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49 都見物の後で
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――結局、その日は出稼ぎ先へは行かなかった。
ハイレリウスに連れられて王都でも指折りの有名な食事処で昼餉をご馳走になり、街を闊歩して珍しい菓子や土産物の店や名所を巡り、流行りの演劇なども楽しんだ。
見るもの聞くもの口にするもの全てが新鮮で、小屋と町を行き来し森で狩りをするだけの単調な暮らしをしていたシタンにとって、めまいを起こしそうなほどの初めて尽くしの経験になったのは、言うまでもない。
「時間が過ぎるのが早いな。もうこんな時間とは……ひとまず休憩しようか」
日暮れ前になって入った洒落た店で、ようやく腰を落ち着けられた。すると、立ち上がりたくないくらいに体が疲れ切っているのを感じて驚いた。人ごみを縫うようにして慣れない土地を歩き回ったからか、珍しい物ばかり見たせいか、頭の中まで疲れている気がする。こんな疲労を覚えるのも、初めてのことだ。
「はぁ。王都って、凄いところだなぁ……」
「さすがに疲れたようだね。君に色んなものを見せたくて、欲張ってあちこち連れ回してまったよ」
「疲れたけど、楽しかったよ。ありがと」
口元を緩めて笑みを見せながら礼を言うと、ハイレリウスは目を細めて綺麗に微笑んだ。
「シタンが楽しめたのなら、とても嬉しいよ。私ばかり楽しいのでは、意味がないから。むしろ付き合ってくれてありがとうと言いたいくらいだ」
……笑顔が眩しすぎる。
店の別の場所から、若い娘の悲鳴じみた感嘆の声が聞こえたのは気のせいじゃない。笑っただけでこの威力というのは恐ろしい。
外でもハイレリウスが言うところの『ご婦人』達から視線を送られることが何度もあった。時には男からも。このくらいの美形になると、男女問わずに注目を集めるのだ。さすがとしか言いようがない。
「それにしてもシタン、狩人の姿でなくても、君はとても目立ってしまったね」
「へっ? 俺が? ハル様が目立っていただけじゃないのかな」
「君のその銀髪に、蜂蜜みたいな色の瞳は綺麗だからね。なんていうか神秘的だ」
「し、神秘的ぃ?」
……なんだか耳慣れない言葉だが、自分には似合わないということは分かる。
「もう少し分かりやすく言うと不思議な感じっていうか、森の精霊みたいだ」
「俺みたいなむさ苦しいのが、森の精霊とかおかしいよ」
……何を言っているのか。自分の姿はハイレリウスにどう見えているのか分からないが、ちょっと変じゃないのか。妙な感じに美化されているとしたら、その辺は正したい。
そんな気分を顔の全面に出して、ハイレリウスをじっとりと睨む。
「おっと、ご不満かな。でも、本気でそう思っているんだから」
ひらひらと手を振って、シタンの視線を跳ね散らす仕草をした。
「攫われないように気を付けないと。まあ、私が付いている限りは心配ないけれど」
真顔でそんなことを言われた。
……本気で言っているらしいが腑に落ちない。年端もいかない娘でもあるまいに。自分だって立派に男だ。なにかあればぶん殴るくらいは……できると、思いたい。
シタンは人を殴ったことなんて一度もない。むしろ、小突かれる方だ。子供の頃は誰に突っかかられても喧嘩にならないというか、そういう空気になると「や、やめてよぉ……」などと言いながら身を縮めて先に降参していた。大人になってからもそれは同じで、荒事はからっきし駄目なのだ。
「大袈裟だなぁ。俺、そんなか弱くないよ」
「どんな手を使ってくるかなんてわからないんだよ。獣なら襲われたら弓で射れば良いけれど、都ではそうはいかないから。まあ、シタンに何かしようなんて輩は、射殺して良いけれど」
「射殺すとか物騒だよ……」
狩りは生活に必要な殺生だ。それ以外のために矢を放つなんて、ぞっとする。それにしても、どんな手を使ってくるか分からないとは、どういうことだろうか。どうやら王都は意外と物騒らしい。
「少し過激だったかな。すまないね」
……少しだろうか。こんな、若い娘も来るような場所で言うことじゃない気がする。貴族というのは大体の場合、過激な性格をしているのかもしれない。辺境の領主も、腕を斬り落とすなんて脅す奴だったのを思い出す。
悪びれるふうもなく肩をすくめて笑う姿が、演劇で見た役者のように様になっている。やはり目立つのはハイレリウスの方で、自分はおまけだとしみじみ思った。
「ああ、君に的を射るところを見せてもらうのも良いな。弓の先生もできるのではないかな」
「えっ? 先生ってなに」
「ふふ。我ながら良いことを思いついた。弓の名手の君が、こちらで腕前を披露しないのは勿体ないよ」
話が明後日の方向に飛んだ。弓は確かに得意だが、人に見せたり教えたりするというのは勝手が違う。戸惑いながら「俺、ただの狩人だから、無理だよ」と、言ってしまう。
「うーん、まあ教えるとなると、自分がするのとは違う器用さが欲しくはなるね。無理にとは言わないけれど、弓の腕前を披露してもらうのはお願いしたいかな」
「え、うん。ハル様になら、いいけど」
「良かった。今度、場を設けるよ。皆に見て貰おう」
……皆って誰だ。ハル様だけならまだしも、誰に見せるっていうのか。
この場合だと貴族の面々ということになるのか。それはちょっと心臓に悪いとシタンは思った。例えば何か失敗したり粗相をしたら許して貰えなかったりするのでは。目を輝かせているハイレリウスに、「あ、あんまり大事にしないでください」と、思わず気弱な物言いをしてしまった。
「ああ、それほど派手にはしないよ。内輪の集まりだから。約束する」
ハイレリウスは虫も殺さぬような良い笑顔でそう言ってくれたが、本当に大丈夫なのか……。
「ふふ。君が弓を構える姿を見てみたかったから、とても楽しみだ」
「そ、そうなんだ……」
……出稼ぎ先に行ったら別行動だと思っていたが、どうやら違うらしい。
この先、どうなるのだろう。まさかとは思うが王都にいる間、ほとんどハイレリウスのそばにいることになるのだろうか。もう十分恩は返してもらったと思うし、いい加減出稼ぎ先に行きたい気もするのだが。
――こうして、若干の不安を抱きながらも王都での一日目が暮れていった。
ハイレリウスに連れられて王都でも指折りの有名な食事処で昼餉をご馳走になり、街を闊歩して珍しい菓子や土産物の店や名所を巡り、流行りの演劇なども楽しんだ。
見るもの聞くもの口にするもの全てが新鮮で、小屋と町を行き来し森で狩りをするだけの単調な暮らしをしていたシタンにとって、めまいを起こしそうなほどの初めて尽くしの経験になったのは、言うまでもない。
「時間が過ぎるのが早いな。もうこんな時間とは……ひとまず休憩しようか」
日暮れ前になって入った洒落た店で、ようやく腰を落ち着けられた。すると、立ち上がりたくないくらいに体が疲れ切っているのを感じて驚いた。人ごみを縫うようにして慣れない土地を歩き回ったからか、珍しい物ばかり見たせいか、頭の中まで疲れている気がする。こんな疲労を覚えるのも、初めてのことだ。
「はぁ。王都って、凄いところだなぁ……」
「さすがに疲れたようだね。君に色んなものを見せたくて、欲張ってあちこち連れ回してまったよ」
「疲れたけど、楽しかったよ。ありがと」
口元を緩めて笑みを見せながら礼を言うと、ハイレリウスは目を細めて綺麗に微笑んだ。
「シタンが楽しめたのなら、とても嬉しいよ。私ばかり楽しいのでは、意味がないから。むしろ付き合ってくれてありがとうと言いたいくらいだ」
……笑顔が眩しすぎる。
店の別の場所から、若い娘の悲鳴じみた感嘆の声が聞こえたのは気のせいじゃない。笑っただけでこの威力というのは恐ろしい。
外でもハイレリウスが言うところの『ご婦人』達から視線を送られることが何度もあった。時には男からも。このくらいの美形になると、男女問わずに注目を集めるのだ。さすがとしか言いようがない。
「それにしてもシタン、狩人の姿でなくても、君はとても目立ってしまったね」
「へっ? 俺が? ハル様が目立っていただけじゃないのかな」
「君のその銀髪に、蜂蜜みたいな色の瞳は綺麗だからね。なんていうか神秘的だ」
「し、神秘的ぃ?」
