【完結】金の王は美貌の旅人を逃がさない

ゆらり

文字の大きさ
49 / 61
本編第四部「黄金色の夢の結末」

5 夢と現の挟間にゆらめくは

しおりを挟む
※ここから死にネタ展開が数話続きます。最終的にはハッピーエンドですがご注意ください。



























 ――これは夢なのだろう。






 気付いても、終わりまで目覚められない。目覚めたとて、その余韻から逃げられずに苦しめられる。酷く残酷な、別離の夢。これは必ずお取れる未来だ。

 お前を、手の中に捕らえておく事が出来なくなる日が来る。



 ……その夢はいつも、同じ場面から始まる。






 ――冷たい指先が、布越しに心臓のある辺りを探っているの感じる。

 キュリオの指先だ。俺の心臓が脈打っているのを感じるのが好きなのだ。肌を重ねている最中でなくとも、ふとした折にでも、度々触れてくる。その真っすぐな言葉と仕草で、俺が愛しいと語ってくれる。

 何者でもない一人の男が、ただ生きているその証である鼓動を慈しみ、溢れんばかりの愛情がこもったそれらは、俺に深い安堵を与えてくれた。

 還りたいと思っていたところに、ようやく辿り着いたかのような、懐かしささえ伴う安堵。この慈愛に満ちた心地良さを、俺はずっと以前から知っている気がする。

 だが、それがいつの事なのか思い出せない。

 記憶の底に何よりも愛しくてたまらないという、想いだけが焼き付いている。それほどまでに強い感情を抱きながら、どうして俺は忘れてしまったのだろうか。

「……もう心臓が動いていない。まるで生きている様なのに……」
 
 何を言っている? 俺は、生きている。

 キュリオの限りなく悲し気な声に焦燥感を煽られ、抱き締めようとしたが起き上がれない。

「リヤ……」

 心臓の上に在る手に、どうにかして己の手を重ねようとしたが、腕すらも動かない。胸板に触れているキュリオの手は冷たいままだ。いつもなら直ぐに俺の熱が移って、この冷たさは消えていくのに。

 なぜだ?

「…私よりも冷たくなってっしまった。君からはもう……」

 声が出せない。顔を見る為に目を開けられもしない。俺に抱き締められて幸せそうに微笑む、お前の顔が見たい。今すぐ抱き寄せて、腕に閉じ込めたい。

 「……リヤ………て、………」

 ああ、声すらも、遠くなっていく。

 
 何も、聞こえない。


 闇に消えてゆく。   
 

 そうか……。


 妙だとは思ったが、そういう事なのだな。













 ――俺は、死んだのだ。



















 ――それは、今は夢だが、いつか現実になるのだろう。





 今更、恐れて逃げる事などしない。

 いつか死によって分かたれる日が来るのを承知で、彼に捕らわれる事を選んだ私を、嘲笑うかの様に突き付けられる夢。それと気付きながらも、目覚める事が出来ない。 
 
 この夢を見た朝は、身体が凍えたように冷たくなって、寝台の上で震えながら我が身をかき抱き、夢の余韻が過ぎ去るのをじっと耐えるしかない。

 ……それはいつも、同じ場面から始まる。






 ――瞳を閉じ横たわる彼の、心臓の上に手をはわせる。

 触れれば感じる事が出来た心地良い温もりと、愛しい鼓動が感じられない。私の身体を温めてくれるはずの褐色の肌は、逆に私から熱を奪っていくほどに冷たくなっていた。

「……もう、何の熱も感じない」

 心臓が、動いていないのだ。どんなに注意深く肌を探っても、何も感じない。名を呼んでも、瞼の下に隠された空色の瞳はこちらを見てはくれない。

「リヤ……。私をまだ離さないでいてくれ……」

 無理な願いだという事がわかっていながら、言わずにはいられない。リヤの心臓が止まっているのを、この手で確かめたばかりだというのに。 

 視界に映る全てが色褪せて見える中で、黄金の髪色だけが強く目に焼き付いた。次第に年老いて衰えていく彼とは真逆に、年月を経て更に輝きを増していった王族の象徴である黄金色。

