39 / 61
本編第二部「金の王と不変の佳人」
6 仲睦まじい番のように
しおりを挟む
――絶え間なく打ち合わされる木剣の乾いた音が、広い庭に響き渡る。数十回を過ぎてもそれは途切れることがなく、二人は息を切らすこともなく打ち合いを続けられた。
「結構な腕前だね。加減は要らぬか……」
キュリオはにこやかに言ながらリヤスーダの顔面目がけて、容赦のない突きを繰り出した。
「容赦ないなっ!」
首を傾けるだけでかわしながら素早く後ろへ退こうとするリヤスーダへ向けて、鋭く踏み込んでの袈裟懸けの振り下ろしが襲い掛かる。
「それでは面白くあるまいて」
目にも留まらぬ速さで繰り出されたそれは、幅広の木剣にガツリと受け止められた。
「闘士で食べていけるのではないかね?」
「それも良いかもしれんなっ!」
強く弾き飛ばす勢いで押し戻される力に逆らわず、キュリオは軽業師顔負けの身軽さでふわりと後ろへと飛んで、よろめきもせずに着地する。
「どうせなら二つ名持ちを目指すか」
「君なら直ぐに名を持てるだろうよ」
瞬きの間に距離を詰めて、リヤスーダが眼前へと踏み込んでくる。鍛えられた剛腕から幾度も繰り出される重い一撃を刀身の上を滑らせるようにして細身の木剣で受け流していく。
力と技を駆使した、激しい応酬が続いた。
「――ところで、君の妃は決まったのかな」
キュリオが絶妙の剣捌きで打撃を受け止めつつ、大剣を巻き込むようにぐるりと己の剣を動かす。その回転に絡め取られたリヤスーダは、剣を手から引き離されてしまった。
宙に舞い上げられ高く弧を描いて落ちてきた木剣が、鈍く音を立てて二人から離れた地面に突き刺さる。
「……来春には婚儀を上げる」
「それは重畳なことだ。私がこの国へ入ったばかりの頃には、お妃選びの話題を聞いていたから長かったね。1年余りになるかな?」
そこへ歩み寄って木剣を引き抜いたのはキュリオだ。
参ったと手を上げながら近寄ってくる相手へと、柔らかな笑みを浮かべながら柄の方を差し出す。
「そのくらいだな」
剣を受け取る相手の顔を見上げて、キュリオは苦笑した。
「何て顔をしてるんだね、リヤ」
「……いや、別に」
「何か言いたいなら言うと良い」
「言葉にはし辛い」
リヤスーダは何とも言い難い複雑な表情で、木剣を持つその手首を返して刀身を肩に当てながら遠くの方へ視線を向ける。
「ならば、そのまま言わずにいれば良い。言葉に出来ないことなど幾らでもあるのだからね」
穏やかな声と同時にキュリオがゆるりと両手でもって剣を正面に構えれば、リヤスーダは視線を戻して片手で構えた剣をぐっと突き出してそこに触れ合わせる。
「……次は今のような隙を作るでないよ」
「言われるまでもない」
再び木剣が打ち合わされる音が庭に響き始めた。
手加減なく繰り広げられる二人の手合わせは、息を呑む激しさがあったが、彼らは実に楽し気で、笑い声すら上がる。それは戯れながら舞う番の鳥にも似ていて、妙に仲睦まじい空気を醸し出していた。
「ベル、あの二人凄いね! それに楽しそうだ。羨ましいよ」
そんな手合わせの様子に、イグルシアスが感嘆の声を上げる。
「私には剣術の良し悪しは解りかねますが、確かに凄いですね。仲睦まじくも見えます……。ところで、いつも言っていますが私はベルではありません。ベルセニアとお呼びください。イグルシアス様」
「ええ。ベルって呼び名可愛いと思うのに」
「可愛いと思いませんので、ご遠慮為さって下さいまし」
取り付く島もない侍女の態度に「もう、つれないなぁ……」と、わざとらしく不満げに唇を尖らせて見せてから、イグルシアスは彼女の供した茶に舌鼓を打つ。
「んん、君の淹れるお茶は美味しいね。そろそろ僕の侍女になってくれない?」
「お褒め頂き真に光栄でございますよ。いつもながら身に余るお誘いでとても嬉しゅうございますが、それにつきましてはリヤスーダ様のお許しを頂かなければいけません。もしも、お許しが頂けたのでしたら、私、今すぐにでも喜んでイグルシアス様の侍女を勤めさせて頂きます。お許しが頂けたのなら、でございますが」
眉一つ動かさず滑らかに返された答えに「無駄に長いよ! しかも拒否感しかないじゃない!」と、苦笑しながら叫んだ。
「では手短に申しますね。……謹んでお断りさせて頂きます」
「言い直さなくていいよ。ほんとうに君、いい性格してるね」
「よく言われます」
慇懃無礼もここまでくると、いっそ清々しいもの。イグルシアスは気分を害する様子もなく、愉快気にケラケラと笑った。
「あーもう! 兄さんはずるい! 僕もベルみたいな侍女が欲しい!」
笑いながら大人気ない文句を言う彼に、ベルセニアがつられるようにして品よく笑う。
「お言葉ですが、それはない物ねだりというものでございますよ」
「そうだけどさぁ……。キュリオだってさ、僕も食客に欲しかった闘士だよ。あ、このお菓子とても美味しそうだね。ベルのお手製?」
「はい。私が今朝方に焼き上げておいたものです。そちらはイグルシアス様のお好きな胡桃入りの菓子でございますよ」
「さすがベル!」と、イグルシアスは喜びながら、こんがりとした良い焼き色のついた菓子を口に放り込み、サクリと音を立てて幸せそうに噛みしめた。
「結構な腕前だね。加減は要らぬか……」
キュリオはにこやかに言ながらリヤスーダの顔面目がけて、容赦のない突きを繰り出した。
