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一章【王城脱走編】
第七話:大量虐殺Ⅲ
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不吉な閑寂の訪れた会場で独り佇むデオドラは、特別席で自分を見下ろす王の姿を見やった。レイノールの表情は驚嘆も狼狽もない鉄仮面で、変わらぬ温度のない双眸でデオドラを正視している。
その品定めされるような眼差しが癪に障ったデオドラは、
「見てたか王様!? 今の男の尺度じゃ、俺の全ては測れないらしいな!?」
恐らく気絶しているであろうグレイシャはまだ死んでいない。それなりに力の籠った拳打とはいえ、前言通りにデオドラは相手が絶命しない程度に加減を加えていた。レイノールの敷いた規則通りならまだ勝敗は決していないが、どれだけ無知蒙昧な者でも、今の戦いの顛末を見れば互いの力量差に絶対的な溝があると理解できるだろう。
「俺は剣士だが剣すら使ってない! 軽く小突いてこの有様だ! 次はこの国で一番強い奴とでも戦わせるか!?」
その序列がどのように組み立てられているにせよ、二番目に据えられたグレイシャの力量を鑑みれば、王国の頂点に居るという人物もデオドラの全力に値するということはないだろう。
誰が相手だろうと、デオドラは余力を残したまま打倒する自信があった。戦力としての彼の全容は、レイノールの予想の中に納まっていない。グレイシャを軽々と打ち負かしたことがその証明である。
人としての気質は簡単に示せるものではないが、力だけなら十分に周知させられた筈だ。
「……ともかく決闘は終わりだ。戦王様とやらじゃ相手にならない」
グレイシャを格下と称するような言い回しでも、野次は飛んでこなかった。誰の目にも反論の余地がない。
だがレイノールは譲れない腹心があるのか、強情に食い下がった。
「……片方の死を以って決闘を終わらせると言った。まだどちらも死んでいない」
「はぁ!? 奴との力関係は証明された!! もう俺は此処でこれ以上戦わない!!」
ロイヤルギアスを使用しようとでもしたのか、レイノールがデオドラに片手を翳した。
そのまま呪文を口にされれば、一瞬で人間を廃人にしてしまいかねない苦痛の群が押し寄せてくる。そうなる前に、デオドラは全く委縮しない様子で毅然と言い放った。
「……忠告しとくぞ、レイノール。俺の用法に関する貴重なお知らせだ。
国王様だろうと貴族様だろうと、もし今後、俺に無為な殺しを強いる奴が現れたとしたら、俺が飛ばすのはソイツの首だ。俺はアンタの罰なんて毛ほども怖くない! やると決めたらやってやる!!」
言外に行われた殺人宣告は、実のところ可能だった。
デオドラの最高速なら、レイノールが詠唱を終えるまでに――いや、詠唱を始めるために声帯を動かした段階で、彼の心臓に手が届いていることだろう。
そう、殺そうと思えば殺せる。
だがやらなかった。
デオドラとて、自分が吟味されるべき立場の人間だと理解している。千年前に世界を救ったのだと自認していようと、歴史に反映されていないのなら、彼はただの超人であり罪人である。そんな状態で実際に国王を殺すような英断は行えない。
「アンタの命運を握ってるのは俺だ。だからよく聞け――決闘は終わった! 俺の勝ちだ!」
まるで交渉人のように高圧的な語調には、ロイヤルギアスへの恐怖が一切織り込まれていなかった。
「……二度も『誅罰』を受けたというのに、全く私に怯えていないな。貴様のような存在はあり得ない、生物として。――これは由々しき問題だ」
唸りながらも、レイノールは自身の目的を振り返る。
『災厄の魔人』を御し、復活する『災厄の王』を滅ぼすのがレイノールの本来の目的である。決して、デオドラの善意に縋り、助力を乞うような形にはしたくない。
この怪人を必ず使役してみせなければならないのだ。
故にデオドラの圧に屈することは選択肢にない。
「貴様の警告は承服しかねる。貴様が本当に私を殺す手段を持っているのなら、当初より計画していた私の予定は実現できない。その場合は……ふむ、潔く貴様にこの国の全てを差し出し、隷属し、支配と庇護を求めるしかなくなる訳だが――その未来に私は要らないだろう」
「……何が言いたい?」
レイノールはデオドラの胸中を完全には理解していない。デオドラが殺意を持って反逆してくる可能性を十二分に考えており、ロイヤルギアスでそれに対処できない可能性というのも考えている。
それでも怖じることなく、貫禄を保ったまま余裕の微笑を浮かべた。
「要するにだ。私を殺せるのなら殺してみろ。出来なければグレイシャを殺せ。私は選択肢を与え、見守るだけだ。貴様が選び、実行しろ。譲歩はない」
聞いて、デオドラは怪訝な顔をする。
「……本気で言ってるのか?」
「無論だ」
レイノールは冷笑した。耳聡い彼はデオドラの声音でようやく悟ったのだろう。本当は国王に対して逆心を向けるような決意が、まだ固まっていないのだと。
だからこそ、レイノールは更に強まった語気で言った。
