世界を救ったハズなのに

ラストサムライ

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二章【亡霊教会編】

第十五話:竜人

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 音を越えた速度で疾駆する。
 木々を伝って宙を舞い、地上を俯瞰しながらデオドラは移動し続けていた。
 見る限り大きな地形の変動は見られない。種族大戦以来、陸地を揺るがすほどの災害や戦争は発生していないようだ。
 その上、たまに通りかかる街々に見られる生活様式も、千年前と通ずる所があった。人口の多い村に限って言えば、目を見張るような建築物も多く見られたが、その他の街の発展具合はデオドラの予想の範囲に収まる程度だった。

 デオドラは、わずか十分足らずで北部、東部、西部を見回り、残すところは南部のみとなった。
 南部は他の地域よりは山脈が多い。ただし、街の数や人口に関しては特筆すべき点もなく、象徴的な建造物もない。
 が、山を俯瞰しながら山脈の頂上を進んでいた時のことだ。鋭敏なデオドラの感覚が、異質な魔力群を感知した。

「……竜の魔力残滓があるな。もしかして、巣が近いのか?」

 忘れもしない、最強の宿敵による魔力の波長が、山間部から漂ってきている。
 現代での竜の立場については、不満と疑問が絶えなかった。今も、言葉に出来ない奇妙な予感に苛まれ、竜族のことが頭から離れない。
 デオドラは初代竜王殺しの人間だ。竜族からすれば不倶戴天だろうが……いや、歴史が歪曲しているので、実はそうではないのかもしれない。案外、赴いてみれば歓迎されるのだろうか。
 
「竜族の歴史認識も確認したいし、行ってみるか」

 そろそろ帰路に着こうとしていたデオドラは、進行方向を変えて、竜の魔力を辿って行った。


 ◇◆◇


 デオドラが降り立った先には、巨大な洞窟があった。それも、竜の巨体でも難なく通り抜けられそうな。

「でっか……。ここだよな?」

 近付くごとに、竜の魔力が強くなる。竜の巣で間違いなさそうだ。昔から、竜は自然の地形を利用して住処としてきた。現代でも違いはないらしい。
 デオドラは失望したように溜息を吐く。かつての竜は、こうも簡単に気配など辿らせてくれなかった。竜の力も落ちているのだろうか。

「入ってみるか」

 洞窟からは僅かに風が漏れ出てきていた。中にはかなり巨大な空洞がある。やはり竜の巣で確定だろう。
 デオドラは洞窟の中に踏み入れるべく、歩みだす。その時、
 
「止まれ!!」

 背後から、甲高い女の声。

「人間が、こんな所で何をしている!?」
「うん?」

 警戒に満ちた刺々しい声を受け流し、デオドラはゆるりと振り返る。
 ――息が止まるかと思った。

(馬鹿な……っ)

 そこにいた女の容姿を舐め回すように凝視し、仰天する。
 薄い布切れのような衣装を着込んだだけの、麗人だった。成人男性と比べても見劣りしない長身で、内側からは豊満な体つきが強く主張している。
 デオドラと同じ翡翠色の瞳を持った、灰色の髪をした美女。
 何かが一気に活性化した。

(う、美しい……! 身体付きも好みど真ん中! 煩悩が! 煩悩が燃え盛って止まらねぇ!! これはもう征かねばならないだろう、男として!!)

 相手の正体は知らない。それどころか、殺気にも似た剥き出しの警戒心が刺さってくる。
 デオドラは、それらをまるで、そよ風にでも当たるような柔和な笑みで受け入れると、

「――風から天女の噂を聞きつけた。貴方に会いに来たんだ、美しい人よ」
「ッ」

 それはもうとんでもなく自信に裏打ちされた渾身のキメ顔で。
 女は爪を立てて身構えると、間を置かずにデオドラへと急接近した。

「死ね!!」
「え、マジかよ」

 デオドラの顔がよほど不愉快だったのだろうか。一応、現代の美的感覚でも好青年と呼ばれて差し支えない外見なのだが、女は機敏に腕を振るい、刃物のように鋭利な爪でデオドラの顔を狙った。
 凄まじい速度ではあったが、同じ条件で正面から攻撃されて、まともに食らうデオドラではない。
 跳んで鉤爪を躱すと、そのまま女の真後ろに着地する。 

(……しまった。機嫌を損ねてしまったか。恰好からして野生児かと思ったが、高飛車な女って感じだ。……何だよ、もうめっちゃ好きなんだけど)

 殺されかけたというのに、デオドラの意志は揺るがなかった。振り向いた女に向かって、輝く瞳を向ける。

「気に障ったなら謝ろう。ただし、聞いて欲しいことがある」
「……何だ」

 獣のように姿勢を屈めた女は、欠片も態勢を崩さず、デオドラの言葉に耳を傾ける。
 無条件に襲い掛かる割には、対話の余地はあるようだ。好機と見たデオドラは心を決める。

(母よ! 俺に勇気を!!)

