【完結】金の王は美貌の旅人を逃がさない

ゆらり

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本編第四部「黄金色の夢の結末」

2 花飾りの大祭

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 ――とある日。


「何ですか父上、その恰好は」

 執務室で勤めに勤しんでいたラフィンは、突然に姿を現した父親に対して、胡乱気な視線をぶつけた。
 
 商人風の出で立ちで腰帯には半月刀を挿し、黄金色の髪をくすんだ金髪に変えたリヤスーダが「昔はよく、この格好で街に出かけたのだ。存外俺とは気づかれないのだぞ」などと言いながら、得意気な顔で腕を組んで踏ん反り返った。

 ラフィンの眉間には、たちまち深い皺が寄った。

「父上、私は今、忙しいのです。そういう遊びは他所でしてくださいませんか」

 十代後半から政に関する諸々の引き継ぎを始めていた事もあり、成人から早や数年が過ぎた今では、大抵の勤めを自力で行えている。

「明日の日暮れまでキュリオを連れて街へ出る。俺が居ない間はしっかり頼むぞ」
 
 現王の目先に見え始めた老い衰えを考慮し、ラフィンが王として即位するのも間近となっている。現在のリヤスーダは以前ほど多忙ではないにせよ、それなりの量の公務をこなしつつ、次期王である我が子を厳しく教え導いている最中なのである。

 豪商の大旦那の如き太々しい態度で告げるリヤスーダの傍らに、旅装束の上に外套を羽織り、腰に長剣を帯びて護衛の身成りをしたキュリオが歩み出る。

「父上! まさかキュリオと祭りに行くつもりですかっ!」

 王に寄り添い微笑む恩師の姿に、ラフィンは目を剥いて勢い良く立ち上がり、鬼の様な形相で父親を睨み付けながら叫んだ。

 今は、数日間を掛けて行われる『花飾りの大祭』の最中なのだ。
 
 花飾りという名の通り、都の至る所が花々で飾り立てられる。王侯貴族や豪商らが資金援助を行い毎年催される大規模な祭であり、この祭を目当てに国内外から多くの人々が流れ込んで来る。
 
 祭で仲を深めた恋人同士の多くが、最終日に花で作った冠を頭に戴いて婚礼を挙げる為『花冠の婚礼祭』とも称されている。
 
「ようやくお前も王としての役目を果たし始めた。そろそろ俺が羽目を外しても良かろう」

 リヤスーダは傍らのキュリオの腰を抱き寄せて、これ見よがしにほくそ笑む。その態度に煽られ、ラフィンは書類を机上に投げ出し、勢いよく椅子から立ち上がった。

「わっ、私も……、これを片づけたら手が空きますからっ!」
「俺とキュリオの邪魔をしようというのか? そうはゆかぬぞ。ラフィンよ、今日のお前の勤めは、そう直ぐに終わる量ではない筈だ。出来ぬ事は言うものではないぞ」

 リヤスーダが鼻で笑いながら指摘をすると、ラフィンは図星であったのか唸り声を上げて悔し気に拳を握りしめる。

「ラフィン、済まないね。勤めでもなく二人きりで出歩くのは随分と久しぶりなのだよ。土産に美味い酒でも買ってくるから、帰ったら一緒に飲もう」

 ニコニコと微笑むキュリオの白い頬が、心なしか上気しているようにも見えた。

 嬉しさを隠そうともしない幸せいっぱいの美しい笑顔に、ラフィンは子供じみた駄々をこねる事など出来る訳も無く、打ちひしがれた顔で肩を落とすしかない。

「わかりましたよ。どうか気を付けて、楽しんできてくださいねキュリオ。父上、くれぐれも羽目を外しすぎてキュリオを困らせないようにして下さい! 私は勤めを確りと為しておきますからっ」 

 ――少々涙目になりながら猛然と書類を片し始めた王子を残して、王と彼の寵愛する食客は仲良く街へと繰り出したのである。



 ――都内は至る所が生花や薄紙で作られた造花、花の紋章等が施された垂れ幕によって飾られ、明るい色彩に包まれていた。街を行く人々も、思い思いの盛装や仮装で身を飾り、誰も彼もが笑顔で祭りを楽しんでいる。