「――死は恐るるに足りん。あまり王を舐めるなよ、愚物めが」
デオドラは歯噛みして、眉根を寄せる。
交渉にも警告にも応じる様子を見せないレイノールには、激情を見せるだけ無駄である。デオドラは一つ、忌々しそうに舌打ちをした。
「ったく、クソ……! 傲慢な奴め……!」
◇◆◇
レイノールは懊悩の様子を晒しているデオドラから視線を流し、傍で佇む銀髪赤眼の護衛騎士へと問いかける。
「……最高騎士、貴様はアレをどう思う?」
王国最強の女騎士は、その問いに率直な意見を返した。
「人格はおおよそ見えました。さほどの難物ではないでしょう」
「……セリアと同じ感想か」
最高騎士の述べた感想は、事前にレイノールが聞かされていた妹からのデオドラの評価と概ね合致していた。
デオドラは現行の歴史通りの悪辣な堅物でなければ悪人でもなく、むしろ模範的な人間的資質を持つ善良な人間である。請願すれば助力にも応じるだろうし、対等に接すれば話の通じる男でもある。また、残酷な仕打ちに不快感を持つ人並な感性も兼ね備えていた。
魔人の正体を――直感的にではあるが――見抜いた最高騎士は、王に一つの提言を行った。
「陛下、もう少しデオドラに対する物腰を柔らかくしてみれば? 友として遇するのです。彼も決して悪いように感じないでしょう」
「甘い考えは捨てろ。魔人を厚遇して下手を打てば、十二貴族院からの反発は避けられん。……それに、最近は教会のこともある。これ以上の揉め事は御免だ」
国家を統べる人物として相応の重荷と枷を甘受しているであろうレイノールに対し、最高騎士は必要以上に遜ることもなければ、諭すことも、異議を持つこともしなかった。レイノールが今のデオドラへの対応を適切だと判断しているのなら、彼女からこれ以上意見することはない。
最高騎士は唯一の国王直属の従者である。彼女は自分の立場を明瞭に弁えていた。
「……心配ですね。あの子、本気で陛下のことを襲うつもりは無いでしょうが――おそらく可能ですよ」
「……そうかもな」
その時、慌ただしい足音がレイノールの耳に届いた。
息を切らしながら現れたのは衛兵である。衛兵は脇に抱えた背丈の低い男の頭を押さえつけながら、自らも恭しくその場で傅いた。
「どうした?」
「陛下に急報です!!」
王に促された衛兵は、片手で拘束している男を見やると、
「この者が、入場者の身体検査を怠るように取り計らっていました! その理由を尋問したところ、意図的に武装した集団を会場内に入れることが目的だったようで!」
「……何だと?」
ソルセインでは自衛の為の武装が全面的に認められている。ただし、国営の公共施設に許可なく武器を持ち込むことは一律禁止である。国営であるからこそ、王政の勅命で動く兵が市民の安全を完璧に約束しているのだ。
その規律が破られたというのは黙認できない問題であり、デオドラの脅迫で欠片も動じなかったレイノールにも、焦燥の色が浮かんできた。
「この者が吐いた情報によると、王都でデオドラ・ロイーゼ暗殺のための義勇団が募られていたらしく、それらが既に闘技場内で潜伏しているとのことです! また、義勇団全員が、魔弾銃を所持している模様!」
「……っ」
衛兵の報告にレイノールは心臓を掴まれた気分だった。
災厄の魔人を陰ながら暗殺しようという企ては、噂程度に王室にも届いていた。調査団を派遣しても徒労だろうと考え、放任したのは昨夜のことだ。
それが今、義勇団という形で集団と成り、行動に移っているのだと言う。
自分が下した判断が楽観的だったと気付き、レイノールは目を伏せる。
「……義勇団とやらは客に紛れているのか?」
「そのようです! どうかデオドラをお隠しになってください! グレイシャがデオドラを殺し損ねたとなると恐らく……彼を狙って闘技場で魔弾が飛び交うでしょう! 流れ弾で市民たちが死傷する恐れがあり、危険です!!」
あらゆる不安要素と危険要素を取り除かねばならない。ただでさえデオドラという爆弾を抱えているのだから、必要以上の問題は絶対に避けたいところだった。
「クソ、仕方ないか……!」
早々に考えを纏めたレイノールはデオドラを早急に非難させるべきと判断し、決闘台の魔人を細めた目で睨め付けた。
◇◆◇
ソルセインの教育書には、デオドラ・ロイーゼの凶行の数々が記されている。
災厄の魔人の他にも様々な異名で呼ばれるデオドラだが、子供たちは『デオドラ・ロイーゼ』を通して罪と悪徳の概念を学び、『デオドラ・ロイーゼ』を通して善の意味を知る。
デオドラに類する事柄は全て悪であり、反する事柄は全て善である――それが、この国の社会通念だった。
よって、ソルセイン人がデオドラを憎み、恨み、呪うことは、彼らに連綿と受け継がれてきた義務であり、絶対遵守の道徳そのものなのだ。もはやそこに理屈は残っておらず、形骸化した形だけの憎しみだが、だからこそ根深く浸透している。
――おい聞いたか、国王様が災厄の魔人を現世に蘇えらせたんだとよ……!
ある日、どこから湧き出たのか、王都にデオドラの転生が吹聴された。
――転生魔法が完成したのか!? 凄いぞ、歴史的偉業だ!!
