【完結】金の王と美貌の旅人

ゆらり

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本編第一部「金の王と美貌の旅人」

31 罪を明かす

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 ――風が止み、四阿は再び静けさを取り戻した。

 長椅子に座っているキュリオの横に、いささか乱暴な動作でリヤスーダが腰を下ろす。

「私はまだ、君にとって不要な者ではなかったのだね」
「不要と言った覚えはない」
「君に必要とされず、居なければいい者と思われているのならば、どんな手を使ってでもここを抜け出して、心置きなく旅に出てしまえるかと思ったのだがね。実際にそうなると思わされたら、ここが痛くてたまらなかったよ」

 そっと胸元を押さえて、キュリオは微笑んだ。

「イグルシアスが私を食客にする許しを君から得たと言ったものだから、勘違いしてしまってね。こうして君が来てくれて、私を手放す気がないのはよくわかったけれど、驚いたよ」
「あの莫迦! そんなことを言っていたのか!」

 歯ぎしりをして立ち上がろうとするリヤスーダを「落ち着きたまえよ」と、腕を取って引き留める。

「彼は気のいい子だね。少々やんちゃで悪戯が過ぎるが、嫌いな類の人間ではないよ。まだ仕置きをするつもりかね? 先程のあれで十分ではないかな」
「奴など庇わなくていい! あれは甘やかせば調子に乗る悪ガキだからなっ!」

 鼻息荒く怒りを露にしながらも、その表情は弟のいたずらに手を焼く兄のそれだった。リヤスーダのそんな態度に、キュリオの口からは楽し気な笑い声が上がる。

「それでも君は、彼のことを弟として可愛がってきたのだろう? 扱いが乱暴なようでいても仲がいいのだから。兄弟というのはいいものだね。羨ましいことだ」
 
 微笑まし気に口元を緩め、肩を揺らして更に笑う。

「よくはないっ!」

 憤慨する様子に笑みを深くしながらキュリオは長椅子から立ち上がり、リヤスーダの大きな左手を両手で持ち上げて額に当てた。

「キュリオ……?」
 
 不意の行動に目を瞬かせている隙を狙って、秀でた額に触れるだけの口づけを落とす。

「私は閉じ込められていなくても、旅立とうとは思わない。今更こんなことを言ったところで、何が変わる訳でもないのだろうが、リヤ……、私を離さないでいてくれ」
 
 持ち上げた手をすぐにリヤスーダ本人の膝上に戻してから、彼は静かに言った。

「王の姿を見せた君はとても怒って見えたし、リヤとして二度と私に接してくれない気すらしていた。苦しませてしまった君に何が出来るのか……、次に会えたときに何を言えばいいのか、ここに居る間にずっと考えていたのだがね……。こんな言葉しか出てこない。だが、自分の気持ちがどこに強く在るのか、イグルシアスの言葉で少なからず気づかされた」

 浅葱色をした絹の長衣に身を包んだキュリオは、苦く微笑みながらリヤスーダを見下ろした。侍女ベルセニアに献身的に傅かれ磨き上げられた今の彼は、近寄りがたい美しさと気品を備えていた。

「――言われずとも、手離す気などない」

 長椅子から立ち上りながら、リヤスーダは無意識にキュリオのすべらかな頬へと手を伸ばしかけた。だが、触れる寸前で歯を食いしばり険しい表情で手を下ろしてしまう。

「触れたいのなら、触れればいいだろうに」

 逆にこちらから触れてやろうと言わんばかりに、キュリオが自らの片手を上げてリヤスーダの頬へそっと触れようとすると、彼はその手を避けて後ずさった。

「……君は何に苦しんで、何を忌避している? 触れたいのならためらわずに触れてくれ。いつだって、私は君にならこの身体など」
「キュリオ! 己の身を犠牲にするな! 俺は、お前を穢したくはない!」
「穢す? なぜそうなるのかね。私などそんな綺麗な人間ではないのだよ。今更な話だ。それに、仮にそのつもりで君が私に仕打ちをしたとしても、甘んじて受けるつもりだ」
「俺がしたことは、お前を殺そうとした貴族の男と同じだ! 今以上に俺をあの下郎と同じ醜い人間に成り下がらせるというのか!」
「それでも、私は嬉しかった。君を苦しめる結果になったのは、申し訳ないことだが」
「……キュリオ」

 再び伸ばされたキュリオの白い手は、避けられることなくリヤスーダの頬に触れられた。

「君からのどんな感情であっても、嬉しかったのだよ。こうまでして、私を求めてくれているのかと。浅ましく醜いことに、酷く嬉しかった……」

 見開かれた空色の瞳に映るのは、慈愛に満ちた眼差しでありながら、満ち足りて滴るような艶やかさを孕んで笑む美しい顔。

「……君にこんな苦しみを与えるくらいなら、近付くのを避けるべきだったのだよ。触れられることを許してはいけなかったし、想いに応えるなど以ての他だ。だというのに、私は君の与えてくれる優しさや好意に甘えてしまった。供に在れるのは楽しくて、触れられる度に、嬉しくて、温かくて、心地良くて……」

 やんわりと白い手で褐色の頬を包みながら、キュリオは己の罪を告げる。

「旅立つ前に、私の想いを君の中に強く残していきたかった。それがどんな痛みを与えるか考えも……、いや、考えられたのだよ。それでも、気持ちを返してしまった。我欲を満たすために、君の心を弄んだに等しいことをして傷付けてしまった」

 すっと頬から手が離れて行く。

「君はさぞや、私が憎かっただろうね」

 キュリオは、瞬き一つせず此方を見つめるリヤから目を逸らすと、身を翻して離れていき四阿の端から外へと顔を向ける。 

 「いつか化け物と忌まれ打ち捨てられるか、傍に居たいと願った者の死に行くさまを、ただ見ているしかない。それらを味わうのが恐ろしくて、ずっと逃げてばかりだった。そうして逃げるのならば何も、求めるべきではないのに、君に気持ちを求めて傷付けて、逃げようとして、苦しませた……。本当に、済まなかった」

 大きく吹いた風に揺さ振られた木々のざあざあと揺れる音が、四阿を包み込んだ。
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