世界を救ったハズなのに

ラストサムライ

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二章【亡霊教会編】

第十四話:ロイヤルギアスの正用法

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 亡霊教会の教会堂は、ソルセイン北部の山間部に根を張っており、すぐ近場には湖もあった。デオドラには妖精郷に居を構えていた頃から、思慮に耽る際、河畔などの水辺に赴く癖がある。
 現在デオドラは、湖の畔で大樹の幹に背を預け、時折湖の水面に石を跳ねさせて手慰みとしていた。さながら森人のように自然と調和する彼の傍に、恐る恐るとルピスの影が近づく。

「魔人様、考え事なのです?」

 最初から少女の接近に気が付いていたのだろう。伺うように話しかけてきたルピスに対し、一瞥もすることなくデオドラは応える。

「……まぁな。自分のことはもうどうでもいい。考えてるのは竜のことだ」

 デオドラの思いの種は自分の外側にあった。自分の境遇について思い悩んでも、最適な解決策は見つからないだろう。凝り固まった現代の理不尽と戦っても、本当の意味で勝機はないと痛感していた。
 ただし、今の竜の在り方に関しては、納得しきれない疑問が数多くある。
 
「――アイツら、どうして家畜になんてなったのかなぁ。その気になれば人間より強い筈なのに」

 最たる疑問がソレだ。命を尽くして殺し合った旧知の敵という間柄であっても、互いに死力を出し合ったからこその絆がある。竜が不当に扱われていることは不愉快であったし、不可解でもあった。
 暗鬱とした表情にデオドラに対し、ルピスは花のような笑顔で言う。

「その疑問は簡単に説明がつくのです! 現代人類は知性魔獣を御す魔法を使うのです! ロイヤルギアスという魔法なのです! これにより、我らは竜族を手中に収めているのです!」
「……は?」

 少女に口から聞き慣れた、しかし忌まわしい単語が飛び出してきたのは、デオドラの聞き違いではないだろう。

「ロイヤルギアス?」
「はい」
「それを、竜に対して使ってる?」
「なのです!」

 人間が竜を畜生として取扱うのは、現実的に不可能だと思っていた。そもそも地の力量差が大きすぎる。だが、ロイヤルギアスという新要素が加われば、確かに話が大きく異なってくる。
 史上最強と自負するデオドラを、非力な王女にすら屈服させた不条理の呪い。少なくともデオドラが屈した時点で、ロイヤルギアスに素で抗える生命体はこの世に存在しない。

「……何て非道な真似をしやがる。竜の意志をねじ伏せて無理やり食肉にしてるのかよ。あんな魔法を使われたんじゃ、確かに人間に隷属するしかない」
「おや、流石は魔人様なのです。ロイヤルギアスのことをもうご存じなのです?」
「知ってるも何も、俺はその魔法にかかってるからな。王城に幽閉されている間、何度もロイヤルギアスで拷問も受けた。あの耐え難い苦しみを、身をもって知っている」
「――今、何と」

 ルピスの肩が震えた。
 どうしても、許せなかったのだろう。
 何が? 決まっている。

「ロイヤル、ギアスで、拷問を……魔人様が、拷問を」
「お、おい。ルピス……?」

 修羅の如き剣幕で怒気をまき散らす少女は、気迫だけでデオドラを萎縮させた。その形相は、本当にこのまま国中を飲み込んで、憤怒の炎で焼き尽くしてしまうのではないかとすら思わせる。

「王の野郎、許せねぇのです!! ぶち殺してやるのですッッ!!」
「怒ってくれるのは嬉しいが落ち着け!?」
「門徒総出で戦うのです! ソルセインと全面戦争なのです!!」
「だから落ち着けって! 復讐するようなことじゃない!!」

 何だかルピスを放置すれば本気で王室を滅ぼしかねない暴挙に出ると思い、必死の思いでデオドラは少女を諫める。
 すると、突然思い出したかのように、ルピスの激情は霧散して圧を失った。

「はっ!? しかし、そのお話はおかしいのです! ロイヤルギアスは人間に対して効かないのです!! さては魔人様、ルピスの忠誠心を試したのです!?」
「……どういうことだ?」

 この少女は今、何と言ったろうか。
 亡霊教会に救われてから、デオドラが他意のある発言をしたことはない。しかし、引っかかったのはそこではない。
 ロイヤルギアスが人間に効かないというのは、どういう意味か。
 問い詰めると、ルピスは懇切丁寧に説明しだした。

「魔人様の死後、大戦の勝敗が決したことにより、天則より新たな階級概念が地上に与えられたのです。ロイヤルギアスは、その理屈を礎とした魔法なのです。よって、大戦の勝者である人間が、敗者である他種族に使う場合にのみ、効果があるのです」
「へぇ、知らなかった」