――しかし、どうしてデオドラなんかを転生させるんだ?
――きっと、過去に我らの先祖が受けた屈辱を返すためだ!
中途半端な情報が漏れたために、足りない部分は国民の感情が補った。彼らにとって都合の良いように解釈され、肉付けされていく。
やがて、デオドラ・ロイーゼが蘇ったのは、生きた状態で罪を償わせる為だと結論付けられた。今のソルセイン人の手で、憎きデオドラを惨殺し、過去の罪を清算するのだと。そうすることで、ソルセインは償いきれない筈だった罪から解放されるのだと。
――奴はソルセインの負の歴史そのものだ! 国民一丸となって、奴に報復しなければ!!
――そうよ……! 私たちにはその資格がある……!!
――では義勇団を募りましょう!! 確実に、奴を仕留める為に!!
怨嗟の声は束になる。その声に多くの者が同調し、賛同し、更に肥大化させていく。
やがて、義勇団が結集する傍らで、王都にて暴動が起きた。
――デオドラ・ロイーゼに死を!
――ソルセイン王国万歳!!
闘技場にいるデオドラは知らない。まさか、自分の命を狙う集団が観客席に紛れ、全員飛び道具で武装しているだなどと。
デオドラは特別席のレイノールを観察していた。途中で乱入した衛兵と共に何やら騒ぎ立てている。冷徹で非情な王にしては珍しく焦っている様子で、只事でないと理解できる。何かが起きたのだ。
「……何を話してる?」
聞き耳を立てても流石に全ては聞き取れない。誰かが何処かに侵入したという旨の報告は聞き分けられたが、その他のやり取りは客席で再燃しつつある騒音に掻き消えた。
数秒後、レイノールが突然激しい剣幕で席から身を乗り出した。
「デオドラ! 今すぐ裏に戻って来い!」
「今すぐ? さっきまでグレイシャを殺せって五月蠅かったくせに、どういう風の――」
――吹き回しだ? と言い終わる前に空気が破裂するような音が響いた。
聞きなれない音波にデオドラは疑問符を浮かべ、瞬時に音の発信源を推定してそこを見る。
体格の良い男性が立っていた。持ち手を取り付けた黒く細い筒のようなものを構え、デオドラに向けている。筒の中からは煙が出ており、どういう用途で作成された物なのか見当が付かない。
――そして、何かに肩を射抜かれる。
「痛ッ」
デオドラは反射的に出血箇所を抑えた。
「な、何だ!? 投石!? 誰が!?」
自分の身体を何が襲ったのかは理解できる。高速で飛んできた極小の粒か何かが、デオドラの身体にめり込んだのだ。
デオドラは常時魔法で軽い防御膜を生成しているため、グレイシャなどの戦士の猛者が剣を振るってようやく負傷を許す堅牢な肉体をしている。単純な自然現象では簡単に傷つかない肉体のため、デオドラにめり込んだ何かは表皮を抉り、筋肉の表層付近で受け止められていた。
「何を、された……?」
魔弾銃。それは魔力の籠った弾丸を射出する、貫通力を極限まで高めた凶器の一種である。従来の銃とは精度の桁が違う輸入品だった。
しかし過去の人間であるデオドラにはその武器の知識がない。
そもそも、“銃”の概念を知らなかった。
どれだけ頭を捻っても、完全な状況判断は不能だった。
「う、撃て撃てぇぇぇぇ!!」
「殺せェェ!!」
「魔人を撃ち殺せぇッッ!」
百人余りの人間――デオドラ暗殺を目論む義勇団たちが観客席で立ち上がり、それぞれ魔弾銃を構え、間を置かずに発砲する。
四方八方から飛んでくる弾丸を視認し、デオドラは自身の肩を穿った物の正体を悟った。
(――コレ、千年前には、無かった武器――)
初見の攻撃に虚を突かれ、反応が遅れる。
(――理屈が、分から――対処方、正解は――逃げ道――どうすれば――!)
致命傷になりうる攻撃は防御するのではなく回避することが、デオドラが考える戦闘の鉄則である。防御系統の魔法を練るよりも、回避行動に移る方が機敏な直感を養えるからだ。
その癖が、この場では裏目に出た。
デオドラの得意とする反重力魔法は、移動速度の向上だけでなく障壁作成にも転用できる。その魔法を使って防御行動を取れば良かった。
完全に不意打ちされて狼狽してしまったこともあり、彼は全ての弾丸を回避するという誤った選択をしてしまったのだ。
――まさか、輸入品の魔弾銃に、追尾性能があるとは知らずに。
「あ、い゛ッ、ガぁ……ッ!!」
全弾、被弾した。
しかもその間にも発砲は続いている。
秒速で数百の魔弾が飛び、一つ残らずデオドラの全身を貫いていく。
かつて種族王を撃破したデオドラの強みは、あらゆる攻撃を躱す俊敏性と一撃の威力である。確かに彼は常人より頑強だが、断じて怪物じみた耐久力がある訳ではない。
デオドラは一人の生身の人間なのだ。
「何をしている貴様ら!! 厳罰だぞ!! 今すぐやめろ!!」
何処かで誰かが義勇団に厳しく諫言した。しかし、弾丸の幕は収まる気配がない。
――痛い! ――痛い痛い! ――痛い! ――痛い痛い痛い! ――どうして!? ――痛い! ――弾くか!? ――痛い、痛い! ――他の人間に飛び火したら! ――痛い! ――痛い痛い痛い! ――急所に当たると不味い! ――痛い痛い! ――痛い、痛い、痛い痛い! ――でもこのままだと!
