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48 消えた痕
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慌ただしく馬車に乗り込んでほっとひと息ついたところで、顔の赤みが引いたハイレリウスは改めてシタンの姿をみてこう言った。
「そういえば赤い痕が消えているよシタン。手拭いをしなくてもよくなったね」
不意に指先で鎖骨の辺りを撫でられて「うひゃっ!」と、声を上げてしまった。なんてことをするのか。顔が猛烈な勢いで熱くなる。
最後に抱かれてからもう十日以上は経っている。口付けの痕が消えるのも当然だが、抱かれた記憶がぶり返してずくりと腹の奥が疼いた。自分の両肩を抱き、身を震わせて疼きに耐える。ハイレリウスの顔がまともに見られなくなった。蚊の鳴くような声で「や、止めてくださいよぉ……」と、言うとクスクスと愉快そうな笑い声がした。
「君と私の仲だろう。あんなに泣いて、悩みを打ち明けてくれた時には大して恥ずかしがらなかったのに、今になって顔を赤くするなんて。変なところで初心だね」
「う、初心って。俺、別にあいつが初めてじゃないし」
「えっ? 他の男にも抱かれたことがあるのかい?!」
「ひいっ!」
わっしと強く肩を掴まれて、顔を覗き込まれた。美形が真顔をして迫るとかなり怖い。急にどうしたのか、何か変なことを言ったのでもないのに。
「誰? 辺境伯だけでなく、君が体を許した男が他にもいるなんて」
「ちがっ、ちがう! ……お、女の子とならあるって、だけ……で……、も、やめてくれよぉ……。ほんと、恥ずかしいんだよぉ……」
一体、自分はなにを言わされているのか。顔が熱くて茹りそうだ。今まで、こんな話をする相手なんていなかったし、領主とのことだってまさか他人に話す日がくるとは思っていなかった。こういうことはシタンにとって実に繊細な話だ。経験はそれなりにあるとはいっても、他人に大っぴらに話すことには抵抗がある。
ハイレリウスにばれた、あの時が特別だったのだ。
相当に追い詰められていたからこそ洗いざらい話す気にもなれたし、恥もへったくれもなかったのだ。涙目になってすんと鼻を鳴らすと、ハイレリウスの顔から険が消えて、表情が和らぐ。肩を掴んでいた手から力が抜けて、あやすように優しくさすられた。
「すまない。動揺してしまった。元々は男が好きという訳ではないのだね」
「うん……」と頷くと、肩に触れていた手が離れていく。
ハイレリウスは背もたれに深く身を預けて目頭を片手で押さえると、深く息を吐き出した。
「配慮が足りなかったよ。家族にもたまに言われるんだ。お前は気遣いが抜けている時があってね」
「いや、別にいいです。意地悪されたわけでもないし、このくらい……」
……かなり恥ずかしかったが。
「悪気がなければ許されるというものではないとも、言われている。君には嫌われたくないし、気を付けるよ。ああ、もうじき昼餉の時間だ。都見物のついでに、美味しい食事をご馳走しよう。お勧めの名物が色々あるんだ」
「……え、あ。はい。でも服も払ってもらったし……、そこまでは」
都見物も食事も気にはなるが、むしろこのまま出稼ぎ先へ向かいたいくらいだ。住み込みか何かならハイレリウスの世話にならなくても良いだろうし、早いところ仕事に慣れて稼いでおくのも悪くはないだろう。
「遠慮深いのもここまでくると困りものだ。シタン、私に任せて」
「は、はぁ……」
「王都へ連れてきたのは、まあ君の助けになりたかったのもあるが、私がそうしたかったというのも大きいんだ。それに、家に帰る前にもう暫く気晴らしをしたいんだ。君が一緒ならとても楽しいから、お願いしたい」
「わかったよ。それじゃ、ご馳走になりますってことで」
「ありがとう! 嬉しいよ」
こちらを向いた顔に浮かんでいたのは弾けるような笑顔で、本当に嬉しそうだ。そんな彼の顔を見て、都見物や食事を自分と一緒にすることでハイレリウスが楽しんでくれるのならそれで良いか……と、シタンは考えを改めた。
出稼ぎ先に行ってしまえば、辺境に帰るまでは別行動になるだろう。最初に助けたのはシタンの方だったが、その後で彼に気持ちを救われた。こうして手を尽くしてくれてもいるし、その分の恩はどういう形ででも返したいとも思ったのだった。
「そういえば赤い痕が消えているよシタン。手拭いをしなくてもよくなったね」
不意に指先で鎖骨の辺りを撫でられて「うひゃっ!」と、声を上げてしまった。なんてことをするのか。顔が猛烈な勢いで熱くなる。
最後に抱かれてからもう十日以上は経っている。口付けの痕が消えるのも当然だが、抱かれた記憶がぶり返してずくりと腹の奥が疼いた。自分の両肩を抱き、身を震わせて疼きに耐える。ハイレリウスの顔がまともに見られなくなった。蚊の鳴くような声で「や、止めてくださいよぉ……」と、言うとクスクスと愉快そうな笑い声がした。
「君と私の仲だろう。あんなに泣いて、悩みを打ち明けてくれた時には大して恥ずかしがらなかったのに、今になって顔を赤くするなんて。変なところで初心だね」
「う、初心って。俺、別にあいつが初めてじゃないし」
「えっ? 他の男にも抱かれたことがあるのかい?!」
「ひいっ!」
わっしと強く肩を掴まれて、顔を覗き込まれた。美形が真顔をして迫るとかなり怖い。急にどうしたのか、何か変なことを言ったのでもないのに。
「誰? 辺境伯だけでなく、君が体を許した男が他にもいるなんて」
「ちがっ、ちがう! ……お、女の子とならあるって、だけ……で……、も、やめてくれよぉ……。ほんと、恥ずかしいんだよぉ……」
一体、自分はなにを言わされているのか。顔が熱くて茹りそうだ。今まで、こんな話をする相手なんていなかったし、領主とのことだってまさか他人に話す日がくるとは思っていなかった。こういうことはシタンにとって実に繊細な話だ。経験はそれなりにあるとはいっても、他人に大っぴらに話すことには抵抗がある。
ハイレリウスにばれた、あの時が特別だったのだ。
相当に追い詰められていたからこそ洗いざらい話す気にもなれたし、恥もへったくれもなかったのだ。涙目になってすんと鼻を鳴らすと、ハイレリウスの顔から険が消えて、表情が和らぐ。肩を掴んでいた手から力が抜けて、あやすように優しくさすられた。
「すまない。動揺してしまった。元々は男が好きという訳ではないのだね」
「うん……」と頷くと、肩に触れていた手が離れていく。
ハイレリウスは背もたれに深く身を預けて目頭を片手で押さえると、深く息を吐き出した。
「配慮が足りなかったよ。家族にもたまに言われるんだ。お前は気遣いが抜けている時があってね」
「いや、別にいいです。意地悪されたわけでもないし、このくらい……」
……かなり恥ずかしかったが。
「悪気がなければ許されるというものではないとも、言われている。君には嫌われたくないし、気を付けるよ。ああ、もうじき昼餉の時間だ。都見物のついでに、美味しい食事をご馳走しよう。お勧めの名物が色々あるんだ」
「……え、あ。はい。でも服も払ってもらったし……、そこまでは」
都見物も食事も気にはなるが、むしろこのまま出稼ぎ先へ向かいたいくらいだ。住み込みか何かならハイレリウスの世話にならなくても良いだろうし、早いところ仕事に慣れて稼いでおくのも悪くはないだろう。
「遠慮深いのもここまでくると困りものだ。シタン、私に任せて」
「は、はぁ……」
「王都へ連れてきたのは、まあ君の助けになりたかったのもあるが、私がそうしたかったというのも大きいんだ。それに、家に帰る前にもう暫く気晴らしをしたいんだ。君が一緒ならとても楽しいから、お願いしたい」
「わかったよ。それじゃ、ご馳走になりますってことで」
「ありがとう! 嬉しいよ」
こちらを向いた顔に浮かんでいたのは弾けるような笑顔で、本当に嬉しそうだ。そんな彼の顔を見て、都見物や食事を自分と一緒にすることでハイレリウスが楽しんでくれるのならそれで良いか……と、シタンは考えを改めた。
出稼ぎ先に行ってしまえば、辺境に帰るまでは別行動になるだろう。最初に助けたのはシタンの方だったが、その後で彼に気持ちを救われた。こうして手を尽くしてくれてもいるし、その分の恩はどういう形ででも返したいとも思ったのだった。
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