【完結】金の王は美貌の旅人を逃がさない

ゆらり

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本編第四部「黄金色の夢の結末」

7 霊廟での誓い

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 ――深い地下にある、王家の霊廟。

 廟内は常に息が白むほどに低温に保たれている。無数の棺の並ぶ中、削り出されたばかりの新しさの、真白き石棺だけが、備え付けられた灯りによって照らされていた。

 その棺の前に、旅装束に外套を羽織ったキュリオと、寒さ除けに毛皮の縁取りが付いた灰色の外套を纏ったラフィンの姿がある。

 棺の位置を示すために設えられた、わずかな灯りだけでは広大な廟内を満たす事は出来ず、ぬばまたの闇が視界のほとんどを隠している。

 何処までも続くかと思える深く暗い闇の中、キュリオは小さな花を一輪だけ、棺の上へと乗せた。
 
「離れ家に咲いている花ですね。貴方と一緒に摘んで、母上に贈ったのを覚えています」
「懐かしいね。今度、母上にまた摘んで差し上げると良いよ」
「叔父上に見つかると、笑われそうですけれどね……。そうしてみましょう」

 二人の口からこぼれた声は、直ぐに静寂の満たされた闇へと吸い込まれていく。

「……不思議なものだね。棺を前にしているのに、まだ彼の心臓の熱を感じる。身罷った日に、触れて止まっているのを確かめたのにね……。こうして傍に居るだけでも、どうしてか、温かい気がするのだよ」

 白く細い指先が、精緻なレリーフの施された棺の表をなぞる。

「……私には何も感じられないのですが。……でも、貴方がそう言うのならば本当なのでしょうね。……それが若い頃の父上に惹かれた理由ですか」
「私は体が冷えやすい質で寒がりだからね。彼の温かさは、確かに好きだったよ」

 冗談めいた言い様で語る顔は、侵し難い清廉さを漂わせながらも、口元は艶やかな笑みの形に吊り上げられていた。

 温もりを求めて肌を愛撫するかの様に艶めかしい動きで、優美な手が棺の上を彷徨う。
  
「父上が羨ましいですよ。こうして身罷られた後も、貴方を捕らえて離さないでいられるのだから」

 褐色の大きな手が、棺の上に在る手を捕らえた。

「相変わらず、冷たい手ですね」

 ラフィンは白くほっそりとした手を両手でもって捧げ持ち、おもむろに額へと当てた。

「……キュリオ。私はずっと貴方を慕っています。私では貴方を温める事は出来ませんか。父上に与えていたのと同じ気持ちでなくとも構いません。私に……、捕らわれてくださいませんか」

 囁きながらラフィンはキュリオの顔へと唇を寄せていく。唇から漏れる白い吐息が、ふわりとキュリオの中性的な唇に戯れる様に触れては瞬く間に薄れて儚く消えて行った。

「はは。君は幾つになっても、困った子だね……」

 互いの息が重なり合う距離に、顔を背けるでもなく微動だにせず薄く笑うキュリオ。

 今しも唇が触れ合ってしまいそうな近さで、全く動揺を見せない彼にラフィンは苦笑した。

「その困った子を甘やかしているのは、貴方ですよ」

 そんな苦笑交じりの言葉と共に、白い頬へと優しい口付けが贈られる。 
 
「我が師にして友であるキュリオよ。いつまでも愛しています。貴方が、いずこかへ永遠に旅立ってしまうとしても、私の命が尽きるその日までずっと」

 ――微笑みながら告げられる、誓い。

 キュリオは愛おし気に目を細めながら、彼の手を自らの額を当てる。そうして、頬へと優しくゆっくりと唇を押し付けてから、少ない灯りの中に在っても鮮やかに輝く美しい空色の瞳を見上げた。 

「君が求めるものは返せないけれど、我が子のように愛しているよ。君と友達になれて、慕って貰えて嬉しかった。……とても、幸せだった……。ありがとう、私の可愛い王子」

 今や父親に勝るとも劣らない立派な王となった彼に向けて、恋のそれとは異なりながらも、揺るぎない確かな愛情を込めた眼差しを向ける。

 ラフィンは、満足気にその瞳を見つめ返して深く笑んだ後、唐突に声を上げて笑った。

 「あはは! あぁ……、父上の墓前でこんな真似をすれば、絶対に飛び起きると思ったのですが起きてはくれませんね。……つまらないですよ。今すぐに起きて、私から貴方を引き離せばいいのに! こんなときには起きないなんて!」

 泣き笑いの顔でラフィンは声高に言い放ち、キュリオを力強く胸に抱き締める。

 ――そうして昏い天井を仰ぎ、声を荒げてこう叫んだ。

「不甲斐ない父上だ!」

 怒号じみた叫びが廟内にこだましながら、次第に小さくなっていき消えてゆく。

「そうだね。私もそう思うよ……」

 キュリオは逞しく広い王の胸に顔を埋めて、強く抱き締め返した。

「まったく不甲斐ない男だ。直ぐにでも起きてくれたら、いいのに……」
 
 静かに呟いて肩を震わせ、声もなく笑う彼の背中を、ラフィンが優しく何度も撫でる。そのまま二人は暫しの間、互いの感情を分かち合うようにじっと動かずにいた。

「――さあ、早く戻りましょう。ここは、あまりにも、静かで……、冷た過ぎます」

 自分から身を離し、出口の方へと身を翻してラフィンが言うと、キュリオは俯いたまま床に腰を下ろして棺に寄り添った。

「もう少しだけ、ここにいたい」
「体が冷えてしまいますよ。風邪でも引いたらどうするのですか」
「大丈夫だよ。こうしていると、とても、温かいから……」

 振り返ったラフィンの悲しみで潤んだ瞳に映ったのは、リヤスーダに抱き締められていたときと同じく幸せそうに微笑んで棺に頬を寄せる佳人の姿。


 ――その姿を見てなお、彼を愛する者から引き離してまで連れ出す事など誰に成せるのか。


 ラフィンは唇を噛み締めて足音を高く響かせながら、無言でその場を立ち去る。

 程なくして霊廟に静寂が戻り、棺に寄り添うキュリオただ独りだけが残された。
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