「あ、ア゛ぁ……や゛め……ッ!」
痛みの度合いで言えば、ロイヤルギアスの『誅罰』の方が遥かに辛い。
しかし、物理的な身体の破損は今の方が深刻だ。
命の危機を感じたデオドラの本能や生存機構が全力で警鐘を鳴らし、身体が無意識に防衛行動を取った。
これは戦いの癖が身に着いた戦士の脊髄反射のようなもので、意図して押し殺せるものではない。だが、デオドラの防衛行動は並の人間の度を越えていた。
(――龍滅剣――!)
心の中でその名を叫び、デオドラの手元に蒼刀が顕現する。
それは千年前、あらゆる物理攻撃を吸収する竜王の肌をも切り裂いた大業物であり、デオドラが鬼族の長である羅刹王から強奪した世界三大神器の一つである。
「アアアアアアアアアッッ!!」
叫びながら、デオドラは刀を振るった。
それは剣技と呼ぶには余りに荒々しく、雑な上に、狂暴な薙ぎだった。
龍滅剣は、世界のあらゆる法則を概念として司る空間――天則時空に接続されており、天則から“破壊”の概念を抽出する武器である。
すなわち、この刀による攻撃はどんな原理よりも優先され、破壊という災害を齎すのだ。
そんなものを振り、斬撃が発生すれば、天災じみた結果に終わるというのは言うまでもない。
数秒後。
デオドラが半ば無意識的に使用した龍滅剣により、闘技場の半分が観客席を巻き込んで消し飛び、空の雲が完全に消失していた。
「…………ぁ」
後にデオドラは、今日のことを生涯最大の不覚として大いに悔いることになる。
何故なら、今の一撃は明らかに無関係の一般客にも及んでいたからだ。
この一瞬で何十人、いや何百人――もしくは、千人近くの者が死んだだろう。
「……ま、魔人が、攻撃を」
「き、聞いてねェぞ! 魔弾で死なない生き物なんて!!」
「化け物め……! なんてことを……!」
理屈を逸脱した魔人の反撃に、生き残った観客たちは狼狽えだす。
今のデオドラの一振りは殆ど無自覚に繰り出されたものであり、だからこそ全力の一端が発揮された。会場の被害を見れば、グレイシャとの決闘はまるで児戯である。
誰もが納得し、戦慄した。
デオドラ・ロイーゼは、軽々と一国を滅ぼし得るだろう。
この男と比べば、自分たちは羽虫以下の塵芥同然である、と。
「――ぜ、全員逃げろ! デオドラに殺される!! ソルセインが!! 滅ぼされる!!」
闘技場には大恐慌が訪れた。
我先にと逃げ惑う者もいれば、同伴していた知人や愛する者を探す者もいる。
秩序のない地獄がそこにあった。
「…………っ」
デオドラは息を呑む。誤った歴史を正し、現代人に認められたかったが、これでは完全に災厄の魔人だ。憎まれることは勿論、恐れられても仕方がない。
それでも自分が罪人だと認めきれなかったデオドラは、先刻の反撃の正当性をレイノールに訴え出た。
「さ、最初に危害を加えてきたのはあっちだ! 今のは正当防衛だよな!?」
「……貴様」
レイノールはこれまでと打って変わって、激昂の面持ちだった。
「誅罰!!」
穴だらけで血濡れのデオドラの死に体に、ロイヤルギアスの毒が迸る。
純粋な疲労と、物理的な傷、そして誅罰の毒が相まって、意識が吹き飛びそうな感覚だった。
デオドラは歯軋りしながら痛みを耐え、ボロボロの肉体に鞭を打って更に訴えを続けようとする。
「俺は、自分の身、を、守っただけ――!」
「――女も子供もいた! 無関係の市民が大量に吹き飛んだ! 今のは防衛でなくただの大量虐殺だ!!」
納得のいかない表現でありながらも、否定しきれない現実がある。
黙然と苦悩するデオドラに、追い打ちとばかりに口撃が飛んだ。
「貴様はグレイシャを生身で倒した! それ程屈強だったなら、貴様は無抵抗に、弾を浴びるべきだった!! せめて防御行動か回避行動なら許せたが、反撃は容認出来ない!!」
「そん、な――」
デオドラも殺される所だった。これは事実だ。防護措置もなく魔弾銃で撃たれ続けていたなら、数分と待たずに絶命していただろう。そして、この惨状を作り上げた発端は最初にデオドラを銃撃した者たちにもあった。そう考えれば、確かに先程の一刀は防衛行動に該当する。
しかし、たったの人薙ぎで闘技場を半壊させるというデオドラの超常的な実力を目の当たりにした今、レイノールにはそれが大量虐殺という名の過剰防衛にしか見えなかった。
「衛兵! 魔人を連れていけ! さっさと牢に戻せ!!」
「「はっ!」」
十人余りの兵士がデオドラを組み伏せ、拘束した。
抵抗はしない。出来なかった。
デオドラは今日、初めて罪の無い人間を殺したのだ。強烈な罪悪感という久しい感情に支配され、もはや反論や自己弁護の気力は何処にも無かった。
その品定めされるような眼差しが癪に障ったデオドラは、
「見てたか王様!? 今の男の尺度じゃ、俺の全ては測れないらしいな!?」
