世界を救ったハズなのに

ラストサムライ

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二章【亡霊教会編】

第十三話:美味なる肉

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 純白の上布を被った長机。その上に並べられているのは、目を見張るほど豪華絢爛な料理の数々だった。
 鮮やかな色合いは眩しくも華々しく、限界まで食欲を引き出してくる。視界に入れただけで既に唾液腺は弾け、無限の期待にデオドラは息を漏らした。

「おぉ……」

 これこそが、千年の時を経てソルセインが編み出した食の叡智。デオドラはただでさえ絶食続きで空腹だったこともあり、まさに地獄から天上に引き上げられたかのような気分だった。

「どうぞお召し上がりください」
「……と、言われてもだな」

 叶うなら今すぐにでも貪りつきたい所ではあるが、何故だかこの食卓には異様な緊張感があった。
 ちらりと横目を流すと、威圧すら帯びた亡霊教徒が一定の距離を保ちながらデオドラを囲んでいる。緊張感の正体は彼らだった。

「あれが魔人様か……!」
「おお、何と神々しい!」
「俺たちが用意した物を食されるぞ!」
(た、食べにくい……)

 城での拷問とは別方向の、しかし同じ度合いの苦痛だった。羞恥心で停止するデオドラの意図を、やはりと言うべきか曲解して斟酌したルピスは、

「ルピスが毒見した方が良いのです?」
「い、いや、そういうことは疑ってないよ!」
「では、どうぞご遠慮なくなのです。味はルピスがお約束するのです」

 ここまで熱烈に背を押されては、男として意を決さざるを得ない。
 デオドラは喉を鳴らしながら、食器へと手を伸ばす。 

「魔人様がフォークを取ったぞ!」
「そして肉を含んだ!」

 デオドラの一挙手一投足に熱狂を表す信者たち。

「見ろ! 咀嚼しておられる!」
『おおおおおおおお!!』

 ルピスの言う通り、味は間違いない。舌が蕩けそうな感覚を味わいつつ嚥下し、最後には舌鼓が自然と出てくる程。ただし、滑稽な周囲の反応によって引き攣った笑みが引き出され、十二分に食事を楽しむ余裕はなかった。
 すると、歪な魔人の笑みを確認したフィルマートが憤慨し、野次の連中を叱咤した。

「食事中くらい黙ってられねぇのかお前たち! 魔人様の気分を害したらどうする気だ!?」
「す、すみません!」

 見渡す限り、亡霊教徒の年齢層は広い印象がある。にも拘わらず、少年の身でありながらフィルマートの発言力はそれなりのものがあった。
 即座に室内が静まり返ったのを好機とし、デオドラは食事の手を速めた。二度、三度と全ての品を順々に口に運ぶ。

「どうでしょう、お味の方は」
「想像よりずっとおいしい。この食感と香辛料はどれも新感覚だ」
「お、おお、お気に召されたようで感無量なのです!! ルピスは感動で涙が止まらないのです!!」

 さりげないデオドラの『おいしい』に、ルピスは本当に号泣していた。涙で瞳を潤ませるという次元でなく、顔をしわくちゃにして呻いていた。
 ボスの少女が膝を下ろして落涙を抑えていると、その喜びが伝播したのか、

「お前たち祝杯を挙げろ! 魔人様はお喜びだぞ!!」
『イエェェアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!』

 先導していたのはフィルマートだった。他人に対しては喧噪を許さないでおきながら、彼は誰より声がデカかった。初対面でデオドラに殺人鬼と名乗る気概からも分かるように、途轍もなく図太い神経をしている。 

「……はは、騒がしい連中だな」
「ッ! 申し訳ないのです! 今すぐ全員絞め殺すのです!!」
「いやいや、正直、こういうのは嫌いじゃない」

 デオドラは食事を楽しみながら続ける。

「しかし今更なんだが、お前たちはどうして俺を助けてくれたんだ?」

 すると、ルピスは敬服する魔人からの問いに真剣に応えるべく、緩んだ表情を引き締める。揺るがぬ意志を伴った顔だった。

「魔人様は、鬼神の如き魂の持ち主なのです。かつてはたった一人で世界を背負われた。強者には敬意を払わなければならないのです。微力ながら、お助けするのは当たり前なのです」

 少女は強い面持ちで独白する。

「……ルピスは父に見放され、母に捨てられ、あらゆる宗派の神にさえも見限られた呪われし身の上なのです。しかし、貴方様の他を顧みない強き在り様は、決して私と反することなく、ここまで導いて下さったのです」

 曇りのない晴れやかな、しかし快活と言うには何処か異色な声音だった。
 これは信仰と呼ぶべきものだろうか。それとも、あくまで親愛と受け取るべきだろうか。ともかく、ルピスの言葉は敬慕の念に満ちていた。

「見返りなど求めていなかったのです。貴方様の名は親であり、兄弟であり、友であり、神であったのです。御身を拝謁したいとも、触れたいとも願ったことはありません。その名がルピスにとっては何よりの救いでした。しかし、貴方様は蘇って下さったのです。であれば、この身を賭して尽くすのは当然のことなのです」
「……。」

 ――彼女には他に信を置けるものが無かったのだろう。
 何の保証も期待できない死人を一貫して想い続けることの苦しみは、並大抵のものではない。にも拘わらず、少女はデオドラを信じ続けたのだと言う。
 どんな過去を経て魔人を選んだのかは分からない。ただ、この世の絶対悪に縋るしかない程に、彼女が心を穢されたことだけは確かだった。
 デオドラは少女の心を推察し、暗然と息を吐いた。
 
「……何を信じるかは勝手だけど、そりゃ邪宗ってやつだ」
「でも、貴方様は私の信じる世界の全てなのです。お会い出来たのは幸甚の至りなのです。他の者も私と同様、貴方様を尊敬しているのです」
「……そうか」

 どんな形であれ、ルピスは他人への敬意を忘れていないと見える。でなければ、ここまでデオドラに尽くすことも出来ないだろう。
 少女の中に人の面影を見つけたデオドラは、ひとまず安堵し、逃げるように話を逸らした。
 
「にしても、コレは本当に旨い肉だ。この味は今までに食ったことがない。何の肉なんだ?」
「はい! 竜の肉なのです!」
「へぇ、竜なのかコレ。……どうりで初めての、味……って、竜!?」

 予想の斜め上の返答にデオドラは飛び上がった。
 表面を炙った半生のステーキ。香ばしいソースと絡まり、美的とも言える料理の様相を成している。その正体が、まさかかつての大敵とは思いもしなかった。

「この時代、竜って食用なのか!?」
「ええ。何か、問題なのです?」
「駄目だろ竜なんて食べたら! 倫理観ぶっ壊れてんのか!! アイツら普通に知性もあるし、人間の言葉だって喋るのに……!」
「で、でも、竜は美味しいのです……」
「いやいや、何でそんな常識がまかり通ってるんだよ! アイツらどれだけ強いと思ってんだ!? 大群で襲ってきたら俺でもチビるレベルだぞ!?」

 竜は高尚な精神と強靭な肉体を持つ神獣である。その威容に触れたら最後、誰もが本能的に竜を仰ぎ見るだろう。敵対していたデオドラでさえ、竜には一定の敬愛がある。それを食べるという発想は今までになかった。

 ルピスの動揺を見る限り、現代人は竜の食用利用に何の疑問も持っていないのだろうか。だとすれば、かなり人間の価値観は冷え切っていると見える。
 デオドラは視線を落とし、物悲しそうに竜の成れの果てを見つめる。

(……あんなに苦労して倒したのに、こんな姿になっちまって)

 死んでしまったモノをどう扱おうと、死者はもう蘇らない。
 最後まで残さず平らげることが、せめてもの弔いである。

「とんでもない時代になったもんだなぁ……」

 そう言いながら、再びデオドラは肉を食す。
 この世のものとは思えない程、竜は美味だった。

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