに現状への有効な対応策というものは、主体的なものに限っては存在しないのだ。術を操る者――現在ならレイノールがこれに該当する――がロイヤルギアスを止めない限り、永久にデオドラは苦しみ続ける。
……もしや、自分はこのまま殺されてしまうのではないか。
そんな考えがデオドラに芽生え始めた頃、身体を蝕む痛みが瞬く間に消滅した。
「はぁ、はぁ……治まった、か」
早計ぎみなレイノールでも、貴重な主戦力であるデオドラを潰すほどの愚は犯さないのか。それとも、死の間際すれすれに至るまであえて時間を取り、限界までデオドラを苦しめたのだろうか。
どちらにせよ忌々しい男だ。デオドラが国王への怒りの声を噛み殺していると、愉快そうな声音でグレイシャが言った。
「王よ! この男、あの『災厄の魔人』に本当に相違ないのですか! だとすれば弱すぎる! 完璧な状態で転生させるには、あの術式では至らぬ部分があったのでしょうなぁ!」
実際の所、全力で決闘に挑んでいたグレイシャに対し、デオドラは本来の実力の一片すら見せていない。屈辱的な話だが、グレイシャの結論を否認できない状況だった。弱すぎるとの評価を覆せる材料を出せていないのだから。
「……ほう。戦王よ、貴様は転生魔法が失敗した思うか?」
「無論ですとも! 四天大聖と刺し違えた魔人が、こんなに弱い筈がない!」
レイノールに問われ、グレイシャは更に補足した。
そう、デオドラは“四天大聖”と一人で互角に渡り合った最強人類なのだ。その脅威の程は確実に認められているだろうし、度重なる挑発を受けて全力を出し惜しむような器量が魔人にあると思う者はいない。
四天大聖の名を出すだけで、グレイシャの言葉は現代人を納得させる説得力を持つようになっていた。
レイノールでさえ、デオドラに疑念の目を向け始めている。
「ふむ。……では貴様が処分するが良い」
「処分?」
「殺して構わん、と言っているのだ。尤も、貴様は初めからその気だったのだろうがな」
すると、黙っていられなくなったデオドラが掠れた声を絞り出した。
「殺し、だと……? 聞いてないぞ王様……!」
「ここでの決闘はどちらかが死んでようやく終了する。私がここで、たった今決めた新ルールだ。貴様が聞いてなくて当然だろう」
横暴な物言いにデオドラの眼付きが鋭さを増す。
それと対照的に、グレイシャは快活な笑いを響かせた。
「フハハハハハ! 国王陛下、貴方は人民の気持ちを理解している良き王だ! ではワシは、そのご期待に沿えるよう全力を尽くしましょうぞ!」
王の勅命とあらば是非もないこと。魔人の討伐という大任を帯びたグレイシャには、もはや一寸の憂いもない。
戦王はソルセイン国民全ての願いを背負い、豪胆にも言い放った。
「デオドラ・ロイーゼに死を!!」
『ウオオオオオオオオォォォォォォォ――!』
かくして熱狂は最高潮を迎える。
原罪の過去を処断する栄誉ある舞台に立ち会えた観客たちは、今までの人生に感謝すらして、戦王の言葉に歓喜していた。
「馬鹿が……!」
デオドラの声などもはや誰の耳にも届いていない様子で、会場の熱気は彼の死を切望していた。
「完全再生」
それはデオドラが体得している治癒魔法の内、最高形態である術だった。死んでいない限りはどんな負傷でも瞬時に全快し、消費する魔力もさしたる量ではない。究極の効率と能率を突き詰めた、妖精王の秘術の一つである。欠点と呼べる部分があるとすれば他人に施すことができないという点くらいだが、味方のいない今の状況ではその欠点も意味を持たなかった。
瀕死から瞬時に復帰したデオドラに対し、グレイシャは感嘆の息を漏らす。現代の戦王の目にも、千年前にデオドラが重宝した治癒魔法は冠絶して見えたらしい。
「正直に言えば残念だ。これ程の男の芽が若くして潰えたとは。正しく在れば、早死にせずに済んだだろうに。……今生においてお主がどこまで行けるのか、叶うのなら見たかった」
十八という年齢を考えれば、デオドラが成長途中という考え方は正しい。魔法も剣技も更なる研鑽の余地があったかもしれない。とは言え、それはグレイシャに推し量れる次元の話ではない上に、グレイシャはその可能性を此処で殺す腹だった。
