世界を救ったハズなのに

ラストサムライ

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一章【王城脱走編】

第八話:理解者

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 地下牢での隔離には不思議な安心感がある。今は他人との関わり合いも億劫で、いっそこのまま数日は薄闇に籠っていたいと考えるほど、デオドラの傷心は深かった。
 人を殺した実感はまるでない。秘奥の刀を振るった風圧で多くの人間が死んだ。そこには肉を裂く感触も、骨を断つ感触もなかった。デオドラを支配するのは果てしない慚愧の念である。

 償い方が分からない。自分がどの程度の罪を犯したのかも、漠然としていてよく分からなかった。
 ただとんでもないことをしてしまったのだと、恐怖に狂う人々の光景を思い出す度に痛感する。

「……あの、大丈夫?」
「……お前か」

 デオドラは、セリアがいつから檻の外に立っていたのさえ、声を掛けられるまで察知できなかった。かつてない程に注意力が散漫にになっていることに、デオドラは自虐的に笑った。

「心配ご無用。身体に埋まった弾はもう抜いたし、傷も元に戻した」

 もちろん他人の手は借りず、全てデオドラが自分で行った。自力で弾を抜き出し、回復魔法で傷を塞ぐ作業は、特段難しくもなかった。相応に苦痛は伴ったが、それ以上の苦しみを今日は何度も味わっている。
 しかし、この時代にはとんでもない武器があるものだ。デオドラは自分を傷付けた飛び道具を純粋に驚き、感心し、嫌忌していた。

「あの武器は誰が作った?」
「魔弾銃のこと? 知ってどうするの?」
「アレは痛みも努力も知らずに他人を傷つける卑怯者の武器だ。生産者には一言文句を言ってやりたいが……言えるわけないか」

 現代の社会倫理が千年前のものと一致する訳がない。デオドラが戦いを学んだ時代では、相手に負わせる傷の痛みを理解した上で、死者に敬意を持つようになっていた。きっと今はそこまで高尚な考えはないのだろう。

「俺はこの後どうなる?」
「それは、その」

 口籠るセリアの様子からおおよそ察しはついたが、デオドラは彼女が続きを言うのを緘黙して待った。

「……今、裁判が行われてる。貴方はこの国の未来の為に必要だから、殺されたりはしないと思うけど、それより重い刑が科せられると思う」
「やっぱり罰せられるのか。まぁ、人を殺してお咎め無しってことはないよな。……申し訳ないよ」

 覚悟は出来ていた。この期に及んで言い訳は出てこない。
 そんな罪を認めて懺悔するデオドラの潔さが、セリアの目には痛々しく映る。

「……ごめんなさい、こんなことになって」
「どうして謝る?」

 罪人と王族という立場を思わせない程にセリアの声音は弱弱しく、むしろ彼女の方が罰を受けているような様子だった。
 セリアは優しい諦観の笑みを浮かべるデオドラと目を合わせると、

「私にはね、心眼っていうものがあるの。物事の性質を見分ける感覚、それが心眼。これのおかげで私には他人の嘘や相手の性格が分かる」
「俺の中身も見えるって訳か」
「うん」

 昔から特異な体質の人間はいた。特に疑いを持つこともなく、デオドラはセリアの説明を受け入れた。
 きっと彼女はその心眼を持つが故にデオドラの躾役を任されたのだろう。この牢を訪れてデオドラと話して、心眼の王女は何を感じたのか。その疑問を先回りするように、少女は続ける。

「ここで初めて貴方を見た時、内心ほっとしたの。『災厄の魔人』なんてどんな悪人かと思ってたら、何てことない普通の人で、話の通じる優しい人だった」
「……」
 
 どうやら、相手を誤解していたのはデオドラもだったらしい。
 セリアは、デオドラのことを魔人だなんて思っていなかった。

「――分かりやすく理解を示してあげられなかったけど、貴方が嘘を付いてないって、分かってた」
「……そうか」

 喜んで良いのか、感謝しても良いのか、どう感じるのが正解か分からない。
 それでも、理解者がいてくれるという事実はデオドラの胸に優しい熱を与えてくれた。

「貴方が意図して他人を傷つけるような人じゃないって、私は知ってるよ。だから、レイノールが貴方に厳しく当たるのを止められなくて、ごめんなさい。私は貴方の味方だよって言ってあげられなくて、ごめんなさい」
「……馬鹿野郎、今の俺に優しくするな。好きなっちゃうだろうが」