「見ているだけで楽しくなる。……君と来られてよかった」
 
 フードを目深に被って顔を隠したキュリオが、口元を綻ばせてリヤスーダを見上げると、彼は目を細め、嬉し気な彼を見下ろして微笑む。傍から見ると、護衛を連れた商家の大旦那という構図だが、彼等の間にある空気は実に親密である。

「ああ、そうだな。お前とこうして居られるのが何より嬉しい。さて、時間はたっぷりと取ったのだから、祭りを楽しもう」

 普段は馬車や荷車が行き交う大通りが、祭りの屋台や芝居小屋などで埋め尽くされている。どれもこれも今の時期でなければ楽しめないものばかりだ。早速、行き交う人々の間を縫って、屋台巡りを始める。

「リヤ、あちらの屋台に行ってみよう」
「ん? あれか?」

 揚げ菓子の屋台を目掛けて歩いて行くキュリオの後ろにリヤスーダが続き、二人して油に入れられた細長い生地があっという間に膨らむ様子を眺める。
 
「こうして眺めるのも、なかなか面白いものだよ」
「ああ、普段は見る事も無いものだしな」
 
 じっと見つめる二人の目の前で、屋台の店主が次々と生地を油に放り込んでゆく。程良く膨らみ、良い色になったところで網に取って油を切られ、何本かまとめて紙袋に放り込まれた上に茶色味を帯びた蜜が振り撒かれた。
 
「美味そうだな。どれ、一つ貰おうか」

 揚げたてを買い求め、二人はそれを分け合って食べながら次の屋台へと歩いて行く。

「昼餉は屋台の物で済まそうかね。リヤ」
「うむ。それで良かろう」
 
 揚げ菓子を摘みながら予定を決めた彼等は、あちこちの店で興味を引かれた物を買い求めては食べ歩きつつ、路上で芸を披露する旅芸人の姿を眺めるなどして街中を歩き回って楽しみ、夕暮れ時を迎えた。
 
 遊び歩いた後の心地良い疲労に身を浸らせ他愛の無い話をしながら、今宵の宿までの路を歩く。
  
「……宿には一階に酒場がある。夜はじっくり飲めるぞ」
「それは良いね。しかし、君は無理のない程度にしてくれよ。私は幾らでも飲めるが……」
「わかっている。潰れてお前に世話を焼かせる気などない」
「ははは。昔飲み比べをした時を思い出すね。君、見事に酔い潰れたから大変だった」
「その話はするなっ。今思い出しても恥ずかしいのだぞっ」

 赤面するリヤスーダの背中を、キュリオが笑いながら叩いて宥める。

 「悪酔いしても構わないがね。初めて君に触れられた時から、嫌ではなかったから。今となってはどんな君も可愛いものだ」

 穏やかな声音で言うキュリオに、リヤスーダがピタリと歩みを止めた。

「嫌ではなかったと言うのは、……俺が、お前を無理やり抱き込んで眠った時の事か」
「うむ。……どうにかして拒む事は出来た筈だろうに、私は君に抱きこまれても抗えなかった。あの夜には既に、君の事が好きになっていたのだろうね」

 三十年近くを経ての今更ではあるが、当時の事実をさらりと告げたキュリオに対して、リヤスーダは自らの口元を抑えて明後日の方向を向いた。

「……この年になってもまだ、こんな気持ちになるとは思わなかったぞ」
 
  言いながら、顔を背けて歩き始める王の様子を不思議に思ってか、キュリオが追いすがって顔を覗き込もうとする。
 
「どんな気持ちだね?」
「聞くな!」
 
「お前はどうしてそうなのだ!」と、照れ隠しで怒りながら早歩きになるリヤスーダを、「教えてくれないのかね」と、小首を傾げつつキュリオが追いかける。
 
 彼らは夕暮れの中を、ほぼ駆け足で宿へと向かう事になった。
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