「……本気で殺し合うつもりなら考え直せ。一緒にあのバカ王に抗議すれば、まだ引き返せるかもしれない」
「フ、そういうお主は腹をくくってはどうだ? 死ぬのはお主の方だ!!」
「何を言ってる……!? 人の生死だぞ!? どう転んでも誰かが後悔するんだぞ……!!」
「背徳者であるお主に、人徳を語られたくはないわい!!」
互いの価値観が全く噛み合っていないことに耐え難くなったデオドラは、先刻までの甘い方策を捨てた。後のことを考えてグレイシャの面目を立たせようとしていたが、相手が決死の戦いを望むなら上等だ。
「……そうかよ。もういい。――引かないなら叩き潰す……!」
今後への影響は一切を考慮に入れない。この戦いを物理的な力で終結させると心に決めた。勝利のために必要な腕力を、求められる威力を、遺憾なく使ってやろうじゃないか。
相手には武器があり、こっちは丸腰だ――だからどうした。
グレイシャは王国次席の戦士である――こっちは人類最強だ。
衆人は魔人の死を熱望して待っている――知ったことか。
「加減の度合いを間違えたらしいが、引き続き俺は殺さないよう最低限の加減をする。アンタは本気で殺しに来い! それでようやく対等だ!」
「では望み通り、驕りを捨て、死力を尽くそう!! その大口、虚栄であってくれるでないぞ!!」
戦王の闘志は狂騒を極めた。猛々しく荒れる魔力の渦が、神罰の如き奇跡を一本の剣に集約させる。
雲が暴れ、大地が震え、空気が軋む。グレイシャが練り上げた魔法は間違いなく一つの災害だった。
「剣技・天動斬! 我が生涯、戦王の全てがここにある!! 正真正銘、ワシの全力全開だ! さぁ、お主も“アマツツミ”を出すと良い!!」
種族大戦において、数多の種族王の頂点に君臨していた竜王を討ち果たした霊器――龍滅剣。デオドラの魂に刻まれたそれは、彼の詠唱によってのみ現出する至宝である。この世界でどう言い伝えられたのかは与り知る所ではないが、確かにデオドラの奥の手との呼べる攻撃手段だった。
「災厄の魔人の真髄を、ワシは真っ向から打破したいのだ! お主の秘奥を見せてみよ!」
天地開闢にも等しい神代の頂上決戦。その決め手とも言える刀剣の極地に対し、勝気であるグレイシャの気概は見事だった。
しかしそれは蛮勇である。
デオドラは自身の最終兵器をこんな安い舞台で披露するつもりも無ければ、グレイシャ相手にこれ以上の魔法を使う気すら無かった。
「――ちゃんと相手を見ろ」
真下から響いた声に、グレイシャは反応すらできなかった。
空気の合間を縫うように完璧な動きでの接近。常人の視力が認識できる動きの“粗”を全く伴わず、まるで場所と場所とを繋ぎ合わせるかのように、デオドラは相手の懐に潜り込んだのだ。
グレイシャの下腹部に鉄拳が撃ち込まれると、その巨体は大砲のように吹き飛んで闘技場の壁に衝突した。
戦王は土煙の中で倒れ伏すと、そのまま意識を失って沈黙する。彼の奥の手である天動斬は打ち放たれていない。それよりも先にデオドラの神速で勝負が決まったのだから。
伏したまま動かない戦王の姿に、観衆たちは言葉も出ない。何の驚愕もなく毅然とした声で喋れたのは、その場でデオドラ一人だけだった。
「もう寝てろ。しばらく起きるな」
一連の動作の中で、魔法の類は一切使われていなかった。
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バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
帝国の王子は無能だからと追放されたので僕はチートスキル【建築】で勝手に最強の国を作る!
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さぁ〜て今日も一日、街作りの始まりだ!!
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