「容赦ないなっ!」
首を傾けるだけでかわしながら素早く後ろへ退こうとするリヤスーダへ向けて、鋭く踏み込んでの袈裟懸けの振り下ろしが襲い掛かる。
「それでは面白くあるまいて」
目にも留まらぬ速さで繰り出されたそれは、幅広の木剣にガツリと受け止められた。
「闘士で食べていけるのではないかね?」
「それも良いかもしれんなっ!」
強く弾き飛ばす勢いで押し戻される力に逆らわず、キュリオは軽業師顔負けの身軽さでふわりと後ろへと飛んで、よろめきもせずに着地する。
「どうせなら二つ名持ちを目指すか」
「君なら直ぐに名を持てるだろうよ」
瞬きの間に距離を詰めて、リヤスーダが眼前へと踏み込んでくる。鍛えられた剛腕から幾度も繰り出される重い一撃を刀身の上を滑らせるようにして細身の木剣で受け流していく。
力と技を駆使した、激しい応酬が続いた。
「――ところで、君の妃は決まったのかな」
キュリオが絶妙の剣捌きで打撃を受け止めつつ、大剣を巻き込むようにぐるりと己の剣を動かす。その回転に絡め取られたリヤスーダは、剣を手から引き離されてしまった。
宙に舞い上げられ高く弧を描いて落ちてきた木剣が、鈍く音を立てて二人から離れた地面に突き刺さる。
「……来春には婚儀を上げる」
「それは重畳なことだ。私がこの国へ入ったばかりの頃には、お妃選びの話題を聞いていたから長かったね。1年余りになるかな?」
そこへ歩み寄って木剣を引き抜いたのはキュリオだ。
参ったと手を上げながら近寄ってくる相手へと、柔らかな笑みを浮かべながら柄の方を差し出す。
「そのくらいだな」
剣を受け取る相手の顔を見上げて、キュリオは苦笑した。
「何て顔をしてるんだね、リヤ」
「……いや、別に」
「何か言いたいなら言うと良い」
「言葉にはし辛い」
リヤスーダは何とも言い難い複雑な表情で、木剣を持つその手首を返して刀身を肩に当てながら遠くの方へ視線を向ける。
「ならば、そのまま言わずにいれば良い。言葉に出来ないことなど幾らでもあるのだからね」
穏やかな声と同時にキュリオがゆるりと両手でもって剣を正面に構えれば、リヤスーダは視線を戻して片手で構えた剣をぐっと突き出してそこに触れ合わせる。
「……次は今のような隙を作るでないよ」
「言われるまでもない」
再び木剣が打ち合わされる音が庭に響き始めた。
手加減なく繰り広げられる二人の手合わせは、息を呑む激しさがあったが、彼らは実に楽し気で、笑い声すら上がる。それは戯れながら舞う番の鳥にも似ていて、妙に仲睦まじい空気を醸し出していた。
「ベル、あの二人凄いね! それに楽しそうだ。羨ましいよ」
そんな手合わせの様子に、イグルシアスが感嘆の声を上げる。
「私には剣術の良し悪しは解りかねますが、確かに凄いですね。仲睦まじくも見えます……。ところで、いつも言っていますが私はベルではありません。ベルセニアとお呼びください。イグルシアス様」
「ええ。ベルって呼び名可愛いと思うのに」
「可愛いと思いませんので、ご遠慮為さって下さいまし」
取り付く島もない侍女の態度に「もう、つれないなぁ……」と、わざとらしく不満げに唇を尖らせて見せてから、イグルシアスは彼女の供した茶に舌鼓を打つ。
「んん、君の淹れるお茶は美味しいね。そろそろ僕の侍女になってくれない?」
「お褒め頂き真に光栄でございますよ。いつもながら身に余るお誘いでとても嬉しゅうございますが、それにつきましてはリヤスーダ様のお許しを頂かなければいけません。もしも、お許しが頂けたのでしたら、私、今すぐにでも喜んでイグルシアス様の侍女を勤めさせて頂きます。お許しが頂けたのなら、でございますが」
眉一つ動かさず滑らかに返された答えに「無駄に長いよ! しかも拒否感しかないじゃない!」と、苦笑しながら叫んだ。
「では手短に申しますね。……謹んでお断りさせて頂きます」
「言い直さなくていいよ。ほんとうに君、いい性格してるね」
「よく言われます」
慇懃無礼もここまでくると、いっそ清々しいもの。イグルシアスは気分を害する様子もなく、愉快気にケラケラと笑った。
「あーもう! 兄さんはずるい! 僕もベルみたいな侍女が欲しい!」
笑いながら大人気ない文句を言う彼に、ベルセニアがつられるようにして品よく笑う。
「お言葉ですが、それはない物ねだりというものでございますよ」
「そうだけどさぁ……。キュリオだってさ、僕も食客に欲しかった闘士だよ。あ、このお菓子とても美味しそうだね。ベルのお手製?」
「はい。私が今朝方に焼き上げておいたものです。そちらはイグルシアス様のお好きな胡桃入りの菓子でございますよ」
「さすがベル!」と、イグルシアスは喜びながら、こんがりとした良い焼き色のついた菓子を口に放り込み、サクリと音を立てて幸せそうに噛みしめた。
1
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
Xアカウント(@wawawa_o_o_)
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
手切れ金
のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。
貴族×貧乏貴族
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる