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二章【亡霊教会編】
第十二話:少年少女
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デオドラは目を開く。
視界に広がる白い漆喰の天井には汚れ一つない。空気も澄んでいて肺が生き返るようだった。極めつけに、現在身体を預けている寝具だ。何の材質で作られているのか、抵抗と柔軟性が共生し心地良い弾力があった。
「――ふかふかだ」
「なのです」
気を失う直前まで聞いていた女の声が耳に届く。
上体を起こして見れば、直立不動で此方を見守る藍色の少女がいた。
「誰?」
「亡霊教会のリーダーを務めているのです! 名はルピスなのです!!」
「……そっか。よろしくな」
まず第一に必要な説明が抜けている気がするが、ひとまず名前だけ把握してデオドラは会釈した。
すると、ルピスはわなわなと身体を震わせ、両手で頬を抑えると、喜悦のあまり悶絶し始めた。
「はぅぁぁぁあああ……っ! 魔人様が私の目を見て『よろしく』だなんて……! や、やめて欲しいのです! 悔いが! この世に悔いが無くなってしまうのです! 死んでも良いくらい幸せになってしまうのです……!」
(こいつやば)
どうして少女がこうも悦ぶのか。理由はおおよそ分かる。
しかし、デオドラは自分に向けられる期待が的外れで筋違いだということも察していた。今はあまり深堀りせず、状況判断に努めるのが賢明だろうか。
「助けてくれたんだよな?」
「なのです!!」
「じゃあ礼を言うべきか。本当に助かった。ありがとな」
「……ふぐぁああ!!!」
ルピスは胸を抑えて昏倒した。断末魔のような絶叫が響き渡り、部屋のドアが強引に開かれた。
「どうしたボス!?」
「魔人様が、私に謝辞を――」
「――何ィ!? ま、魔人様が起きていらっしゃるだとぉぉぉう!?」
狂暴な顔立ちで、荒々しく髪を逆立たせた獣のような少年が素っ頓狂に叫んだ。
赤毛の少年は駆け足でベッドの上のデオドラへと近寄り、その際に床に伏すルピスのことを、
「退けボス! 邪魔だ!」
まるでゴミでも扱うかのように蹴り上げる。宙を舞って壁に衝突したルピスは「ぐはッ」と呻くが、少年はボスである少女に目もくれず、デオドラの膝下で跪いた。
「ようこそ亡霊教会本部へ。オレはフィルマートというしがない殺人鬼でございます。かれこれ苦節十五年、魔人様と同じ志を胸に生きて参りました。今生におかれましては、どうかこのオレを貴方様の右腕にして頂きたく――」
「――ゆ、許さねぇのです!! ボスであるルピスを足蹴にした挙句、抜け駆けだなんて!! 死ぬがいいのです!!」
「るせぇ邪魔すんな殺すぞガキ!!」
フィルマートもルピスも、外見上はさほど歳の差を感じさせない。互いに物怖じせず言い合えるのは親密な証拠……と受け取っていいかはデオドラにとって悩ましかった。
殺人鬼と名乗る少年もそうだが、少女の言葉選びも物騒だ。快活な点だけは好ましいと感じられたが。
ともかく、二人を仲裁すべくデオドラは身を乗り出した。
「おいおい、喧嘩は良くない」
「仲直りするのです」
「ガキなんて言って本当にすみませんでしたボス!」
(……秒で豹変しすぎだろ)
デオドラは薄い絆に失笑する。漫才なら良い出来だが、素でやってそうな部分がどうも度し難い。
困ったように微笑を浮かべるデオドラに対し、ルピスは深々と頭を下げた。
「お見苦しい所をお見せしましたのです魔人様」
「い、いや、俺は良いけど……」
その時だった。
ぐぅぅぅ、と誰かの腹の虫が悲鳴をあげる。音の発信源はどう考えてもデオドラの腹だった。よく思い出してみれば、転生してから今まで何も食事を摂っていない。仕方のない生理現象である。
だが、太古の人間であるデオドラでも、自分を恥じらう常識くらいは持ち合わせていた。
「……」
「……」
「……」
素直に自分の腹が鳴ったと名乗るのを怖じるデオドラと、沈黙する魔人の意を汲んで懊悩するルピスとフィルマートの構図だった。
照れ隠しにデオドラが咳払いをしてみると、それをどう受け取ったのか、ルピスが声を荒げた。
「おいフィルマート! テメェのお腹が鳴ったのです! 魔人様のお耳を穢したことを全力で謝るのです!!」
「粗相してしまって申し訳ございませんッッ! 死んで詫びます!!」
フィルマートは罪を被った。いや、別に罪ではなかったのだが、どうやら二人にとって魔人の前で腹を鳴らすのは死に値する大罪らしかった。
「やめろって変な気を遣うの! 今鳴ったの普通に俺の腹だから!!」
「なっ!? ……くぅ、魔人様にご心労をおかけしてしまったのです! やはりフィルマートは死ぬのです!!」
「死んで詫びますッッ!」
「俺が殺したみたいになるからやめてくれ! 生きろ少年!!」
どう足掻いても死を以って何かよく分からないものを償おうとする少年を、デオドラは全力で諫めた。本当に殺人鬼だとしても、子供が目の前で死ぬのは快くない。
するとその諫言を聞いた二人は、感極まって涙を浮かべながら言った。
「な、何と慈悲深い……! 流石は我らが魔人様だ!」
「このルピスは感動したのです。では、大至急お食事をご用意させて頂くのです!」
先程から過剰反応が過ぎるのはともかくとして、食事という申し入れはありがたい。
「……良いのか、食事まで?」
「勿論なのです!! 至上のもてなしをするのです!!」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。普通に腹減って死にそうだし」
