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13 馬上にて思い出す

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 シタンは目を丸くして周囲を見回した。

 見慣れているはずの景色は、馬上から見ると何時もとは全く違って見えた。なんとも新鮮な驚きだ。領主に対する恐怖も薄れて、愉快な心地にすらなれた。

「おぉ……」
「馬に乗るのも、悪くはなかろう」

 背後から聞こえてくる領主の声は、優しくて穏やかなものだった。

 冷たさを感じないその声音に、「う、うん」と、少年のように素直な返事をしてしまう。あの獣のような鋭い目つきに晒されていないだけで、こんなにも恐怖が薄れるとは。

 腹にしっかりと回された片腕に嫌悪は覚えず、むしろ力強く体を支えてくれていることに対する頼もしさが勝った。強張っていた体から、自然と力が抜け知ていく。

 多少揺れるが、馬の速さは人が早足で歩く程度のものだ。それに、後ろに乗っている領主が危なげなく背後から支えてくれているから、馬が初めてのシタンであっても景色を楽しむだけの余裕が持てたのだ。

 ――いつだったか、ラズと遊んでいた時に貴族が馬に乗って駆けていく姿を見かけたことがある。

 外套をたなびかせて颯爽と走る様子が、とても恰好良く見えた。そして、あんなに速く走る馬に乗ってどこまでも走っていくのはきっと楽しいだろうと思ったりもしたものだ。

「馬ってかっこいいね。乗ってみたいなぁ」

 興奮すらしながらそんなことをラズに言うと、少し真剣な顔でこう返してきた。「僕がいつか馬に乗れるようになったら、一緒に乗ろう」……と。

 馬を手に入れること自体もだが、世話などを考えるとこれまた大層な金がかかる。裕福でなければそもそも乗れないのだが、当時は「うん!」と、なんの疑問も抱かずに元気に笑って返事をしていた。考えてみれば、ラズがどこの家の子供なのかも知らなかったが、あの容姿と振る舞いからして、それなりの家の出身だったのかもしれない。

 馬に揺られながらそんなことを思い出して、複雑な気分になってしまった。

 まさか、ラズより先に横暴な領主と一緒に乗ることになるとは。どうせなら、ラズと一緒の方がよかった、それなら、もっと楽しくて心が躍っただろう。

 ……この姿を見たら、ラズは先に乗せられなかったと残念に思うだろうか。それとも、ツンと唇を尖らせて怒るだろうか。記憶の中のラズは子供の姿のままで、大人になった姿など想像できないが、きっと怒ってもこんな奴みたいに怖くないだろう。

 ……それでもなんとなく、ラズに謝りたい気持ちになった。
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