恐らく気絶しているであろうグレイシャはまだ死んでいない。それなりに力の籠った拳打とはいえ、前言通りにデオドラは相手が絶命しない程度に加減を加えていた。レイノールの敷いた規則通りならまだ勝敗は決していないが、どれだけ無知蒙昧な者でも、今の戦いの顛末を見れば互いの力量差に絶対的な溝があると理解できるだろう。
「俺は剣士だが剣すら使ってない! 軽く小突いてこの有様だ! 次はこの国で一番強い奴とでも戦わせるか!?」
その序列がどのように組み立てられているにせよ、二番目に据えられたグレイシャの力量を鑑みれば、王国の頂点に居るという人物もデオドラの全力に値するということはないだろう。
誰が相手だろうと、デオドラは余力を残したまま打倒する自信があった。戦力としての彼の全容は、レイノールの予想の中に納まっていない。グレイシャを軽々と打ち負かしたことがその証明である。
人としての気質は簡単に示せるものではないが、力だけなら十分に周知させられた筈だ。
「……ともかく決闘は終わりだ。戦王様とやらじゃ相手にならない」
グレイシャを格下と称するような言い回しでも、野次は飛んでこなかった。誰の目にも反論の余地がない。
だがレイノールは譲れない腹心があるのか、強情に食い下がった。
「……片方の死を以って決闘を終わらせると言った。まだどちらも死んでいない」
「はぁ!? 奴との力関係は証明された!! もう俺は此処でこれ以上戦わない!!」
ロイヤルギアスを使用しようとでもしたのか、レイノールがデオドラに片手を翳した。
そのまま呪文を口にされれば、一瞬で人間を廃人にしてしまいかねない苦痛の群が押し寄せてくる。そうなる前に、デオドラは全く委縮しない様子で毅然と言い放った。
「……忠告しとくぞ、レイノール。俺の用法に関する貴重なお知らせだ。
国王様だろうと貴族様だろうと、もし今後、俺に無為な殺しを強いる奴が現れたとしたら、俺が飛ばすのはソイツの首だ。俺はアンタの罰なんて毛ほども怖くない! やると決めたらやってやる!!」
言外に行われた殺人宣告は、実のところ可能だった。
デオドラの最高速なら、レイノールが詠唱を終えるまでに――いや、詠唱を始めるために声帯を動かした段階で、彼の心臓に手が届いていることだろう。
そう、殺そうと思えば殺せる。
だがやらなかった。
デオドラとて、自分が吟味されるべき立場の人間だと理解している。千年前に世界を救ったのだと自認していようと、歴史に反映されていないのなら、彼はただの超人であり罪人である。そんな状態で実際に国王を殺すような英断は行えない。
「アンタの命運を握ってるのは俺だ。だからよく聞け――決闘は終わった! 俺の勝ちだ!」
まるで交渉人のように高圧的な語調には、ロイヤルギアスへの恐怖が一切織り込まれていなかった。
「……二度も『誅罰』を受けたというのに、全く私に怯えていないな。貴様のような存在はあり得ない、生物として。――これは由々しき問題だ」
唸りながらも、レイノールは自身の目的を振り返る。
『災厄の魔人』を御し、復活する『災厄の王』を滅ぼすのがレイノールの本来の目的である。決して、デオドラの善意に縋り、助力を乞うような形にはしたくない。
この怪人を必ず使役してみせなければならないのだ。
故にデオドラの圧に屈することは選択肢にない。
「貴様の警告は承服しかねる。貴様が本当に私を殺す手段を持っているのなら、当初より計画していた私の予定は実現できない。その場合は……ふむ、潔く貴様にこの国の全てを差し出し、隷属し、支配と庇護を求めるしかなくなる訳だが――その未来に私は要らないだろう」
「……何が言いたい?」
レイノールはデオドラの胸中を完全には理解していない。デオドラが殺意を持って反逆してくる可能性を十二分に考えており、ロイヤルギアスでそれに対処できない可能性というのも考えている。
それでも怖じることなく、貫禄を保ったまま余裕の微笑を浮かべた。
「要するにだ。私を殺せるのなら殺してみろ。出来なければグレイシャを殺せ。私は選択肢を与え、見守るだけだ。貴様が選び、実行しろ。譲歩はない」
聞いて、デオドラは怪訝な顔をする。
「……本気で言ってるのか?」
「無論だ」
レイノールは冷笑した。耳聡い彼はデオドラの声音でようやく悟ったのだろう。本当は国王に対して逆心を向けるような決意が、まだ固まっていないのだと。
だからこそ、レイノールは更に強まった語気で言った。
「――死は恐るるに足りん。あまり王を舐めるなよ、愚物めが」
デオドラは歯噛みして、眉根を寄せる。
交渉にも警告にも応じる様子を見せないレイノールには、激情を見せるだけ無駄である。デオドラは一つ、忌々しそうに舌打ちをした。
「ったく、クソ……! 傲慢な奴め……!」
◇◆◇
レイノールは懊悩の様子を晒しているデオドラから視線を流し、傍で佇む銀髪赤眼の護衛騎士へと問いかける。