久々の食事に想いを馳せ、デオドラは頬を緩めた。
視界に広がる白い漆喰の天井には汚れ一つない。空気も澄んでいて肺が生き返るようだった。極めつけに、現在身体を預けている寝具だ。何の材質で作られているのか、抵抗と柔軟性が共生し心地良い弾力があった。
「――ふかふかだ」
「なのです」
気を失う直前まで聞いていた女の声が耳に届く。
上体を起こして見れば、直立不動で此方を見守る藍色の少女がいた。
「誰?」
「亡霊教会のリーダーを務めているのです! 名はルピスなのです!!」
「……そっか。よろしくな」
まず第一に必要な説明が抜けている気がするが、ひとまず名前だけ把握してデオドラは会釈した。
すると、ルピスはわなわなと身体を震わせ、両手で頬を抑えると、喜悦のあまり悶絶し始めた。
「はぅぁぁぁあああ……っ! 魔人様が私の目を見て『よろしく』だなんて……! や、やめて欲しいのです! 悔いが! この世に悔いが無くなってしまうのです! 死んでも良いくらい幸せになってしまうのです……!」
(こいつやば)
どうして少女がこうも悦ぶのか。理由はおおよそ分かる。
しかし、デオドラは自分に向けられる期待が的外れで筋違いだということも察していた。今はあまり深堀りせず、状況判断に努めるのが賢明だろうか。
「助けてくれたんだよな?」
「なのです!!」
「じゃあ礼を言うべきか。本当に助かった。ありがとな」
「……ふぐぁああ!!!」
ルピスは胸を抑えて昏倒した。断末魔のような絶叫が響き渡り、部屋のドアが強引に開かれた。
「どうしたボス!?」
「魔人様が、私に謝辞を――」
「――何ィ!? ま、魔人様が起きていらっしゃるだとぉぉぉう!?」
狂暴な顔立ちで、荒々しく髪を逆立たせた獣のような少年が素っ頓狂に叫んだ。
赤毛の少年は駆け足でベッドの上のデオドラへと近寄り、その際に床に伏すルピスのことを、
「退けボス! 邪魔だ!」
まるでゴミでも扱うかのように蹴り上げる。宙を舞って壁に衝突したルピスは「ぐはッ」と呻くが、少年はボスである少女に目もくれず、デオドラの膝下で跪いた。
「ようこそ亡霊教会本部へ。オレはフィルマートというしがない殺人鬼でございます。かれこれ苦節十五年、魔人様と同じ志を胸に生きて参りました。今生におかれましては、どうかこのオレを貴方様の右腕にして頂きたく――」
「――ゆ、許さねぇのです!! ボスであるルピスを足蹴にした挙句、抜け駆けだなんて!! 死ぬがいいのです!!」
「るせぇ邪魔すんな殺すぞガキ!!」
フィルマートもルピスも、外見上はさほど歳の差を感じさせない。互いに物怖じせず言い合えるのは親密な証拠……と受け取っていいかはデオドラにとって悩ましかった。
殺人鬼と名乗る少年もそうだが、少女の言葉選びも物騒だ。快活な点だけは好ましいと感じられたが。
ともかく、二人を仲裁すべくデオドラは身を乗り出した。
「おいおい、喧嘩は良くない」
「仲直りするのです」
「ガキなんて言って本当にすみませんでしたボス!」
(……秒で豹変しすぎだろ)
デオドラは薄い絆に失笑する。漫才なら良い出来だが、素でやってそうな部分がどうも度し難い。
困ったように微笑を浮かべるデオドラに対し、ルピスは深々と頭を下げた。
「お見苦しい所をお見せしましたのです魔人様」
「い、いや、俺は良いけど……」
その時だった。
ぐぅぅぅ、と誰かの腹の虫が悲鳴をあげる。音の発信源はどう考えてもデオドラの腹だった。よく思い出してみれば、転生してから今まで何も食事を摂っていない。仕方のない生理現象である。
だが、太古の人間であるデオドラでも、自分を恥じらう常識くらいは持ち合わせていた。
「……」
「……」
「……」
素直に自分の腹が鳴ったと名乗るのを怖じるデオドラと、沈黙する魔人の意を汲んで懊悩するルピスとフィルマートの構図だった。
照れ隠しにデオドラが咳払いをしてみると、それをどう受け取ったのか、ルピスが声を荒げた。
「おいフィルマート! テメェのお腹が鳴ったのです! 魔人様のお耳を穢したことを全力で謝るのです!!」
「粗相してしまって申し訳ございませんッッ! 死んで詫びます!!」
フィルマートは罪を被った。いや、別に罪ではなかったのだが、どうやら二人にとって魔人の前で腹を鳴らすのは死に値する大罪らしかった。
「やめろって変な気を遣うの! 今鳴ったの普通に俺の腹だから!!」
「なっ!? ……くぅ、魔人様にご心労をおかけしてしまったのです! やはりフィルマートは死ぬのです!!」
「死んで詫びますッッ!」
「俺が殺したみたいになるからやめてくれ! 生きろ少年!!」
どう足掻いても死を以って何かよく分からないものを償おうとする少年を、デオドラは全力で諫めた。本当に殺人鬼だとしても、子供が目の前で死ぬのは快くない。
するとその諫言を聞いた二人は、感極まって涙を浮かべながら言った。
「な、何と慈悲深い……! 流石は我らが魔人様だ!」
「このルピスは感動したのです。では、大至急お食事をご用意させて頂くのです!」
先程から過剰反応が過ぎるのはともかくとして、食事という申し入れはありがたい。
「……良いのか、食事まで?」
「勿論なのです!! 至上のもてなしをするのです!!」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。普通に腹減って死にそうだし」
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