 冗談めいたデオドラの本音に苦笑いしつつ、セリアは神妙な表情を取り繕う。

「改めて教えて。本当は千年前に何があったの?」

 切に過去の真相を知りたいと願う声だった。
 これまではどうせ信じてもらえないと諦観していたが、今は事情が異なる。この女の子に嘘は通じず、真実は屈折せずに届く。口を噤む理由は見当たらなかった。

「……種族大戦には、俺が一人で勝った。他の人間の手を借りず、一人で敵を殺し尽くした。他人は弱すぎて邪魔だったんだ。……むしろ無駄な死人が増える分、足を引っ張られると思った」
「……一人で?」
「ああ。だから、終戦後は凄く気持ちよかったよ。褒められて、崇められて、尊敬された。それがどうしてこうなったんだろうな」

 二つの『災厄』も、『四天大聖』も介在する余地のない歴史の真実。それは、デオドラが世界を救った英雄であるという単純な事実を示している。
 感謝される謂れはあっても忌み嫌われる理由など何処にも見当たらず、これまでデオドラが受けてきた仕打ちを振り返ったセリアは、暗然と呟いた。

「貴方一人のお陰で私たちは生きられてるのに……誰一人、そのことを知らないんだね……」
「過去のことだから、別に感謝されなくてもいい。別世界の出来事とでも思ってくれ。ただ、今の人間に誤解されて恨まれるのは辛かったよ」

 当然だろう。それどころか、世界中の人間から不当に責め立てられる彼の孤独は、並大抵の人間なら現実逃避しても仕方ない程だ。
 家族も友人もいない世界で初めから敵だらけの環境に放り出され、ロイヤルギアスで何度も調教された挙句、現代人のために尽力しろと命令される。デオドラの立場に自分を置き換えて考えたのか、セリアの表情には更に暗い影が落ちた。 

「……本当に、すみませんでした。この国を代表して謝ります」
「怒ってないよ。もう良いから」

 嘘だった。
 本当は憤慨する部分もあるが、それよりも罪悪感が勝っているのだ。
 そんなデオドラの心理状況が分かるからこそ、セリアは重ねて謝意と誠意を表した。

「私がレイノールに掛け合って、問題を全て消化させます。双方が納得できるように調節します。ですから、どうか私たちを許して貰えたら――」
「――それは無理ですわね。もはや兄上様は誰の助言も聞き入れて下さりませんわ」

 闖入者は女だった。
 黄金髪のセリアと対極的に、闇夜に溶け込んだかのような黒髪をした白衣の女性。まるで深淵を飼っているかのような瞳は、長く直視していると吸い込まれそうだった。

「……アイゼル」
「あらあらこの子ときたら。お姉様と呼びなさいと、再三注意しているでしょう?」

 アイゼルと呼ばれた女は、セリアの姉を名乗るだけあって美麗な顔立ちである。
 掴み所を見せない不気味な雰囲気を持ちながらも、凛とした仕草でお辞儀する黒の王女。隙のない佇まいもまた、セリアと離れた印象だった。

「ごきげんよう、魔人さん。私は第一王女アイゼル・イクス・ソルセインと申します」
「今日は客が多いな」

 二人の王女という奇妙な取り合わせに、デオドラは憮然とした面持ちだった。

「アイゼル、どうして此処に?」
「私が犯罪者のお相手をする理由なんて一つに決まっていますわ。
 ――デオドラ・ロイーゼ、貴方には三千地獄の刑が決定しました。私は拷問官資格を持っていますので、王女たるこの私が、手ずから刑を執行して差し上げます」
「……三千地獄の刑?」

 王女が拷問官を兼任しているのも不可思議だったが、それより疑問だったのは聞きなれない刑罰の方だった。
 デオドラにはどんな刑でも甘受する覚悟があったが、三千地獄とはまた予想以上に物騒な呼称である。
 
「いくら、なんでも、その判決は厳しすぎない……?」

 顔面蒼白で歯切れの悪い言葉を紡ぐセリアからも、刑の重さが伺えた。
 きっとデオドラは、人道に反するような文字通りの地獄を味合わせられるのだろう。それを恐れないデオドラの精神性も、同情のあまり震え上がるセリアの良心も、正常な人間の感覚だ。
 しかし、笑みを絶やさず地獄を運ぶ黒の王女だけは、何かが異質だった。

「兄上様から早急に終わらせろとのお達しがありましたので、早速ですが場所を移動致しましょう。
 さぁさ、ふてぶてしく座りこんでいないで、さっさと立ち上がりやがって下さい、腐った醜い豚野郎さん♪」


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