……なんだか耳慣れない言葉だが、自分には似合わないということは分かる。
「もう少し分かりやすく言うと不思議な感じっていうか、森の精霊みたいだ」
「俺みたいなむさ苦しいのが、森の精霊とかおかしいよ」
……何を言っているのか。自分の姿はハイレリウスにどう見えているのか分からないが、ちょっと変じゃないのか。妙な感じに美化されているとしたら、その辺は正したい。
そんな気分を顔の全面に出して、ハイレリウスをじっとりと睨む。
「おっと、ご不満かな。でも、本気でそう思っているんだから」
ひらひらと手を振って、シタンの視線を跳ね散らす仕草をした。
「攫われないように気を付けないと。まあ、私が付いている限りは心配ないけれど」
真顔でそんなことを言われた。
……本気で言っているらしいが腑に落ちない。年端もいかない娘でもあるまいに。自分だって立派に男だ。なにかあればぶん殴るくらいは……できると、思いたい。
シタンは人を殴ったことなんて一度もない。むしろ、小突かれる方だ。子供の頃は誰に突っかかられても喧嘩にならないというか、そういう空気になると「や、やめてよぉ……」などと言いながら身を縮めて先に降参していた。大人になってからもそれは同じで、荒事はからっきし駄目なのだ。
「大袈裟だなぁ。俺、そんなか弱くないよ」
「どんな手を使ってくるかなんてわからないんだよ。獣なら襲われたら弓で射れば良いけれど、都ではそうはいかないから。まあ、シタンに何かしようなんて輩は、射殺して良いけれど」
「射殺すとか物騒だよ……」
狩りは生活に必要な殺生だ。それ以外のために矢を放つなんて、ぞっとする。それにしても、どんな手を使ってくるか分からないとは、どういうことだろうか。どうやら王都は意外と物騒らしい。
「少し過激だったかな。すまないね」
……少しだろうか。こんな、若い娘も来るような場所で言うことじゃない気がする。貴族というのは大体の場合、過激な性格をしているのかもしれない。辺境の領主も、腕を斬り落とすなんて脅す奴だったのを思い出す。
悪びれるふうもなく肩をすくめて笑う姿が、演劇で見た役者のように様になっている。やはり目立つのはハイレリウスの方で、自分はおまけだとしみじみ思った。
「ああ、君に的を射るところを見せてもらうのも良いな。弓の先生もできるのではないかな」
「えっ? 先生ってなに」
「ふふ。我ながら良いことを思いついた。弓の名手の君が、こちらで腕前を披露しないのは勿体ないよ」
話が明後日の方向に飛んだ。弓は確かに得意だが、人に見せたり教えたりするというのは勝手が違う。戸惑いながら「俺、ただの狩人だから、無理だよ」と、言ってしまう。
「うーん、まあ教えるとなると、自分がするのとは違う器用さが欲しくはなるね。無理にとは言わないけれど、弓の腕前を披露してもらうのはお願いしたいかな」
「え、うん。ハル様になら、いいけど」
「良かった。今度、場を設けるよ。皆に見て貰おう」
……皆って誰だ。ハル様だけならまだしも、誰に見せるっていうのか。
この場合だと貴族の面々ということになるのか。それはちょっと心臓に悪いとシタンは思った。例えば何か失敗したり粗相をしたら許して貰えなかったりするのでは。目を輝かせているハイレリウスに、「あ、あんまり大事にしないでください」と、思わず気弱な物言いをしてしまった。
「ああ、それほど派手にはしないよ。内輪の集まりだから。約束する」
ハイレリウスは虫も殺さぬような良い笑顔でそう言ってくれたが、本当に大丈夫なのか……。
「ふふ。君が弓を構える姿を見てみたかったから、とても楽しみだ」
「そ、そうなんだ……」
……出稼ぎ先に行ったら別行動だと思っていたが、どうやら違うらしい。
この先、どうなるのだろう。まさかとは思うが王都にいる間、ほとんどハイレリウスのそばにいることになるのだろうか。もう十分恩は返してもらったと思うし、いい加減出稼ぎ先に行きたい気もするのだが。
――こうして、若干の不安を抱きながらも王都での一日目が暮れていった。
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