 魔法について造詣の深いデオドラだが、感覚だけで全てを理解する天才ではない。
 ロイヤルギアスの強度は身に染みて分かっている。それによって、一度は精神が崩壊する直前の所にまで追い込まれたのだから。
 だが、魔法の概要は知識として知るべきだろう。デオドラの魔力炉に刻まれた毒魔法式は未だに消える気配がない。他人事ではないのだ。

「……ロイヤルギアスに関して、詳しく説明してくれないか? もしかすると、俺の理解が不十分なのかもしれない」
「かしこまりなのです!!」

 デオドラに問われ、喜々としてルピスは続ける。




 ――まず、種族大戦が行われた本質的な意味について、言うべきだろうか。
 あの大戦は、文字通りの世界の覇権を争うためのものだった。形式的なものでなく、儀式的な争いと評するのが適当である。
 その結果生まれたのが、種族間の階級構造である。より早期に敗退した種族はより下位に、より終盤まで残っていた種族はより上位に。そして、唯一の勝者である人類は頂点に君臨している。
 
 種族間の階級は、魔法的に意味のある記号となった。
 人類はそれを利用し、上位種が下位種を統べるための魔法――ロイヤルギアスを開発した。尤も、人類種はこの魔法を独占し、恣意的に利用しているのだと言う。

 そして、肝心なロイヤルギアスの効果だが、

「――人間への攻撃感情を自覚した者に対し、自発的に強力な毒魔法を発動させ、自滅させるのです。ただ苦しむだけでなく、攻撃感情の多寡に比例して死に至る場合も多いのです。
 毒魔法には動きを静止させる『縛式』と、激痛を与える『誅罰』の二種類があります。また、人類国家の王族には、この毒を誘発する権利があるのです」
「……ロイヤルギアスのせいで、人間以外が人間に服従せざるを得ないって構図が出来上がっているのか」
 
 竜が尊厳を踏みにじられ、奴隷どころか食用とされる理由は判明した。
 ただし、まだ疑問は残っている。

「だが、俺は決闘場で多くの人間をこの手で殺した。他人を殺したと自覚した以上、俺にはロイヤルギアスによる反動がないとおかしくないか? お前の説明が本当なら、あんなに大勢の人間を殺した俺は死んでても不思議じゃないと思うが」
「……その通りなのです」
「それに、人間である俺に対してロイヤルギアスが効くってのも妙な話だ」
「うぅ……」

 デオドラの疑問を解消できる答えが思い浮かばず、ルピスは言い淀む。悲痛な表情は今にも泣きだしそうだ。そこまで厳しく詰問された訳でもないし、そもそもルピスには答えを用意する義務などないのだが、魔人への忠誠心は彼女に不可能を許さないらしい。
 流石に、少女を泣かしてしまうのは非常に不味いと感じたデオドラは、

「はは……俺って、実は人間じゃなかったってことなのかねぇ」

 妖精に拾われ、妖精族の母と兄を持っていようと、それは義理の関係だ。デオドラの実の両親はまた別に存在している。身体的特徴は完全に人間のそれだが、捨て子だったデオドラを人間だと断定する根拠はどこにもない。

「……実際、そうとしか考えられないもんな」
「か、かもしれないのです。しかし、魔人様は魔人様なのです」
「魔人様じゃない。俺はデオドラだ。ただのデオドラ・ロイーゼだ」



 しばしの安息を終え、デオドラは腰を上げる。

「一息ついたし、そろそろ動き出すとするか」
「はい! ルピスたちもお手伝いするのです! 何をするのですか?」
「特に今は目的もない。情報収集がてら、国中を見て回ってくる。気になることも出来たしな」

 要するに観光である。今のソルセインの国内情勢を確かめねばという責任感もあるが、好奇心による動機という部分の方が大きい。
 単純に、今の世界を見て回りたかった。
 デオドラの意志を推量したルピスは、ぴんと手を挙げ提案する。

「では、早馬を用意するのです! とびっきり足の速いヤツを――」
「――いや要らん。走った方が速い」
「へ」

 デオドラは準備運動のような動作に入っていた。

「千年前と国境は大して変わってないだろう?」
「な、なのです」
「じゃあ簡単に国土一周できそうだな。本当に国の様子を目で見てくるだけだから、十五分もあれば十分だ。すぐ戻るから、教会堂で待っていてくれ」

 言うと、跳躍する。
 木々の合間を縫って進み、視界内に聳える最も強大な木の樹冠に達すると、森の果てを見据えながら、

「まずは北部からだな」

 そして、姿が掻き消えた。
 魔法による空間移動ではない。ただ単に、全力で跳んだだけ。
 驚くべきことにほとんど風圧を発生させず、無駄な余波を垂れ流さぬままに、デオドラは北側に駆けていった。

「……やっぱり魔人様はすげぇのです」

 ルピスが呟く頃には、とうにデオドラは森を抜けていた。
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