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本編第一部「金の王と美貌の旅人」
32 深く重ねる
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――木々のざわめきが途絶え、静寂が訪れた。
リヤスーダに背を向けたまま、キュリオは穏やかな声音で言葉を紡ぎ続ける。
「――永く生きたところで、賢しくも強くもなれない。愚かで醜い化け物でしかないのだよ」
「化け物であっても、それでも俺は、やはりお前のことが愛おしい」
背後から伸ばされた逞しい腕が、キュリオを抱きすくめた。
「憎いと思いはしたが、それでも愛しいという想いは変わらなかった……」
艶やかな黒髪に頬を当てて耳元で低く囁くその顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。
「まったく、お前という男は、どこまでも俺を駄目にする……」
「怒らないのかね?」
抱き締めたまま無言になったリヤスーダ。キュリオは怪訝な顔をして腕の中で身じろぎし、自分の頭に頬を当てている相手の方を見ようと、首をひねりながら「どうして何も言わないのだね」と、問いかける。
意図せずして頬を摺り寄せられる形になったリヤスーダは、ますます赤くなり顔を引きつらせた。そして抱き締めていた腕を解いて離れたかと思うと、キュリオから顔を背けて四阿の柱に頭を押し付けてしまった。
「思慮深いかと思っていたが、考えなしなのか。自分の言ったことがどう聞こえるか、解っていないのか……。いやしかし……」などと、呟き始めた。
「リヤ?」と、不審に思いながら振り返ったキュリオが見たのは、頭から湯気が立つのではないかと思う程に赤面したまま、じっと何かを耐えるように目を瞑り柱に頭を預けている男の姿だった。
「何をそんなに赤くなっているのだね。怒り過ぎかね? それとも、照れているのかね?」
「う……っ、お、お前が、照れさせることを言うからだろうが……っ!」
「仕方あるまい。これが私の本音だ」と、呑気に笑いながらキュリオは彼の背中を優しく撫でた。
「はぁ……、お前には適わんな。俺は、お前を捕らえた後ずっと、次にどういう顔をして会えば良いのか分からなくなって逃げていたんだ。俺も、強くなどない。お前だけが悪い訳でも、弱い訳でもないさ。本当に済まなかった」
「そう言って貰えるのも何やら申し訳ない気分だが……。ありがとう、リヤ。私も済まなかったね。こうして話すことが出来て良かった」
「……ああ、そうだな」
二人の顔に浮かんだ笑みは、彼等が出逢った頃に浮かべていた、嬉し気なそれと似ていた。
――少しして、ようやく気が落ち着いてきたらしいリヤスーダが、キュリオの方へ向き直る。その顔は、罪の意識に苦しむ若者のそれではなく、精悍で引き締まった王の顔になっていた。
「キュリオ、改めて言わせてもらうぞ」
片膝を床に付けて身を屈ませて、キュリオの左手を両手でもってして恭しく掲げ持った後、その手の甲を自らの額に確りと押し当てた。暫し祈るように目を閉じた後に立ち上がった彼が、空色の瞳を緩やかに開きながら触れるだけの口付けを落としたのは……唇だった。
「お前が離さないでいろと言うのならば、喜んで、俺の手元に置こう」
離れて行く唇から紡がれる、甘く響く柔らかな声に、キュリオもまた甘やかに微笑む。
「――だが……、お前だけを愛することは出来ない。近い将来、この国を共に支え繋げていく伴侶を迎えて心を捧げる日が来る。それでも……」
「知れたことを言うでないよ」
キュリオはリヤスーダの言葉を遮って、低く笑った。
「君の手の中に在れるのならば、私はそれで良いのだから」
凛々しく決然と言い放ってリヤスーダの手を自らの額へそっと当てた後、彼の肩を掴んで引き寄せ、強引なまでに深く唇を重ねたのだった。
※今話で本編第一部完結とします。第二部は軟禁(監禁?)生活その後となります。
リヤスーダに背を向けたまま、キュリオは穏やかな声音で言葉を紡ぎ続ける。
「――永く生きたところで、賢しくも強くもなれない。愚かで醜い化け物でしかないのだよ」
「化け物であっても、それでも俺は、やはりお前のことが愛おしい」
背後から伸ばされた逞しい腕が、キュリオを抱きすくめた。
「憎いと思いはしたが、それでも愛しいという想いは変わらなかった……」
艶やかな黒髪に頬を当てて耳元で低く囁くその顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。
「まったく、お前という男は、どこまでも俺を駄目にする……」
「怒らないのかね?」
抱き締めたまま無言になったリヤスーダ。キュリオは怪訝な顔をして腕の中で身じろぎし、自分の頭に頬を当てている相手の方を見ようと、首をひねりながら「どうして何も言わないのだね」と、問いかける。
意図せずして頬を摺り寄せられる形になったリヤスーダは、ますます赤くなり顔を引きつらせた。そして抱き締めていた腕を解いて離れたかと思うと、キュリオから顔を背けて四阿の柱に頭を押し付けてしまった。
「思慮深いかと思っていたが、考えなしなのか。自分の言ったことがどう聞こえるか、解っていないのか……。いやしかし……」などと、呟き始めた。
「リヤ?」と、不審に思いながら振り返ったキュリオが見たのは、頭から湯気が立つのではないかと思う程に赤面したまま、じっと何かを耐えるように目を瞑り柱に頭を預けている男の姿だった。
「何をそんなに赤くなっているのだね。怒り過ぎかね? それとも、照れているのかね?」
「う……っ、お、お前が、照れさせることを言うからだろうが……っ!」
「仕方あるまい。これが私の本音だ」と、呑気に笑いながらキュリオは彼の背中を優しく撫でた。
「はぁ……、お前には適わんな。俺は、お前を捕らえた後ずっと、次にどういう顔をして会えば良いのか分からなくなって逃げていたんだ。俺も、強くなどない。お前だけが悪い訳でも、弱い訳でもないさ。本当に済まなかった」
「そう言って貰えるのも何やら申し訳ない気分だが……。ありがとう、リヤ。私も済まなかったね。こうして話すことが出来て良かった」
「……ああ、そうだな」
二人の顔に浮かんだ笑みは、彼等が出逢った頃に浮かべていた、嬉し気なそれと似ていた。
――少しして、ようやく気が落ち着いてきたらしいリヤスーダが、キュリオの方へ向き直る。その顔は、罪の意識に苦しむ若者のそれではなく、精悍で引き締まった王の顔になっていた。
「キュリオ、改めて言わせてもらうぞ」
片膝を床に付けて身を屈ませて、キュリオの左手を両手でもってして恭しく掲げ持った後、その手の甲を自らの額に確りと押し当てた。暫し祈るように目を閉じた後に立ち上がった彼が、空色の瞳を緩やかに開きながら触れるだけの口付けを落としたのは……唇だった。
「お前が離さないでいろと言うのならば、喜んで、俺の手元に置こう」
離れて行く唇から紡がれる、甘く響く柔らかな声に、キュリオもまた甘やかに微笑む。
「――だが……、お前だけを愛することは出来ない。近い将来、この国を共に支え繋げていく伴侶を迎えて心を捧げる日が来る。それでも……」
「知れたことを言うでないよ」
キュリオはリヤスーダの言葉を遮って、低く笑った。
「君の手の中に在れるのならば、私はそれで良いのだから」
凛々しく決然と言い放ってリヤスーダの手を自らの額へそっと当てた後、彼の肩を掴んで引き寄せ、強引なまでに深く唇を重ねたのだった。
※今話で本編第一部完結とします。第二部は軟禁(監禁?)生活その後となります。
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