 何を狂ったか、復讐鬼となり果てた母に祈りを捧げる息子。
 しかし、それだけでデオドラの胸に熱が込み上げてくる。デオドラはその熱を原動力にし、行動へと移った。
 腰を折り、頭を下げ、腕を差し出して叫ぶ。

「俺と!! 結婚してくださぁあああああああ!!」
「――死ねぇ!!」

 一世一代の告白を遮って、デオドラの首に女の鉤爪が走った。皮膚が裂け、血が舞う。が、肉の繊維は表層が切り取られただけで、首を両断するには至らない。
 あまりに頑強な肉体に驚愕し、女は後ずさりする。 

「なッ!? 首を刎ねられないだと!!」
「……痛いんだけど」

 本気で命を狙われて、流石のデオドラも声の温度を落としていた。

「……お前、本当に人間か。竜の爪で切れないモノなど、初めてだ」
「寝込みを襲われても構わないように、常に魔法で保護膜作ってるからな。にしても物騒だ。冗談じゃなく殺す気か」

 デオドラはぴん、と女を指差す。

「人殺しなんて良くないぞ! 俺と共に正しい道を歩もう!!」
「黙れ! どうしてお前と一緒になんだ!?」
「俺が貴方に恋をしたからだ!!」
「ッッ!?」

 明確に好意を告げられ、女は動揺を隠せない様子だった。
 快いのか、煩わしいのか、単純に驚いているだけなのか、判断しずらい表情ではあるが、平常心でないのは確かである。
 告白の波状攻撃が効果覿面だったことに、デオドラはほくそ笑む。

「安心しろ、俺は咎人だとしても貴方を愛せる!! この世に償えない罪なんて存在しない!! ……っと、待て、コレ今の俺には言う資格のない台詞だったな」
「わ、訳の分からないことを……お前、何者だ」
「正直に言うと放浪者です、はい」
「……」

 筋のない会話に、女が酷烈に滾らせていた殺気が消えていく。と、その途端に繕うように女は再び殺気を纏った。

「何にせよ、竜の里に踏み入った以上は生かして返せない!! 私は竜人としての義務を果たす!!」
(竜人?)

 女が用いた未知の言葉を、デオドラは聞き逃さない。

「やっぱ近くに竜の巣があるのか。ところで、竜人って何なんだ?」
「……ッ!」

 他人に知られたくない事柄だったのか、自分の失言に気が付いた女は歯噛みする。

「お前! よくも私を口車に乗せてくれたな!!」
「あれ!? 乗せたかなぁ、俺!? 今のはそっちが勝手に喋っただけ……」
「もういい黙れ! お前の寿命はここまでだ!」
 
 とんでもない暴論でねじ伏せられ、デオドラは苦笑した。
 何が気に入られなかったのか、とにかくこの女性からデオドラは死を望まれる程に嫌われている。どう解釈しても脈無しである。
 まるでデオドラの嗜好を具現化したかのような女。是非ともこの出会いを物にしたい所だが、落とすのは一筋縄ではいかなそうだ。

「……やっぱ、俺って女を口説く才能無いのかね。初恋の子も兄貴に寝取られたし」
「お前の家族事情など知ったことか。死ね」
「申し訳ないけど、今は死ねない理由がある」

 奇しくも、家族絡みの事情で、デオドラには放任できない役割があった。
 今ではもう、一か月後に人類を滅ぼすであろう母を野放しにして死ぬつもりなどない。この国がどうなろうと知ったことではないが、妖精王は罪の無い女子供までもを蹂躙するだろう。それだけはどう考えても、見捨てる理由を見つけられなかった。

「今日はサヨナラだな。また今度、落ち着いて話そうか」
「今、ここで、殺すと言った! 逃がすと思うか!?」
「逃げるさ。ついでに名乗ろう。俺はデオドラ・ロイーゼ。覚えていてくれ」

 世間にどう思われようと、自分の名を全く恥じないデオドラは、そのままの本名を名乗った。
 災厄の魔人という国際的悪人として語り継がれているだけあって、デオドラの名を知らぬ者は少ない。竜人の女もデオドラを知っている様子で、その名を聞いた途端に硬直した。

「……嘘だ」
「俺がどんな嘘を吐いたと思ってるかは知らないが、偽称はしてないぞ。どのデオドラ・ロイーゼかなんてわざわざ説明はしない。俺はこういう名前の男だ。少なくとも名前だけは本当だ」
「……。」

 女は無言のまま、構えを解こうとしない。それどころか、肌で感じられる程警戒心を高ぶらせてきた。
 このまま口説いても逆効果だ。今回の所はもう退散した方が良い。デオドラはそう考え、  

「じゃあな、また来るよ」
「っ、ま、待て! 本当に、お前はあの――!」

 女の言葉はもう聞こえなかった。
 声が空気を伝う速度より、デオドラが逃走する速度の方が速かったからだ。
 しかし、竜の巣の近辺と思わしき場所で、竜人と名乗る麗人と出会ったその事実だけは、確かにデオドラの記憶に刻まれていた。
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