「……最高騎士、貴様はアレをどう思う?」
王国最強の女騎士は、その問いに率直な意見を返した。
「人格はおおよそ見えました。さほどの難物ではないでしょう」
「……セリアと同じ感想か」
最高騎士の述べた感想は、事前にレイノールが聞かされていた妹からのデオドラの評価と概ね合致していた。
デオドラは現行の歴史通りの悪辣な堅物でなければ悪人でもなく、むしろ模範的な人間的資質を持つ善良な人間である。請願すれば助力にも応じるだろうし、対等に接すれば話の通じる男でもある。また、残酷な仕打ちに不快感を持つ人並な感性も兼ね備えていた。
魔人の正体を――直感的にではあるが――見抜いた最高騎士は、王に一つの提言を行った。
「陛下、もう少しデオドラに対する物腰を柔らかくしてみれば? 友として遇するのです。彼も決して悪いように感じないでしょう」
「甘い考えは捨てろ。魔人を厚遇して下手を打てば、十二貴族院からの反発は避けられん。……それに、最近は教会のこともある。これ以上の揉め事は御免だ」
国家を統べる人物として相応の重荷と枷を甘受しているであろうレイノールに対し、最高騎士は必要以上に遜ることもなければ、諭すことも、異議を持つこともしなかった。レイノールが今のデオドラへの対応を適切だと判断しているのなら、彼女からこれ以上意見することはない。
最高騎士は唯一の国王直属の従者である。彼女は自分の立場を明瞭に弁えていた。
「……心配ですね。あの子、本気で陛下のことを襲うつもりは無いでしょうが――おそらく可能ですよ」
「……そうかもな」
その時、慌ただしい足音がレイノールの耳に届いた。
息を切らしながら現れたのは衛兵である。衛兵は脇に抱えた背丈の低い男の頭を押さえつけながら、自らも恭しくその場で傅いた。
「どうした?」
「陛下に急報です!!」
王に促された衛兵は、片手で拘束している男を見やると、
「この者が、入場者の身体検査を怠るように取り計らっていました! その理由を尋問したところ、意図的に武装した集団を会場内に入れることが目的だったようで!」
「……何だと?」
ソルセインでは自衛の為の武装が全面的に認められている。ただし、国営の公共施設に許可なく武器を持ち込むことは一律禁止である。国営であるからこそ、王政の勅命で動く兵が市民の安全を完璧に約束しているのだ。
その規律が破られたというのは黙認できない問題であり、デオドラの脅迫で欠片も動じなかったレイノールにも、焦燥の色が浮かんできた。
「この者が吐いた情報によると、王都でデオドラ・ロイーゼ暗殺のための義勇団が募られていたらしく、それらが既に闘技場内で潜伏しているとのことです! また、義勇団全員が、魔弾銃を所持している模様!」
「……っ」
衛兵の報告にレイノールは心臓を掴まれた気分だった。
災厄の魔人を陰ながら暗殺しようという企ては、噂程度に王室にも届いていた。調査団を派遣しても徒労だろうと考え、放任したのは昨夜のことだ。
それが今、義勇団という形で集団と成り、行動に移っているのだと言う。
自分が下した判断が楽観的だったと気付き、レイノールは目を伏せる。
「……義勇団とやらは客に紛れているのか?」
「そのようです! どうかデオドラをお隠しになってください! グレイシャがデオドラを殺し損ねたとなると恐らく……彼を狙って闘技場で魔弾が飛び交うでしょう! 流れ弾で市民たちが死傷する恐れがあり、危険です!!」
あらゆる不安要素と危険要素を取り除かねばならない。ただでさえデオドラという爆弾を抱えているのだから、必要以上の問題は絶対に避けたいところだった。
「クソ、仕方ないか……!」
早々に考えを纏めたレイノールはデオドラを早急に非難させるべきと判断し、決闘台の魔人を細めた目で睨め付けた。
◇◆◇
ソルセインの教育書には、デオドラ・ロイーゼの凶行の数々が記されている。
災厄の魔人の他にも様々な異名で呼ばれるデオドラだが、子供たちは『デオドラ・ロイーゼ』を通して罪と悪徳の概念を学び、『デオドラ・ロイーゼ』を通して善の意味を知る。
デオドラに類する事柄は全て悪であり、反する事柄は全て善である――それが、この国の社会通念だった。
よって、ソルセイン人がデオドラを憎み、恨み、呪うことは、彼らに連綿と受け継がれてきた義務であり、絶対遵守の道徳そのものなのだ。もはやそこに理屈は残っておらず、形骸化した形だけの憎しみだが、だからこそ根深く浸透している。
――おい聞いたか、国王様が災厄の魔人を現世に蘇えらせたんだとよ……!
ある日、どこから湧き出たのか、王都にデオドラの転生が吹聴された。
――転生魔法が完成したのか!? 凄いぞ、歴史的偉業だ!!
――しかし、どうしてデオドラなんかを転生させるんだ?
――きっと、過去に我らの先祖が受けた屈辱を返すためだ!