 遠い昔に、どこかで、この黄金色の輝きを見た事がある気がしていた。

 切ないまでに懐かしく愛しいと感じるのに、いつの頃だったのか、霞が掛かったように思い出せない。忘れたくはなかった大切な何かを、私は忘れてしまっているのだ。

 もしかしたら、それを思い出せないのと同じく、リヤを喪った悲しみもいつか思い出せなくなり、黄金色の輝きだけを記憶の奥底に沈めて、また独りで今世を彷徨うのだろうか。


 ――今見ているのは、夢なのか、現実なのか。


 ――それとも……。

 

















 ――離れ家の庭に、幾度目かの花咲く季節が訪れていた。 

「おじい様! できたわ!」

 茜色の混じる金髪をした少女が、花輪を持ってリヤスーダに駆け寄る。

「おお、上手く出来たな」

 目尻に深い皺を作って大らかに笑いながら、彼は緩やかな動きで孫娘を持ち上げ両手で抱えた。

「うふふ。はい、おじい様の分」
「この年になって冠を戴くとは思わなんだぞ」

 輝く黄金色の髪がなびく祖父の頭に、か細い少女の手により載せられた花の冠。

「似合っているよ。リヤ」

 くっくっと笑いながら、リヤスーダを見るキュリオの頭にも、同じく冠が載せられている。

「キュリオ、お前の方が似合っているぞ」
「そうかね。君の方が、私にはとても素敵な姿に見えるよ」
「おじい様よりも、キュリオの方がキレイよ!」

 腕の中から孫娘がキュリオに向けて腕を伸ばすのに従い、リヤスーダがそっと下へ降ろすと、彼女は駆け寄って行ってキュリオの腰にしがみ付く。

「おじい様のでなかったら、私のお婿さんになってもらうのに」

 腹に顔をすり寄せながら王女が言えば、キュリオが婿になってあげられなくて申し訳ないねと、呑気に笑いながら、彼女の柔らかく波打つ金髪を撫でる。

「まったく、ラフィンもだったが、孫までこの調子か……」

 やれやれと頭を振りながら、リヤスーダが笑いながら二人の傍まで歩み寄ると、孫娘とキュリオをまとめて抱きしめる。

「キュリオ、こうしてお前とゆっくり過ごせる時間は後、どれ程あるだろうか。……俺が居なくなっても、ここに居て良いのだぞ。この国が、俺の一族が在る限り、お前の居場所はここにある」
  
 キュリオの黒髪に頬を寄せて、低い声音で言うリヤスーダ。

 特に何か病を患っているという事は無いのだが、顕著に現れ始めた己の衰えを、リヤスーダ自身が最も強く感じているのだろう。自身が身罷った後の事を言う彼の表情に覇気は無く、深い陰りが見える。数十年の歳月は彼の身に、限りある命の時を確実に刻み付けていた。

 青年の頃は、二つ名持ちの闘士に匹敵する剣術の腕を誇ったリヤスーダではあったが、最近では手合わせをする事はほとんどなくなり、孫娘を連れて離れ家を訪れて、庭を散策したり居間で寛ぎながら話をする日の方が多くなった。
 
 ――奇妙な事に、彼の自慢である黄金色の髪は、年老いて白い物が混じるどころか、神々しいまでに強く輝きを増しているのだが。

「そんな事を言わないで、ずっと長生きしてくれたまえよ、リヤ。君が捕まえていなければ、私はまた、旅に出てしまうだろうから……」 
「そうよ! 長生きしてね、おじい様!」

 ――リヤスーダに捕らわれた後の数十年は、キュリオにとって平穏な日々だった。

 彷徨い旅を続けていた頃のような自由は無いが、優しく美しく小さな世界において慕われ、愛する者に抱き締められているキュリオは、幸せに満ちた微笑みを浮かべている。

 だがそれも、リヤスーダという存在があっての事だ。

「……そうだな。あと百年でも二百年でも、長生きしたいくらいだ……」

 酷く哀し気な表情を浮かべて彼は呟き、腕に捕らえた美しい青年の頬に口付ける。


 ……その刹那。


 ごうっと強い風が庭を吹き抜けていき、二人の花冠を奪わんばかりに揺らした。











 
 ――王女の手によって作られた、一対の花冠が色褪せた頃。

 リヤスーダの崩御が、国中に伝えられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

処理中です...