【完結・加筆修正中】横暴領主が平民狩人の俺に執着してくるんだけど、どうしたらいいと思う?

ゆらり

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12 夜の帳が下りる前に

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 ――幾日か後の、黄昏れ時。

 シタンは家でのんびりと蜜酒を楽しんでいた。

 たっぷりと蜂蜜を使って甘く仕上げた、良い値段のする特上物だ。小さな陶器に入れて、少しずつ舐める様にして味わう。ひと口分でも割と酔えるし、体の調子が悪い時にも効く。大事に取って置いても腐らないのが有り難い。

 ここ数日、静かな日常が続いている。あの日のことがまるで夢だったかのように穏やかな日々だ。

 ……それでも、犯された記憶はまだ生々しく体に残っている。

 あの恐ろしい領主は、もうなにをしても腕を斬らないと約束してくれたのだから、もしかしたら放免されたのかもしれない。あれほどしつこく抱いて口付けたくせに、最後は素気が無かった。気が変わって放り出したに違いない。もう、対価として抱かれる日はこないだろう。

 そうに決まっている。というか、そう思いたい。森で狩りをしている時には集中しているから不安にはならないが、夜になり静かな時間を迎えるとどうにも気分が優れない。あの日の激しい快楽を思い出すたびに、言い知れない不安が湧き上がって、しくりと尻の辺りが疼くのだから質が悪い。

 ふうっとため息をついて、シタンは杯に残った僅かな蜜酒を口に含みこくりと飲み込んだ。


 ――もうじき夜のとばりも下りようかという頃合いに、扉を叩く音がした。


 こんな時間に人が訪ねて来るなんて、珍しい。昼間でさえも客なんて滅多に来ないのだ。どんな用事なのかと怪訝に思いながら、扉を開けて外を覗いてみる。

「どちら様で……」

 まだ少し明るい空と暗い森を背に、馬を従えて立つ男の堂々とした姿がそこにあった。

 馬は領主の髪と同じく黒毛だ。薄闇で見ても分かるくらい手入れが行き届いていて、毛艶が良い。大人しそうだが体躯が立派で雄々しい馬を供にしている男は、流石は領主様だと女子供に騒がれそうな風情だったが、シタンとしてはそれどころの騒ぎではない。

 少し酔っていた頭が間を置いて領主が来たと理解した途端、血の気が引いて酔いが一気に醒めた。

「なにしにきたんだよ、アンタ……」
「対価を払ってもらうぞ」
「やっぱりか! こっ、ここでする気か!」

 酒が入っていて気が大きくなっているからか、毛を逆立てんばかりに叫んでしまう。それでも怖い物は怖いので、扉を盾代わりに顔だけを覗かせて身構えているのが少し情けないが仕方ない。

「城へ行く。そこから出て来い」

 さすがに、こんな所でする気はなかったらしい。

 少しだけ安心した。狭くて硬い寝床で、小柄でもない男二人が寝るだなんて嫌すぎる。どうせなら城にある大きくて贅沢な寝台の方がましだ。あの寝心地の良い寝台でなら、という意味ではないが。

 小さくいななき頭を寄せて甘える馬の鼻面を撫でてやりながら、領主はシタンを待ち構えている。馬には好かれているのか。主従関係が穏やかなのを見てもこっちは全く気分が穏やかにならないが。

「わかったよ……。今行くから……」

 領主の腰には剣がぶら下がっている。腕を斬ることはないと言ってはいたが、ほんとうに約束を守ってくれるだろうか。どちらにしても逃げられそうもない。

 身震いしながらできるだけゆっくりと戸締りを終えて外へ出ると、領主はもう馬に乗っていた。

「私の前に乗れ」
「ちょっと待ってくれよ。俺、馬なんて乗った事ない」
「ここに……、あぶみに足を掛けろ」

 馬の胴の辺りから下がっている鐙から、領主が足を外した。

「無茶いうなよ……」
「黙って言う通りにしろ。脚が短いのか」
「なっ、短いって! あ、あんたほんとに」
「早くしろ」

 急かされて『あんたこそ黙っていてくれ』という言葉を飲み込み、内心でだけぶちぶちと愚痴を零しながらあぶみへ足を掛ける。

「私の手を掴め」

 差し出された手を渋々と握ると、強く引っ張り上げられた。鐙に掛けていた足に力を入れてよじ登る。そこをすかさず腰を掴まれて、どうにか馬にまたがった。意外と高い。くらりと眩暈がした。

「落ちそうだ……」

 上体をぐらつかせたシタンが鞍の前を両手で掴み緊張に身を強張らせていると、背後から忍び笑いが聞こえてきた。領主の片腕に腰を抱き寄せられて、背中に胸板が当たる。

「落としはしない。そう怯えるな」
「お、怯えてなんか、……うわっ!」

 ――不意に景色が揺れた。

 馬がゆっくりと歩き出したのだ。長身の部類に入る男二人を背に乗せていても、黒馬は平気なようで悠々とした足取りで歩を進めていった。
    
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