中途半端な情報が漏れたために、足りない部分は国民の感情が補った。彼らにとって都合の良いように解釈され、肉付けされていく。
やがて、デオドラ・ロイーゼが蘇ったのは、生きた状態で罪を償わせる為だと結論付けられた。今のソルセイン人の手で、憎きデオドラを惨殺し、過去の罪を清算するのだと。そうすることで、ソルセインは償いきれない筈だった罪から解放されるのだと。
――奴はソルセインの負の歴史そのものだ! 国民一丸となって、奴に報復しなければ!!
――そうよ……! 私たちにはその資格がある……!!
――では義勇団を募りましょう!! 確実に、奴を仕留める為に!!
怨嗟の声は束になる。その声に多くの者が同調し、賛同し、更に肥大化させていく。
やがて、義勇団が結集する傍らで、王都にて暴動が起きた。
――デオドラ・ロイーゼに死を!
――ソルセイン王国万歳!!
闘技場にいるデオドラは知らない。まさか、自分の命を狙う集団が観客席に紛れ、全員飛び道具で武装しているだなどと。
デオドラは特別席のレイノールを観察していた。途中で乱入した衛兵と共に何やら騒ぎ立てている。冷徹で非情な王にしては珍しく焦っている様子で、只事でないと理解できる。何かが起きたのだ。
「……何を話してる?」
聞き耳を立てても流石に全ては聞き取れない。誰かが何処かに侵入したという旨の報告は聞き分けられたが、その他のやり取りは客席で再燃しつつある騒音に掻き消えた。
数秒後、レイノールが突然激しい剣幕で席から身を乗り出した。
「デオドラ! 今すぐ裏に戻って来い!」
「今すぐ? さっきまでグレイシャを殺せって五月蠅かったくせに、どういう風の――」
――吹き回しだ? と言い終わる前に空気が破裂するような音が響いた。
聞きなれない音波にデオドラは疑問符を浮かべ、瞬時に音の発信源を推定してそこを見る。
体格の良い男性が立っていた。持ち手を取り付けた黒く細い筒のようなものを構え、デオドラに向けている。筒の中からは煙が出ており、どういう用途で作成された物なのか見当が付かない。
――そして、何かに肩を射抜かれる。
「痛ッ」
デオドラは反射的に出血箇所を抑えた。
「な、何だ!? 投石!? 誰が!?」
自分の身体を何が襲ったのかは理解できる。高速で飛んできた極小の粒か何かが、デオドラの身体にめり込んだのだ。
デオドラは常時魔法で軽い防御膜を生成しているため、グレイシャなどの戦士の猛者が剣を振るってようやく負傷を許す堅牢な肉体をしている。単純な自然現象では簡単に傷つかない肉体のため、デオドラにめり込んだ何かは表皮を抉り、筋肉の表層付近で受け止められていた。
「何を、された……?」
魔弾銃。それは魔力の籠った弾丸を射出する、貫通力を極限まで高めた凶器の一種である。従来の銃とは精度の桁が違う輸入品だった。
しかし過去の人間であるデオドラにはその武器の知識がない。
そもそも、“銃”の概念を知らなかった。
どれだけ頭を捻っても、完全な状況判断は不能だった。
「う、撃て撃てぇぇぇぇ!!」
「殺せェェ!!」
「魔人を撃ち殺せぇッッ!」
百人余りの人間――デオドラ暗殺を目論む義勇団たちが観客席で立ち上がり、それぞれ魔弾銃を構え、間を置かずに発砲する。
四方八方から飛んでくる弾丸を視認し、デオドラは自身の肩を穿った物の正体を悟った。
(――コレ、千年前には、無かった武器――)
初見の攻撃に虚を突かれ、反応が遅れる。
(――理屈が、分から――対処方、正解は――逃げ道――どうすれば――!)
致命傷になりうる攻撃は防御するのではなく回避することが、デオドラが考える戦闘の鉄則である。防御系統の魔法を練るよりも、回避行動に移る方が機敏な直感を養えるからだ。
その癖が、この場では裏目に出た。
デオドラの得意とする反重力魔法は、移動速度の向上だけでなく障壁作成にも転用できる。その魔法を使って防御行動を取れば良かった。
完全に不意打ちされて狼狽してしまったこともあり、彼は全ての弾丸を回避するという誤った選択をしてしまったのだ。
――まさか、輸入品の魔弾銃に、追尾性能があるとは知らずに。
「あ、い゛ッ、ガぁ……ッ!!」
全弾、被弾した。
しかもその間にも発砲は続いている。
秒速で数百の魔弾が飛び、一つ残らずデオドラの全身を貫いていく。
かつて種族王を撃破したデオドラの強みは、あらゆる攻撃を躱す俊敏性と一撃の威力である。確かに彼は常人より頑強だが、断じて怪物じみた耐久力がある訳ではない。
デオドラは一人の生身の人間なのだ。
「何をしている貴様ら!! 厳罰だぞ!! 今すぐやめろ!!」
何処かで誰かが義勇団に厳しく諫言した。しかし、弾丸の幕は収まる気配がない。
――痛い! ――痛い痛い! ――痛い! ――痛い痛い痛い! ――どうして!? ――痛い! ――弾くか!? ――痛い、痛い! ――他の人間に飛び火したら! ――痛い! ――痛い痛い痛い! ――急所に当たると不味い! ――痛い痛い! ――痛い、痛い、痛い痛い! ――でもこのままだと!
「あ、ア゛ぁ……や゛め……ッ!」
痛みの度合いで言えば、ロイヤルギアスの『誅罰』の方が遥かに辛い。
しかし、物理的な身体の破損は今の方が深刻だ。
命の危機を感じたデオドラの本能や生存機構が全力で警鐘を鳴らし、身体が無意識に防衛行動を取った。
これは戦いの癖が身に着いた戦士の脊髄反射のようなもので、意図して押し殺せるものではない。だが、デオドラの防衛行動は並の人間の度を越えていた。
(――龍滅剣――!)
心の中でその名を叫び、デオドラの手元に蒼刀が顕現する。
それは千年前、あらゆる物理攻撃を吸収する竜王の肌をも切り裂いた大業物であり、デオドラが鬼族の長である羅刹王から強奪した世界三大神器の一つである。
「アアアアアアアアアッッ!!」
叫びながら、デオドラは刀を振るった。
それは剣技と呼ぶには余りに荒々しく、雑な上に、狂暴な薙ぎだった。
龍滅剣は、世界のあらゆる法則を概念として司る空間――天則時空に接続されており、天則から“破壊”の概念を抽出する武器である。
すなわち、この刀による攻撃はどんな原理よりも優先され、破壊という災害を齎すのだ。
そんなものを振り、斬撃が発生すれば、天災じみた結果に終わるというのは言うまでもない。
数秒後。
デオドラが半ば無意識的に使用した龍滅剣により、闘技場の半分が観客席を巻き込んで消し飛び、空の雲が完全に消失していた。
「…………ぁ」
後にデオドラは、今日のことを生涯最大の不覚として大いに悔いることになる。
何故なら、今の一撃は明らかに無関係の一般客にも及んでいたからだ。
この一瞬で何十人、いや何百人――もしくは、千人近くの者が死んだだろう。
「……ま、魔人が、攻撃を」
「き、聞いてねェぞ! 魔弾で死なない生き物なんて!!」
「化け物め……! なんてことを……!」
理屈を逸脱した魔人の反撃に、生き残った観客たちは狼狽えだす。
今のデオドラの一振りは殆ど無自覚に繰り出されたものであり、だからこそ全力の一端が発揮された。会場の被害を見れば、グレイシャとの決闘はまるで児戯である。
誰もが納得し、戦慄した。
デオドラ・ロイーゼは、軽々と一国を滅ぼし得るだろう。
この男と比べば、自分たちは羽虫以下の塵芥同然である、と。
「――ぜ、全員逃げろ! デオドラに殺される!! ソルセインが!! 滅ぼされる!!」
闘技場には大恐慌が訪れた。
我先にと逃げ惑う者もいれば、同伴していた知人や愛する者を探す者もいる。
秩序のない地獄がそこにあった。
「…………っ」
デオドラは息を呑む。誤った歴史を正し、現代人に認められたかったが、これでは完全に災厄の魔人だ。憎まれることは勿論、恐れられても仕方がない。
それでも自分が罪人だと認めきれなかったデオドラは、先刻の反撃の正当性をレイノールに訴え出た。
「さ、最初に危害を加えてきたのはあっちだ! 今のは正当防衛だよな!?」
「……貴様」
レイノールはこれまでと打って変わって、激昂の面持ちだった。
「誅罰!!」
穴だらけで血濡れのデオドラの死に体に、ロイヤルギアスの毒が迸る。
純粋な疲労と、物理的な傷、そして誅罰の毒が相まって、意識が吹き飛びそうな感覚だった。
デオドラは歯軋りしながら痛みを耐え、ボロボロの肉体に鞭を打って更に訴えを続けようとする。
「俺は、自分の身、を、守っただけ――!」
「――女も子供もいた! 無関係の市民が大量に吹き飛んだ! 今のは防衛でなくただの大量虐殺だ!!」
納得のいかない表現でありながらも、否定しきれない現実がある。
黙然と苦悩するデオドラに、追い打ちとばかりに口撃が飛んだ。
「貴様はグレイシャを生身で倒した! それ程屈強だったなら、貴様は無抵抗に、弾を浴びるべきだった!! せめて防御行動か回避行動なら許せたが、反撃は容認出来ない!!」
「そん、な――」
デオドラも殺される所だった。これは事実だ。防護措置もなく魔弾銃で撃たれ続けていたなら、数分と待たずに絶命していただろう。そして、この惨状を作り上げた発端は最初にデオドラを銃撃した者たちにもあった。そう考えれば、確かに先程の一刀は防衛行動に該当する。
しかし、たったの人薙ぎで闘技場を半壊させるというデオドラの超常的な実力を目の当たりにした今、レイノールにはそれが大量虐殺という名の過剰防衛にしか見えなかった。
「衛兵! 魔人を連れていけ! さっさと牢に戻せ!!」
「「はっ!」」
十人余りの兵士がデオドラを組み伏せ、拘束した。
抵抗はしない。出来なかった。
デオドラは今日、初めて罪の無い人間を殺したのだ。強烈な罪悪感という久しい感情に支配され、もはや反論や自己弁護の気力は何処にも無かった。
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